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第14話「ゴミ拾い、壊れた鞘を直す」


 ギルドから補助証を受け取った翌日、俺はダンジョンではなく工房通りへ向かった。


 浅層へ入れるようになった以上、すぐ試したい気持ちはある。

 だが、今のまま入れば昨日と同じことになる。


 3つの残式は部分発動を繰り返したせいで、かなり色が薄い。

 次に撃てば、全部消えるかもしれない。


 それに一番危ないのは腰に差している『壊れた鞘』だった。

 口金は歪み、先端の割れも広がっている。


 確かに『成功率』は上がった。

 だが、撃つための『残式』とそれを受け止める『鞘』がもたないのなら意味がない。


 工房通りのいつもの鍛冶場に行くと、親方が木箱の横で割れた金具を仕分けしていた。


「……親方、少し相談がある」


「あ? ……なんだ、ルーカか。今日はゴミ回収じゃねえのか?」


 強面のその顔が少し和らぐ。


「いや、それも回収するんだが、まずはこれを見てほしい」


 俺は腰から壊れた鞘を外して差し出す。

 親方は受け取るなり、眉間に深い皺を寄せた。


「剣は?」


「元からなかった」


「じゃあ鞘だけ持ってどうすんだ」


「使いたい」


「鞘だけを?」


 俺は黙って頷く。

 親方はしばらく無言で俺を見た後、呆れたように溜め息を吐いた。


「お前、とうとう剣じゃなくて鞘で戦う気になったのか?」


「戦うっていうか……通り道にしたい」


「意味が分からんが、こいつの壊れ方は分かる。それに見覚えもある。ゴミに仕分けされてた鞘だろ。口金が開いてるし、先も割れかけだ。このまま何かしたら次で本当にぶっ壊れるぞ」


「だから、これ以上壊れないようにしたい」


「なら直すしかないだろうな。金はかかるが……どうする?」


 昨日のセラの救助で入ったお金が少しある。

 俺はそれを全て親方に渡した。


「まぁこれならいいか。今すでに壊れている口金と鞘のひび割れだけなら直してやれるだろう。ちょっと待ってろ」


 親方の手は早かった。


 鍛冶場の大きな机に鞘を載せると、歪んだ口金を外して置く。

 棚から金具を持ってきて、それを鞘の口に合わせ、軽く叩いて形を整える。

 

 ――さっきまで開いていた口元が一気に新しくなった。


 さらに親方は鞘の先端のひび割れへ、細い刃を差し込んだ。


「中まで割れてるな」


 そう言うと、棚から薄く削った木片と小さな壺を持ってくる。

 壺の中には、獣の皮を煮たような匂いのする粘り気のある液が入っていた。


「これを練り込んで入れる。乾けばかなり固まるから、これなら保つだろう」


 親方はひびの奥へ液を染み込ませ、薄い木片を噛ませると、小さな万力で鞘の先を締めていく。


 ぎしぎし、と鞘から音がした。

 だが、割れ目は少しずつ閉じていく。


「このままだとまた開くから、先端も押さえるぞ」


 親方は新しい金具を鞘の先に合わせ、余った部分を切り落とした。

 小槌で何度か叩くと、金具はぴたりと鞘の形に沿う。


 最後に真新しい革紐を巻いて、強く締めつけた。

 さっきまで割れかけていた部分は、どこにひびがあったのかわからないほどだ。


 まるで新品のように整っていた。


「ほら。これでしばらくは使えるぞ」


「ありがとう、助かる」


 親方が鞘をこちらへ返してくる。

 俺は受け取った瞬間、胸の奥に嫌な引っかかりを覚えた。


 スキルツリーを開いたとき、息が止まる。


―――――

・補助器

 ▶不足

―――――


「え、不足……?」


「あ?」


 親方は何を言っているのか分からないという顔で俺を見てくる。


「そりゃ直したんだから、さっきより物は良くなってるはずだ。不足しているわけがない」


「そうか。たぶん、それが駄目なんだ……」


「直したら駄目ってどういうことだ?」


「壊れた物だから使えていた。普通に直すと……俺のスキルから外れるみたいなんだ」


 自分で言っていても無茶苦茶だった。

 だが、親方は笑わなかった。


 修理したばかりの鞘をもう一度受け取り、口金のあたりをじっと見る。


「よくわからんがルーカ、お前の職業に関係してるってことだな? 新品に近づけたのが駄目ってことなら……」


「そうみたいだ。この鞘を使いたいのに、普通に直すと使えなくなる」


 親方は腕を組み、しばらく考え込んだ。


「――じゃあ、廃材(ゴミ)で直したらどうだ?」


 言っていることは矛盾している。

 だが、それは俺が言いたかったことをそのまま形にした言葉だった。


 親方は棚ではなく、足元の廃材が入った木箱を漁る。


 そこから出てきたのは、曲がって錆びた金具と端が焦げた古い革紐だった。

 どちらも普通ならそのまま捨てられるものだ。


「こいつらは売り物にならん。使う予定もない。俺から見ればただのゴミだ」


「それで……いける?」


「わからん。だが、お前の話の通りなら、試す価値はあるだろ?」


 親方はさっき付けた金具を外し、曲がった金具を口金の外側に噛ませた。

 割れかけた先端もきれいに塞がず、焦げた革紐で強く巻いていく。


 見た目はさっきよりかなり悪くなった。

 壊れた部分を、別のゴミで無理やり押さえ込んだだけだ。


 俺はもう一度スキルツリーを開いた。


―――――

・補助器

 ▶壊れた鞘

―――――


「……戻った。親方、すごい!」


 思わず声が漏れた。

 親方はそれを聞いて、まんざらでもない顔で鼻を鳴らす。


「なるほどな。お前のそれは壊れた物を新品に戻す力じゃねえ。捨てられた物にもう一度役目を持たせる力ってことか」


 その言葉で胸の奥に引っかかっていたものが少しだけ噛み合った気がした。


 ゴミを直すんじゃない。

 ゴミのまま、強くする。


 この矛盾ごと、俺は進むしかない。


「親方、ありがとう。かなり助かった」


「礼を言うなら、次はもっと早く持ってこい。完全に壊れてからじゃ、ゴミで押さえるにも限界があるからな」


「分かった!」


「あと、何に使うか知らんが、無茶はするなよ。鞘はそもそも剣より頑丈には作られないからな」


 親方の言葉に、俺は少しだけ返事に詰まった。


 剣より頑丈ではない。

 それは分かっている。


 それでもこの壊れた鞘はただの道具ではなかった。

 3つの壊れた術式を一つの向きへ通せる、今の俺にしか使えない装備だ。


 俺は鞘を腰に差し直した。


 前より見た目は悪くなった。

 金具は曲がっているし、革紐も焦げている。


 だが、不思議とさっきより頼もしく感じた。


 ――これで鞘はまだ使える。


 次は、薄くなった3つの『残式』をどうするか?



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