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3 邪魔をするならあなた達を殴るよ

 その時 世界に暗雲が垂れ込め、轟音と共に大きな雷が落ちた。


「いっ、たたたたたたた」


 雷と一緒に無事マコトくんの居る世界に落っことされた私は、お尻を盛大に打って涙目になった。


 相変わらず乱暴な力だなぁ。基本的に力の使い方が大雑把なんだよね。もっと練習しようよ! ・・・私。


 二重の意味で涙目になる。

 ある事情でマコトくんが危ない時しか使えないこの力は、いつまでたっても細かい制御が出来ない使い勝手の悪い力だった。


 頼りにはなるんだけど。いまはもう使えないな。

 ということは。

 マコトくんは無事なんだ。


 ほっとする。

 周囲を見回せば、人の気配がない霧の深い荒地が広がっていて、すぐの合流は絶望的に思えた。


 多分マコトくんは城か神殿、国の中枢にいるんだと思う。


 今まで墜ちた人たちの報告によると、だいたいそうだ。

 もっとも多いのが誰かの召喚に巻き込まれる事で、そうでなくても人の多いところに墜ちる。

 基本的に誰かや何かに喚ばれて墜ちるので、ひとりぼっちで放り出されたりはしないのだ。


 もちろんいまの私の状況は違っていて。強引に穴を開けたので、ここが人里離れた山奥でも、前人未到の暗黒大陸でもおかしくないんだけど。


 なんだろう。変な感じがする。

 夜の校舎じゃなくお化け屋敷にいるみたいな、造られた感じ。


「君は、人間なのか」


「一応、そのつもりです」


 変な違和感を疑問に思っていると、遠くから男の人が駆けて来た。

 急いで走って来たのに、息が上がっていない。すごく頑丈な人だ。


 先生ぐらいの歳の人かな。


 長身で厚みがある、映画に出てくる歴戦の騎士みたいなごつい体格の人。汚れた鎧を着ていて、戦場帰りの戦士みたいだ。

 首がぶっといのに、顔は小さくて、意外とイケメンなおじさんだった。


「立てないのか」

「ちょっと、空から落ちちゃって」

「大丈夫か」


 こんな人気のない荒野に居るのだから怪しい人かと思ったおじさんは、お尻が痛くて座り込んだままの私に、手を貸してくれた。


「怪我は?」

「大丈夫。ちょっとお尻が痛いだけだから」


 お尻の辺りを見られる。もっと言い様があったよね、と思ったけど後悔先に立たず。おじさんの視線がすけべなものではなく、怪我を確認しているのだと分かったけど、顔が熱い。


「それなら大した事はないだろう」


 無駄な脂肪がクッションになってますからね! でも痛いのは痛いんだよ。


 涙目で見上げると、おじさんはじっと私を観察していた。


「少女にしか見えないが、本当に人間か?」

「人間です! おじさんこそ人間なの?」

「まぁ、そう言われると人間としか答えようがないな。すまない」


 謝る程の事ではないですよ。

 乱暴もされなかったし。逆に申し訳ない気分になる。


「ここは魔族の結界の中だ。俺以外の人間がいるはずはないんだが。どこから来たんだ」


 腑に落ちない顔をされて、すっと空を指差した。


「空の向こうから」

「まさか雷と一緒に落ちて来た訳ではあるまい」

「雷と一緒に落ちて来たらダメですか」

「人間の所業ではないな」


 うん。そうだよね。


「だが、魔族にも見えん。とりあえず保留しよう」


 そういうと、おじさんは身振りで後ろに下がるよう指示をした。

 私を後ろに庇って、のそりと陰から出てきた四足の動物より大分ごつごつしている奇怪な生き物と対峙して剣を抜いた。


 これが魔族だろうか。


 奇怪な生き物は、牙の生えた大きな口から涎を垂らしながら、すばやい動きでおじさんに襲い掛かった。

 おじさんは獣の首を一振りで斬りおとす。

 すごく、戦い慣れている。ごつい身体は見掛け倒しではないみたい。

 続いて二頭三頭と襲い掛かって来たが、足を斬り、喉を突き刺し、頭を割り、時には獣の腹を蹴って遠くへ蹴飛ばし、あっという間に奇妙な獣の群れを倒してしまった。


「強いんですね」


 思わず敬語になってしまう。

 あの調子で襲われたらあまり力のない私はすぐに縊り殺されちゃいそう。


「なんだ、今更改まるな。怪我はないか」

「おかげ様で」


 そういう人ではないって思うけど。

 なんていうのかな、隣の気のいいお兄ちゃんみたいな感じ。

 うん。あったかくて優しい感じ。


 その後も何度か奇妙な獣に襲われながら、私達は場所を移していった。


 奇妙な獣は魔物らしい。

 この世界には、魔族や魔物といった、人より強い魔力に溢れた生き物がいて、近づくとサクッと殺されてしまうらしい。

 なんでそんな危険なところに居るのか聞いてみると、罠に嵌められて閉じ込められたという。


 どじだなぁ。なんか放っておけない感じ。大人の人なのに。


「おじさん。多分結界解けるよ」

「本当か!?」

「うん。勉強してるから」


 ありがたい、助かった、と素直におじさんは喜ぶけど、そんなに簡単に信じていいのかな。


「どの道、閉じ込められてどうにもならんのだ。疑うより行動した方が早いだろう」


 お互いの事情はその後で。まずはこの閉じた世界を出よう、とおじさんは言った。

 まったくもってその通りだ。


「あのね、結界って、大概なにか核になるものがあるの。それを壊せばここから出られると思う」

「なるほど。どんなものが核になるんだ。ここは見ての通りの荒地だが、歩いてみるとさほど広くない」


 一緒に歩いた感じだと直径三百メートルぐらいの円形が結界の中で、そこから外に向かって歩くといつの間にか逆方向に歩いている。

 あまり複雑な造りには見えないので、核もそう凝ったものではないだろう。


「そうだな。うーん、例えば、あの太陽かな。時間が経っても影の長さが変わらないし、光が弱い」


 おじさんは微妙な顔で私を見た。


「どうしたの」

「いや。言われてみれば、雷が落ちた後から陽射しが弱くなっている気はする。しかし、空にあるものをどうやって壊す」

「造りものだから見た目より遠くにはないと思う。なにか…魔物でも投げれば壊れるんじゃないかな」

「魔物を!? 剣ではなくか」

「無理かな。剣を投げちゃうと、おじさんの武器がなくなっちゃうでしょう。岩でもいいんだけど、この辺、小さな石しかないし」

「魔物を投げようなんぞ、普通は考えないぞ」

「でもさっきおじさんが蹴った魔物はすごい勢いで遠くへ飛んでいったよ」


「蹴るか」


 少し考えてから、納得するように頷いて、おじさんはゴロゴロと転がっている魔物の頭をサッカーボールをリフティングする時のように足の甲で掬い上げ、太陽に向かって強く蹴った。



「やめんか!!!!!!」




 大音声が響き、魔物の頭が内から破裂する。

 太陽に縦長の影が出来、その裂け目から人影が出てきた。


「なにを仕出かすのかと思えば、まったく。だからお前ら人間は美学に欠けるのだ」


 蝙蝠みたいな羽根の生えたちょび髭のおじさんは忌々しげに私達を見下ろし、一呼吸でおじさんに襲い掛かり長い爪を剣で弾かれ遠くに飛ばされた。


「お前の仕業か、サラディン。出てきてくれて嬉しいぞ」

「ほう、そんなにわしに会いたかったか」

「あぁ、お前の阿呆面を叩きのめせるかと思うと腕が鳴る」


 おじさんは遊び仲間と会った時のようにわくわくした顔で魔族に斬りかかった。

 目の色が変わっている。ギラギラとした殺気を叩きつけられ、魔族のおじさんも獰猛に笑った。


「のぞむところよ!」


 遊ぶように戦い始めた二人には悪いけど、遊んでいる暇はないと思うんだよね。

 太陽が動かないから分かりにくいけど、ここに来てから相当な時間が経ってる。

 正直、私はお腹が空いたよ。


「おじさん!」


 声をかけても聞く耳をもってくれず、二人で楽しそうに鍔迫り合いをしている。


「腕を上げたじゃないか」

「貴様に言われることではないな!」


 殺気を飛ばしあいじゃれ合う二人は止まりそうにない。

 仕方ないな。

 ため息を一つついて、足元にあった魔物の頭を太陽に投げつけた。

 ガラスが割れるような甲高い音がして、パラパラと太陽が毀れ落ちてくる。

 同時に霧の荒野の景色が歪み、清涼な空気が流れ込んで来た。

 強い風が吹き、吹き飛ばされないように足を踏ん張って目を閉じる。

 風が止んで目を開けると、そこには深緑の森が広がっていた。

 鳥の声も聞こえる。

 いつの間にか、剣戟の音は止んでいた。

 おじさんたちを見ると、二人とも呆けたような顔で私を見ていた。


「な、なにをした!!!」


 魔族のおじさんが先に正気づいて私を指差した。


「結界を壊したのか」


 呆然と、おじさんが呟く。


 どうやって、と呟く二人に向けて、足元の魔物の身体を投げた。

 ぶん、と大きな音を立てて飛来する物体を、二人が左右に分かれて避ける。


「こうやってだよ」


「貴様、人間か」


「人間だよ。でも、力がないわけじゃない。邪魔をするなら貴方達を殴るよ」


 貴方達と聞いて、おじさんの肩がびくりと揺れた。

 遊んでいた自覚はあるらしい。


「何者だ!? おい!! まさか勇者でも召喚したのか?!!!!」


 襟首をつかまんばかりに迫る魔族からおじさんは身を交わした。


「馬鹿をいうな。俺が勇者を召喚するわけがないだろう」

「なら、こいつはなんだというのだ」

「そういえば、名前を聞いていなかったな」


 忘れてた。お互いそれどころじゃなかったし。


「マナだよ。ただのマナ。この世界に召喚された友達を探しに来た人間だよ」


 召喚、と聞いて、魔族のおじさんは青褪めて文字通り飛び上がった。


「ハロルド! 貴様と遊んでいる場合じゃなくなった。勝負は預けるぞ!!!」


 そのまま北へと飛び去る。

 おじさんも難しい顔をしていた。


「お前の友達が、この世界に召喚されているのか」


 頷く。


「馬鹿な。ありえん」


 そんな事言われても、私がマコトくんがいる場所を間違えるはずがない。

 それに。


「召喚されたのは友達だけじゃないよ。別の人の召喚に、マコトくんは巻き込まれたんだ」


「魔王の復活に備えて勇者召喚をしようという話は確かに出た。だが、その意見を俺が退けた」


 勇者召喚などしなくても、魔王を倒せる、と言って、おじさんは兵を率いて出征してきたらしい。

 そして魔族の軍とぶつかり、混戦の中罠にかけられ結界に閉じ込められた。

 結界の中は時間の流れが認識しずらくなるから、どのくらい閉じ込められていたかは分からないらしいが。


「おじさんが戻ってこないから、残された人が勇者召喚をしちゃったんじゃないかな」


 指摘すると、おじさんは呆然と口を開き、何かを言いかけ、口を閉じて首を振った。


「ありえない。息子達が許すはずがない。だが、」


 困ったようにおじさんは私をみた。


「お前が嘘を言っているとも思えん」


 眉がハの字になって情けない顔をするおじさんに近づき、背伸びしてしょんぼりしたその背中を叩いた。


「確かめに行こうよ。私もマコトくんに会いたい」


 ここにいて『はずがない』を繰り返していてもなんにもならない。


 おじさんは大きくため息を吐くと、それもそうだな、と立ち直った。

 立ち直りが早くて逆にびっくりする。


「おじさん、偉い人なの?」


 勇者を召喚しようという意見を退けて、兵を率いて来たと言っていた。一兵士に言えることじゃない。


「ああ。一応、この国の王をしている」


 なんでもないことのように告げて、思い出したようにおじさんは名前を名乗った。


「ハロルド・ヘイワーズ。この国の王であり、人の世界の盟主だ」

「私はマナ。よろしくね」


 王を名乗っても態度を変えない私にちょっと目を瞠って目元を緩め、おじさんは握手の為に手を差し出してくれた。

 私がその手を強く握り返している頃、マコトくんは思っていたよりも危険な状況にあったのだけど、何故か私にはそれが分からなかった。


お読みいただきありがとうございます。

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