第13話「ゴミ拾い、実況盤で見られる」
ルーカが補助証を受け取り、ギルドから出ていったちょうどそのころ頃、ギルド酒場の壁にあるダンジョン実況盤には入口の定点カメラが繰り返し映されていた。
普段ならその枠は誰もまともに見ない。
ダンジョン入口前。
行き来する冒険者。
朝9時――そこに決まって映るゴミ拾いの少年。
酒場の連中は、いつの間にかその入口枠を『ゴミチャンネル』と呼んでいた。
「おい、さっきのもう一回流せよ」
「本当に中層の魔物だったのか?」
「いや、見間違いじゃねえ。針毛がしっかり映ってただろ、針猪獣だ」
だが、今日は違った。
その入口枠には怪我をした少女を抱えて走るルーカが映っていた。
その背後からは巨大な獣が迫っていた。
入口の定点カメラに入った映像は短い。
壁の陰も多く、通路の奥で何が起きたかまでは見えない。
それでもルーカが少女を抱えて逃げてきたこと。
そのすぐ後ろを、本来なら浅層にいていいはずのない中層の魔物――針猪獣が追っていたこと。
これらのことだけは、酒場にいた全員が知るところとなった。
「……あいつ、本当に中に入ったのか」
誰かが呟いた。
「馬鹿だろ。レベル0のゴミ拾いがダンジョンに入ってどうすんだよ」
「でも、怪我人を運んできたのはあいつだぞ」
「たまたまだろ。あんなの普通なら死んでる」
そう言いながらも、笑い声は前ほど大きくならなかった。
映像の中のルーカは、足取りがかなり危うかった。
抱えている少女の体もぐったりしている。
それでも、必死に入口まで戻ろうとしていた。
普段なら酒場の席から笑っていた何人かも、杯を持ったまま止まっている。
そこへあまりルーカを知らなかった連中も合流してきた。
「あいつ、いつも入口で掃除してる奴だよな。たしかレベル0の」
「それで人助けのために普通ダンジョンに入るか?」
「俺にはそんな度胸ねえ。普通は呼びに戻るだろ」
「戻ってる間に、あの子が食われてたら?」
その一言で、また空気が少し固まった。
画面の中では、ルーカが外へ飛び出し、針猪獣も続いて入口前に現れる。
次の瞬間、銀の軌跡が走った。
Aランクパーティ《銀嶺》のリオーネが割って入り、魔物の口元から体を一直線に斬り抜いた。
大画面ではなく、入口枠の小さな映像だ。
それでも剣の速さは異常なほど速いことが分かった。
酒場のあちこちから感嘆の声が漏れている。
「やっぱりリオーネは別格だな」
「一撃かよ」
「いや、待て。最初から片方の牙が折れてないか?」
誰かが画面を指差した。
再生された映像を見ると、確かに針猪獣の片側の牙は欠け、口の端から黒い血が流れているが見えた。
「⋯⋯本当だ。出てきた時点で傷がある」
「救護室に運ばれた魔術師の子が暴発させたって話だろ」
「見習いの暴発で、中層の魔物をあそこまで傷つけたっていうのか?」
「それもう暴発じゃなくね」
誰かが適当にそう言って、周りもそれ以上は深く考えなかった。
中層の魔物が入口近くに出た。
見習い魔術師が襲われた。
ゴミ拾いが助けに入った。
最後はリオーネが仕留めた。
酒場で語るには、それで十分のネタになった。
いつもの正常な酒場の姿だった。
――だが、全員が納得したわけではなかった。
実況盤の下で映像記録を確認していたギルド職員の一人が、ダンジョンの通路側に設置された、別の定点カメラの記録を巻き戻していた。
壁の影が多く、画質も粗いし暗い。
ルーカと少女が映る直前の数秒だけ、奥の通路で何かが光っているのが見えた。
細い光だ。
火にしては細すぎる。
剣技にしては揺れている。
魔道具にしては、発動の形が荒い。
そして、その直後に魔物の口元から黒い血が飛んでいた。
「……今のは、いったい何なんだ?」
職員は小さく呟くが、その呟きは闇に溶けていった。
酒場ではまた別の冒険者が笑い混じりに言っていた。
「あいつ、補助員になったらしいから今後はダンジョン内でもゴミ拾いが始まるぞ」
「まじかよ、ギルドは何を考えてんだ」
「だな。今度こそ本当にダンジョンのゴミになるぞ」
その言葉に何人かが笑った。
ただ、その笑いはさっきまでのように酒場全体へ広がるような笑いではなかった。
画面の中でルーカは少女を抱えて走っていた。
傷だらけで息も乱れていて、どう見ても強い冒険者には見えない。
それでも一人で助けに入り、逃げずに戻ってきた。
いつも入口でゴミを拾っていた少年が、今日は命を拾って戻ってきた。
ギルド職員は映像を止める。
暗い通路の奥。
ほんの一瞬だけ走った細い熱のような光。
その正体を――ここにいる者はまだ誰も知らない。




