第15話「ゴミ拾い、訓練場で発見する」
訓練場の扉の前まで来ると、中から剣がぶつかる音や魔術が壁に当たって弾ける音が混ざって聞こえてきた。
扉を開けると、汗と土ぼこりの匂いに焦げた石の匂いが混じり、むっとした空気が鼻をかすめた。
広い訓練場ではまだ初々しさの残る冒険者たちが切磋琢磨している。
剣士見習いたちは木剣や刃を潰した訓練用の剣で的へ斬り込み、魔術師見習いたちは壁際に並ぶ石の的へ魔術を撃っている。
端の方には割れた木製の盾、折れた棒、焦げた布、壊れた支給品の杖が山のように積まれていた。
「ああ、清掃依頼か。では奥の焦げ跡と割れた的の片づけを頼む。危ないから訓練中の場所には入るなよ」
石床には魔術が外れて焦げた跡がいくつも残っている。
また、剣技が途中で崩れたのか、的には浅い傷が無数についていた。
以前にもここへ掃除に来たことはある。
だが、今日は見え方がかなり違った。
焦げ跡の縁には細い火の名残が揺れている。
割れた的の切り口には、途中で途切れた技の残りが引っかかっている。
折れた杖の奥には壊れた魔道具が沈んでいた。
《小物拾い》の精度が上がったからだろうか。
前はただの焦げ跡と破片にしか見えなかったものが、今は一つひとつ違う失敗としてしっかりと見えている。
「……宝の山だ」
思わず小さく呟いた。
誰かが失敗して、もう使えないと捨てたもの。
普通なら片づけられて終わるだけの跡。
だが、俺にはその中にまだ残っている作用が見えている。
俺は壊れた杖の欠片に触れた。
――《微光・残具》を拾いました。
次に、石の床の焦げ跡へ指を近づける。
――《暴炎・誤式》を拾いました。
――《廃品収納》に登録されました。
さらに割れた木の的から、浅く残った斬撃の跡を拾う。
――《浅斬・欠技》を拾いました。
――《廃品収納》に登録されました。
手に入れたことのなかった残式がたくさんある。
胸が少しだけ高鳴る。
これだけあれば、今ある《廃式・疾焔――》だけじゃなく、別の組み合わせも作れるかもしれない。
ただ、訓練場という性質上、質がよくない残式も多い。
そんなことを考えていたとき、訓練場の奥で大きな爆発音がした。
石の的に撃ち込まれた火球が、的の手前で大きく膨らみ、横へ弾けた。
熱風が床をなめ、周囲の見習い冒険者たちが一斉に顔を背ける。
「おい、またかよ!」
「危ねえんだよ、セラ! もうやめろ!」
「だからお前はパーティから捨てられるんだろ!」
「5属性使えるとか言われても、味方まで巻き込むなら邪魔なだけだろ!」
笑い声と怒鳴り声が重なる。
その中心で、セラが支給品の杖を握りしめたまま立ち尽くしていた。
昨日見たときよりも顔色は良くなっている。
先日と同じで、綺麗な白髪が片側だけ細く編み込まれ、軽装備の上から魔術師用の短い外套を羽織っていた。
俺より背は低く、肩や腕は華奢なのに外套の下にはっきりも分かる膨らみがあり、杖を胸の前に抱えたことで強調されている。
その透き通った碧の瞳は、泣き出す寸前で必死に踏みとどまっている目だった。
「……普通に……撃っただけなのに……なんで、私はできないの……」
セラの声はとても小さかった。
周りの冒険者たちはすでに彼女から距離を取っている。訓練場にいた教官も苦い顔で、焦げた床と割れかけた的を見比べて溜め息を吐いていた。
「今日はもういい。お前は魔法制御の練習をもっと続けろ」
「……はい」
セラは俯いたまま、訓練場の端へ歩いていく。
短い外套の裾が揺れ、腰の小さな鞄がかすかに音を立てた。その後ろ姿は頼りなく見えるのに、杖は最後まで握って放さなかった。
俺はその爆発跡へ近づく。
石の床には火の焦げ跡が大量に残っている。
普通に見れば、火魔術が暴発した跡にしか見えない。
だが、俺には違って見えた。
火の残式の奥に、別の残式が混ざっている。
水の流れが途中でねじれ、風の押し出しが横へ逃げ、土の重さが火の膨らみを潰し、雷の細い跳ねが術式の端を裂いている。
表の魔術としてはただの火魔術に見える。
だから、周りには分からない。
「……すみません、そこは危ないですよ。まだ熱が残っているかもしれません」
セラの声だった。
俺は焦げ跡から顔を上げる。
支給品の杖を胸の前で抱えたセラは戻ってきたらしく、少し離れたところからこちらを見てくる。
昨日、救護室で別れたばかりの魔術師の女の子。
改めて見ると、白い髪と淡青の瞳のせいか、訓練場の土埃の中でも存在が目立っている。
外套の袖口には細かな術式紋が縫い込まれていて、彼女が魔術師なのだとすぐ分かった。
セラはそのときやっと俺に気づいたらしく、ぱちりと目を見開いた。
「ル、ルーカさん……?」
俺に気づいた瞬間、セラは杖を抱える手にぎゅっと力を入れた。
昨日、また会えたらと言った相手にすぐに会えた。
だが、今のセラはそれを喜ぶより先に、失敗して笑われているところを見られたのが恥ずかしいらしく、すぐに視線を地面へ落とした。
「す、すみません……あ、あの、また会えたらお礼を言うとか言ってたのに、こんな早く会えると、お、思ってなくてっ! しかもさっきの⋯⋯み、見てました?」
「いや、大丈夫だ。謝ることじゃない」
「でも、また暴発して……訓練場でも迷惑をかけてしまって……私、何も変わってないんです」
セラは小さく言ってから、慌てたように俺の足元を指した。
「あ、そこです。さっき私がやってしまったところなので。気をつけてください」
「大丈夫だ。もう熱くない」
「そ、そう、ですか……よかったです」
セラはほっとしたように息を吐いた。
その拍子に、胸の前で抱えていた杖が少し下がる。慌てて抱え直す仕草がどこか不器用で、さっきまで怒鳴られていた魔術師とは別人みたいに年相応に見えた。
笑われて、失敗して、それでも人の心配をするのか。
俺は焦げ跡へもう一度目を落とした。
そこには火魔術だけではない他の残式が絡みついている。
おそらくセラは自分が何を失敗しているのか分かっていない。
周りの冒険者や訓練場の教官たちも同じだろう。
今さっきの魔術の失敗を、制御不能による火魔術の暴発だと思っている。
――だが、それは違う。
火魔術の暴発に見えるが、その中には目には見えない小さい水や風、土、雷が複雑に混ざっているようだ。
俺は指先をセラが失敗した焦げ跡へと近づけた。
――《暴炎・誤式》を拾いました。
――《乱水・誤式》を拾いました。
――《旋風・誤式》を拾いました。
――《崩土・誤式》を拾いました。
――《跳雷・誤式》を拾いました。
――《廃品収納》に登録されました。
次々と文字が浮かぶ。
――つまり、セラの魔術は制御が下手だから暴れたり、失敗したりしているわけではない。
見た目は火魔術なので、普通に撃ってもわからないのだろう。
だから、周りにはただの危ない制御失敗に見えている。
俺にはその失敗の中身が様々な色の残式として見えていた。
セラが不安そうにこちらを見ている。
「あの……ルーカさん?」
俺は焦げ跡から手を離し、ゆっくり顔を上げた。




