33 骨騎士、闘技場の闇を聴く
影潜を得た翌朝。
森の空気は冷たく、夜露が草葉に残っていた。
レイセルは焚き火の残り火を踏み消し、
静かに立ち上がる。
影潜の余韻がまだ身体の奥に残っている。
影の中で感じた“静寂”──
あれは勇者だった頃には決して触れなかった感覚だった。
リリは眠そうに目をこすりながら、
レイセルの背中を見つめていた。
ガオランは妹ラナの行方を思い、足取りは重い。
三人は森を抜け、
フォレストリア王国へ向かう街道を進む。
やがて──
視界が開けた。
そこには円形の巨大な建物と、
その外側に広がる活気ある区画があった。
狩猟都市──ハンターヴィル。
外縁部には酒場、狩人の野営地が並び、
冒険者や狩人が行き交っている。
三人は見つからないよう、崖の上から
ハンターヴィルを見下ろす。
〈リリ〉
「わぁ……! あれが闘技場ですか!」
リリの視線の先には、
中心にある円形の巨大な建物がそびえていた。
石造りの壁には獣の牙と剣を組み合わせた紋章。
その周囲には観客を運ぶ馬車が列をなし、
肉の焼ける匂いと歓声が漂っている。
〈ガオラン〉
「確か魔物や冒険者が戦って、観客が賭けをしたり、闘技大会が開かれているはずだ」
レイセルは街の空気に違和感を覚えた。
笑い声の裏に、
どこか“血の匂い”が混じっている。
それは、
勇者として戦場を歩いた時に嗅ぎ慣れた匂いだった。
〈レイセル〉
「……何か……嫌な予感がする」
リリは首をかしげる。
〈リリ〉
「どんな予感です?」
〈レイセル〉
「血の匂いがする……夜になったら遠隔操作で
確認してみよう」
〈リリ〉
「わかりました!私も一緒に行きます!」
夜──
ハンターヴィルの喧騒はゆっくりと沈んでいった。
昼間あれほど闘技場から響いていた歓声は途絶え、
代わりに街を包むのは、酒場から聞こえるくぐもったざわめきだけ。
〈レイセル〉
「リリ、行くぞ。
ガオランはここで待機してくれ」
〈ガオラン〉
「わかった。
気をつけてくれ」
〈リリ〉
「レイセル様、置いていかないでくださいね!」
レイセルは、意識を首の関節に集中させた。
パキンッ。
頭部が外れ、宙に浮かんだ。
レイセルの頭とリリは、ハンターヴィルに向かって飛び出した。
レイセルの視界は一気に高くなり、夜のハンターヴィルが黒い海のように広がった。
街の外縁部に近づくにつれ、
昼間の喧騒とは違う“ざわつき”が耳に触れる。
笑い声でも、歓声でもない。
もっと低く、湿った──
人間の欲と疲れが混ざった音。
〈リリ〉
「……レイセル様、あれ……」
リリが指差した先に、
ぼんやりと赤い灯りが揺れていた。
木製の看板が風に揺れ、
酒の匂いが強くなる。
酒場だ。
扉の隙間から漏れる光と声が、
夜の静けさを押し返すように響いていた。
レイセルはリリに合図を送る。
〈レイセル〉
「……まずは、あそこで情報を拾う」
二人が近づいた瞬間──
酒場の中から、嫌な噂が耳に飛び込んできた。
〈酔った冒険者〉
「おい聞いたか?
今日の闘技場、獣人が魔物にこっぴどくやられたらしいぜ」
〈別の冒険者〉
「ははっ、あいつら頑丈だからな。
死ななきゃ何度でも使えるだろ」
リリは青ざめ、レイセルを見上げる。
〈リリ〉
「……獣人を……見世物に……?
レイセル様……」
レイセルは静かに言った。
〈レイセル〉
「……一度、戻るぞ」
レイセルとリリは急いでガオランの元へ戻る。
だが──その途中、視界の端に映った闘技場は、
昼間の喧騒が嘘のように不気味なほど静まり返っていた。
まるで、何かを隠すように。




