39 骨騎士、闘技場を救う
魔物使いは壁際まで追い詰められ、尻餅をついた。
レイセルがゆっくりと歩み寄ると、男は震える声で叫ぶ。
〈魔物使い〉
「ま、待て! 俺に手を出せば……フォレストリア王国の“ドラガン商会”を敵に回すぞ……!」
その名を聞いた瞬間、レイセルの足が止まる。
〈レイセル〉
「……ドラガン?」
魔物使いは必死に頷く。
〈魔物使い〉
「そうだ! 百年前の勇者パーティーの仲間、“ドラガン”の名を継ぐ名家だ!
この闘技場は全部、あいつらが──」
レイセルは静かに言葉を遮った。
〈レイセル〉
「……止める気だった。最初から」
魔物使いの顔が凍りつく。
レイセルの眼窩の奥で、淡い光が揺れた。
〈レイセル〉
「ドラガンの名を騙る者を……放っておく理由がない」
その瞬間、魔物使いの背後で骨が軋む音がした。
獣人スケルトンたちが、ゆっくりと歩み寄っていた。
〈狼人スケルトン〉
「……こいつは……俺たちの……」
〈虎人スケルトン〉
「……復讐だ……」
魔物使いは悲鳴を上げた。
〈魔物使い〉
「や、やめ──」
その声は、骨の咆哮にかき消された。
魔物使いの断末魔が消え、闘技場に静寂が落ちた。
レイセルはゆっくりと鉄格子の奥へ歩く。
そこには──戦う前に力尽き、倒れたままの獣人たちがいた。
動かない。
息もない。
ただ、苦しみの残滓だけが空気に漂っている。
レイセルは拳を握りしめた。
〈レイセル〉
「……リリ……セリシアを呼んでくれ」
リリがそっと寄り添う。
〈リリ〉
「レイセル様……わかりました……」
闘技場の空気がふっと揺れた。
冷たい風が吹き、淡い紫の魔法陣が床に広がる。
光の中心から、黒いローブの女が静かに姿を現した。
〈セリシア〉
「……間に合いましたね、レイセル様」
〈レイセル〉
「セリシア……頼む」
セリシアはゆっくりと亡骸へ歩み寄り、膝をついた。
〈セリシア〉
「……苦しんだまま逝った者たち……」
レイセルは静かに頷く。
〈レイセル〉
「スケルトンになれた者は……自分で選んで戦った。
だが……こいつらは……すでに……」
声が震える。
セリシアは優しく微笑んだ。
〈セリシア〉
「だからこそ──救いが必要なのです」
彼女はそっと亡骸の額に手を当てる。
淡い光が生まれ、
獣人の身体から“魂”がふわりと抜け出した。
レイセルは目を閉じた。
〈レイセル〉
「……遅くなって、すまない」
〈セリシア〉
「大丈夫。もう痛みはありません。
あなたたちは……よく耐えました」
次々と、亡骸から魂が現れる。
どの魂も、苦しみから解放されたように穏やかだった。
セリシアは両手を広げる。
〈セリシア〉
「さあ……私と共に行きましょう」
魂たちは光となり、
まるで夜空に昇る星のようにセリシアの周囲へ集まっていく。
その光景は、
戦場の残酷さとはあまりにも対照的な、美しい静寂だった。
セリシアはレイセルの前に戻り、静かに頭を下げる。
〈セリシア〉
「救済は……終わりました」
レイセルは深く息を吐いた。
〈レイセル〉
「……ありがとう、セリシア」
セリシアは微笑む。
〈セリシア〉
「いつでも呼んでください。
あなたのおかげで、この者たちは救われました」
紫の光が彼女を包み、
セリシア達は静かに消えていった。
そして闘技場に静寂が戻った。
その静けさの中で──
背後から、骨がわずかに震える音がした。
獣人スケルトンたちが、救済の終わった鉄格子の前に立ち尽くしていた。
〈狼人スケルトン〉
「……あいつら……やっと……楽に……」
声は震えていた。
怒りでも、悲しみでもない。
羨望と安堵が混ざった、複雑な震えだった。
〈虎人スケルトン〉
「……俺たちは……戦えた……
でも……あいつらは……何も……できなかった……」
拳を握る骨が、かすかに軋む。
〈狼人スケルトン〉
「……あんたが……来てくれなかったら……
あいつら……ずっと……苦しんだままだった……」
レイセルはゆっくりと振り返る。
〈レイセル〉
「……遅すぎた救いだ。
だが……間に合ったなら……それでいい」
スケルトンたちは、静かに頭を垂れた。
〈虎人スケルトン〉
「……ありがとう……
俺たちの仲間を……見捨てなかった……」
その言葉は、
生者の声よりもずっと重く、
闘技場の空気に深く沈んでいった。
リリは胸に手を当て、涙をこらえるように目を伏せる。
〈リリ〉
「……レイセル様……みんな……救われました……」
レイセルは小さく頷いた。
〈レイセル〉
「……ああ。
ここにいた者たちは……もう苦しまない」
その言葉に、獣人スケルトンたちは静かに肩を落とした。
まるで、長い鎖がひとつ外れたかのように。




