35 骨騎士、魔物に徹する
階段を降りて、影から浮かび上がった瞬間──
鉄と血の匂いが鼻を刺した。
薄暗い地下通路。
壁に沿って並ぶ鉄格子の中には──
獣人たちがいた。
ただ“いる”のではない。
積み重ねられていた。
生きている者と、
もう動かない者が、
区別もなく押し込められていた。
リリが息を呑む。
〈リリ〉
「……こんな……」
鉄格子の奥。
狼人が壁にもたれかかっていた。
胸は上下しているが、片目は腫れ、腕は不自然な方向に曲がっている。
その隣には──
もう息をしていない虎人が横たわっていた。
死後どれほど経ったのか、毛並みは乾いた血で固まり、
その体を、まだ生きている仲間が毛布のように抱きしめていた。
〈獣人(小声)〉
「……起きろよ……次は……俺が代わるから……」
声は震え、涙は枯れていた。
さらに奥では、
まだ戦える獣人が、鉄格子に額を押しつけていた。
その目は虚ろで、
勝ち負けではなく“次に殺される順番”を待つ家畜の目だった。
通路の反対側では、
まだ若い獣人が震えながら仲間の傷を舐めていた。
治癒ではない。
ただ、
「生きている」と確かめるための行為。
〈若い獣人〉
「……頼む……死ぬなよ……
一緒に……帰ろう……」
その声は、もう祈りですらなかった。
レイセルは表情を変えなかった。
だが、骨の拳がわずかに震え、ギリ、と嫌な音がした。
〈レイセル〉
「リリ、警備兵の位置と数を確認する。
……感情は後だ」
その声は冷静だった。
だが、握りしめた拳の骨がひび割れ、粉のように崩れ落ちた。
リリは息を呑む。
〈リリ〉
「レ、レイセル様……手が……!」
〈レイセル〉
「問題ない。すぐ戻る」
淡々とした声。
だがその無機質さが、逆に“怒りの深さ”を物語っていた。
リリは唇を噛み、頷いた。
〈リリ〉
「……はい」
二人は影に戻り、通路の壁を伝って移動する。
影の中から、レイセルは警備兵たちを観察した。
〈レイセル〉
「……剣の握りが甘い。
ステータスを確認していくぞ」
〈リリ〉
「わかりました。
……レイセル様以上はいませんね。
どうしますか?」
〈レイセル〉
「正面からはやらない。
影潜を最大限に活かす」
レイセルは影の中で静かに姿勢を低くした。
〈レイセル〉
「……背後から仕留める。
音も、血も、残さない」
リリは息を呑む。
〈リリ〉
「……レイセル様、なんだか……
とても“魔物っぽい”です……」
〈レイセル〉
「魔物として戦うと決めた。
なら、やることは決まっている」
影が揺れた。
一人目の警備兵が通路を歩いていた。
松明の光が揺れ、影が伸びる。
レイセルはその影に溶け込み──
背後に浮かび上がった。
〈レイセル〉
「……静かに眠れ」
骨の指が兵士の口を塞ぎ、
もう片方の手が首の後ろを掴む。
パキン。
小さな音だけが響き、兵士は崩れ落ちた。
リリは影の中で震えながらも、目を逸らさなかった。
〈リリ〉
「……すごい!
本当に……気配が消えて……」
レイセルは次の影へと滑る。
二人目。
三人目。
影から現れ、
影へと戻り、
ただ静かに、確実に仕留めていく。
血は飛ばない。
悲鳴もない。
ただ、影が通り過ぎた後に“倒れた兵士”が残るだけ。
全ての警備兵を排除し終えた頃、
地下牢は不気味なほど静かになっていた。
レイセルは影から浮かび上がり、リリも続く。
〈レイセル〉
「……これで安全は確保した。
獣人たちを解放する準備に入るぞ」
リリは鉄格子の向こうの獣人たちを見つめ、
小さく呟いた。
〈リリ〉
「……わかりました。
全員救いましょう!」
二人は静かに鉄格子へと歩み寄った。




