第21話「ゴミ拾い、親方に怒られる」
翌朝、俺は焦げついた鞘を布で包み、いつもの鍛冶場へ向かった。
昨日の夜、初めての攻撃スキル――《廃式・疾焔刃》は成功した。
威力は間違いなくあった。
的にしていた木箱と板は斜めに裂け、断面の内側から火が噴いた。奥の石壁にも、焼けた斬撃痕が残っていた。
だが、成功したからこそ分かったことがある。
――このままでは使えない。
一度撃っただけで革紐は焦げ切れ、口金は浮きかけていた。鞘の先には新しいひびが入り、内側から焼かれたような黒ずみまで残っている。
初めての奥義は手に入った。
だが、それを撃つための鞘がもたない。
鍛冶場へ入ると、親方は炉の横で鉄片を選り分けていた。
俺を見るなり、眉がぴくりと動く。
「おい、ルーカ。昨日の今日で何の用だ」
「……見てほしいものがある」
「その顔で来る時点で、ろくでもねえ話だな」
俺は布をほどき、焦げた鞘を差し出した。
親方は一瞬だけ黙った。
それから深いため息を吐く。
「お前な。鞘を火にでもくべたのか」
「違う。……撃った」
「あ? 鞘で撃った? 何を?」
親方は俺を見て、鞘を見て、また俺を見た。
「……理解できないことを真顔で言うな」
「鞘口から力を外へ流した。魔道具みたいな形で、撃ったんだ」
「この鞘は⋯⋯魔道具じゃねえぞ」
「分かってる。だが、俺の廃式奥義の通り道にはなってくれた」
親方の目が細くなる。
詳しいことまでは聞いてこなかった。
他人のスキルの詮索は基本しないのがこの世界のルールだ。
俺が伝えた範囲から、そこから先は鞘の傷で判断するつもりなのだろう。
「仕方ねえ、貸せ」
受け取った瞬間、親方の手つきが職人のものに変わった。
焦げた革紐を押し、浮いた口金を覗き、ひびの入った先端を爪で軽く弾く。次に鞘の内側へ鼻を近づけ、焦げた匂いを確かめるように息を吸った。
「外だけじゃねえ。中にも熱が返ってる。昨日の補強は鞘の割れ止めにはなったが、撃つ力を受けるには全然足りてねえな」
「もう一回撃つのは危ない?」
「危ないどころじゃねえ。次は鞘が爆発して、お前の腕まで持ってかれるぞ」
背中に冷たいものが走った。
成功したが、このままでは使えない。
親方に相談して良かった。
「普通に丈夫にすればいいって話じゃねえな」
親方は作業台に鞘を置き、しばらく見下ろした。
「硬くするだけなら簡単だ。新しい口金を打って、先を継いで、革を巻き直せばいい。だが、それをやるとお前の力から外れるんだろ」
「ああ。たぶん、直しきると使えなくなる」
新品みたいに直せば、それはもう壊れた物ではなくなる。
壊れた物ではなくなれば、職業『ゴミ拾い』の力から外れてしまうだろう。
だから、ただ修理すればいいわけではない。
「だったら今回は直すんじゃなくて、変えるしかねえ」
「変える?」
「この鞘を全部守ろうとするから無理が出る。撃った瞬間に返ってくる熱を、鞘の中だけで受け止めきれてない」
親方は焦げた鞘口を指で叩いた。
「まず欲しいのは、冷却の効果が少しでも残っている魔道具の廃品だ。壊れててもいい。いや、お前の場合は壊れてる方が都合がいいのか」
「たぶん、そうだ」
「それと熱に強い部品もいる。焦げても歪みにくい板や熱を受けても割れにくい薄い金属だな。そいつを削って重ねて、鞘の外側に熱を散らす場所を作る」
親方は鞘の外側を指でなぞった。
「冷やすだけじゃ足りない。熱を受けた後、どこへ逃がすかまで決めてやらないと、またここが焼ける」
「外側に逃がすのか」
「ああ。鞘を削って、廃材を入れ込んで、熱を受ける場所を散らす。壊れた部品で、この鞘専用の『外装』を作る感じだな」
その言葉に胸の奥が小さく跳ねた。
まるでこの鞘そのものが『剣』だ。
この『剣』を包む鞘をこれからつくる――。
「反動の方は?」
「そこは完成した現物を見てからだ。まずは熱だな。熱の逃げ道を作れば、力の逃がし方も見えてくるかもしれん」
「……なるほど」
衝撃を押さえ込むのではなく、逃がす。
それは昨日、セラの暴発を見たときに考えたことと少し似ていた。
火を弱めるのではなく、最初に暴れる風の逃げ道を作る。
この鞘でやろうとしていることは、セラの魔術にも応用できるかもしれない。
「この鍛冶場にある廃材だけじゃ足りない。西通りの魔道具店へ行け。壊れた魔道具を買い取って分解してる店がある」
「魔道具の分解屋か」
「あそこなら、冷却の効果が少し残った廃品や熱に強い板材なんかが見つかるはずだ」
「分かった」
「親方、その店とは長いのか」
「先代の頃からな」
「先代?」
「今の店主の母親だ。昔から変わった店でな。壊れた魔道具の良いところを、宝物みたいに仕分けてる店だ。こっちが何に使うか言う前に察してくれるような人だった」
そこで親方の声が少しだけやわらかくなった。
「俺が使えそうな廃材を見に行くと、あの人はよく笑ってな。こういう物を見てくれる鍛冶師は少ないって、いつも言ってくれたもんだ」
親方はそれ以上言わず、焦げた鞘を布で包み直した。
「今の店主も似てる。若いからって侮るなよ。変な物は出さないだろうが」
「分かった」
「それと、余計なことまでは話すな。鞘を力の通り道にした。それくらいでいい」
俺が頷くと親方は包み直した鞘を突き出した。
「これも持っていけ。口で説明するより、実物を見せた方が早い。どこが焼けて、どこに熱が返ってるか分からないと、向こうも選びようがないだろうしな」
俺は頷き、包みを両手で受け取った。
「ありがとう、親方」
「礼を言うのはまだ早い。使うのは壊れた部品だ。うまくいく保証はない」
「それでも⋯⋯道が見えた」
壊れたまま強くする。
言葉にすれば矛盾している。
だが、その矛盾に使えるものが見つかるかもしれない。
「早く行け。日が高くなると、あの店は客が増える」
「あぁ、分かった」
俺は鞘を抱え直し、鍛冶場を出た。
北の工房通りには、金槌の音と炉の熱が広がっている。
次に拾うべきものはダンジョンの中ではない。
捨てられた魔道具が集まる西通りの分解屋だ。




