唯織刃
8:08『なあ一ノ瀬。俺は高校は疎か小中学校すら知らないんだ、転校生ってどうすればいい』
8:12『知らないわよあたしだって。あなたの人となりでなんとかしなさい。メッセージを送ってきたということは、武蔵村山市には着いたのね?』
8:12『一応なー。でもやばい、まず那須愛瑠の高校の先生に呼ばれてんのに間に合わないかも』
8:13『はぁ? せっかく相澤さんがこの日のために根回ししたのに……』
8:14『俺スマホのマップ苦手なんだよ』
──8時20分。
どれくらいの間、ぼんやりと車窓に首を預けていただろうか。東京都・武蔵村山市中原一丁目に着く頃のバスは学生でひしめきあっており、座席の私は乗車中の優位性と引き換えに降りるのを待たされた。運転手に定期券を見せて降り、それなりに澄んだ空気を吸い、溜め込んだ疎ましさを解消する。
停留所前のコンクリート塀には見知った顔の少女がよりかかっていた。手元のスマホにお熱のようだ。
私はあえて友人である彼女の前を通り過ぎてみる。──バスが去ったところで察知した彼女が、焦って後に倣ってきた。
「──ねえ真顔で通過しようとするのヤバい。うちら別れたてのカップルじゃないんだから」
友人・寧々の手が私の肩をつつく。彼女はその新緑の目でのぞき込んできて笑い、ブロンドのポニーテールを揺らした。半袖のワイシャツがよく似合う女だ。
私はただの悪戯心を「気遣いね」と弁明する。
「寧々がいつになくスマホに夢中だったから、意中の相手と交信してたのかなって」
「え、嫉妬? それ嫉妬?」
「あ゛。やばい殺しそう」
「嘘じゃん。許して。ハッシュタグ見てたんだよ。最近ちょっとウワサの──これっ」
意気揚々と突きつけられたのは、スピリチュアル寄りの投稿が募ったSNSのページだ。
「……ハッシュタグ『みやこおはらい』。はぁん」
信号待ち。私は素知らぬ顔で付き合ってやる。好奇心の塊たる寧々には絶好の話題なのだろう、輝かしい目をしていることだ。
(……V興味ない層にも広まってんなら、そりゃチャンネル登録者数もうなぎ登りになるか)
「これね、自分がした霊的な体験の悩みをここに書けば解決してくれるんだって。東京限定で」
「すごいじゃん」
青信号に切替わった。上の空で寧々の背中を押してやる。
「反応うっす。興味ないよね、興味ないっていうかド興味ないよね。占いの話もオカルトの話もダメダメじゃん」
わざとらしい溜め息をつかれた。これだから彼氏のいないダウナーノンデリナイフは──とどぎつい追い打ちを畳みかけられたのを、私は「いない側の分際で他人を下げるな」と一蹴する。
「イタタタタ。──え、待って」
信号先のコンビニの駐車場に差しかかると、寧々はいきなり立ち止まった。「爽やかイケメンが寧々たちのほうにきてる」
直前まで恋愛の座は我が上とばかりにものを言っていた寧々は、頬を紅潮させてくるっと後ろを向いた。
そんな馬鹿な。とは思ったが、私たちが渡った信号と別方向の信号から、ほんとうに少年がかけてきていた。
同じ高校の制服をしているが、少なくとも私の知り合いではない。何年生だろうか。
「──よかったー……見つかって」
息を切らしてまで、私たちを目当てにきたようだ。「ガチのカレシ連れてきたの? 寧々」と、半信半疑に問うてみたが、本人ははっきりと首を振って否定してきた。
「俺、本日付けで転校することになった唯織刃。土地勘のないこの地域で迷っちゃってさ……道を尋ねるために親しみやすそうな君たちをアテにしたんだ」
(にしては一目散だったけど)
「学校の道……別にこのまんま真っ直ぐ行って生徒の群れに乗れば着くっすよ兄さん」
「ほんとだ、あっちに沢山いるな。……2人がよければ、道を教えてもらったついでに一緒に登校しないか?」
「え」
転校生にしては距離感の近い人物だ……というのはどうだっていい。私は寧々に目配せして、判断を委ねる。
「寧々は是非……あ、だけどちょっとコンビニに寄りたいかも」
寧々が耳打ちしてくる。髪直してくるから刃君に待っててもらって、と。私が「行きな」と了承した次の瞬間には、彼女はコンビニに向かってガンダッシュしていった。
(鏡見るのに駐車場爆速すんのかい……)
取り残された私はのんびり店の前に足を運び、並んでいる鉄のポールを椅子がわりにする。刃と名乗った少年も来た。
「ごめんなさいね、兄さん。寧々はちょっと自分を陶冶したいんだってさ」
「いいよいいよ、誘いに乗ってくれただけでありがたいから」
特に持ちかける話もない。「待ってて」とスカートのポケットからスマホを取り出した私は、那須愛瑠のアカウントに遷移した。
アカウントのbioには「おはらい活動5000円」と質素に記載している。冷やかしを門前払いするためにわざと偽の高い値段を提示しているこれが、Vチューバーを始めた当初はペテン師などと散々揶揄されていた。今では打って変わって、活動を嗅ぎつけたネットユーザーたちの『おはらいお願いします』というリプライが日常の投稿にまで殺到している。
(悩める一般人の唯一の需要の受け皿。そりゃバズるか。なんだかんだ、2年以上やってんだっけ)
「……兄さんはさ、ネットにおはらい出来るみたいなタグあんの知ってる?」
「……どうすっかな──ん? あ、ああ……知ってる」
やけにぎこちない返答だったので顔をあげてみる──唯織刃はなぜだか、張り詰めたような表情をしていた。
どうしてかと巡らすよりも先に、私はその後ろの存在を見て突き止める。──いつの間にか、駐車場にぽつんと人ならざる存在が立っていたのだ。
私はポールからお尻を浮かせた。まさか、こんなときに『滓』のお出ましとは。
(誰も……視えてはなさそうかな)
『滓』の体高は3メートルはあるだろう。直立二足歩行で腕もあるが、体中に人の顔を剥いだようなものが張り付いていて、気味が悪い。
コンビニから出てきて車の鍵を開ける人も、学校への道のりを進む高校生集団も──この異形の怪物が発する金切り声のような呻きを気味悪がって、そそくさとその場を離れようとしていた。
刃もまた、耳を塞ぎだす。
「さっきから声が聞こえるんだ……もしかしてこれは……今もまだいると噂されてる怪物のものなんじゃ……」
「するかも。耳を澄ませば」
「やっぱりそうだよな……怖いな」
(……どうしよ。ここでやりあったらアイツか私が車とかぶっ壊しちゃわないかな)
ちょうどそのとき、寧々が店から戻ってきてしまった。
──『滓』のどこにでもある顔のすべての目玉が、私たち3人をギョロっと捉える。
「お待たせ、亜依と刃君。──あ、ちょうどいいタイミングでBeReal来た。亜依、撮ろ! 向かいに立っといて!」
「え、うん……」
『滓』が両腕を掲げた──どこからともなく、大鎌を顕現させる。
「いくよ、はい──」
武器を斜めに構えた『滓』は、こちらに猛ダッシュして──
「寧々、ちょっと待って」
庇うのが遅れた私は、『滓』の一振りをモロに食らった。
斬られた箇所から血──ではなく、ホログラムのような虹色の煌めきを出して、無傷で済む。
私は差し返すべく指を弾いた。虚空から濃密な霊力の弾が発射され──それが『滓』に直撃。
突風が伴う。周囲の誰もが身を固めるような姿勢をとり──『滓』本体は、後方の電柱へと吹き飛んだ。
そのままぐったりとして、動かない。
「──う〜、何今の……風すごかったねー、なんか変な声したしセットした髪も崩れたよ。サイアク。でも亜依がチョケたのはもっとサイアク〜」
「変な音出す虫がいたから潰したの。いいじゃん、写真で引き立て役になったよ私」
「いやいや。亜依のビジュで引き立て役は謙虚がすぎるよ。でも虫退治はナイス」
寧々はサムズアップした。何事もなかったかの如く振る舞う私たちに対して、刃はまだ余韻に浸っているようだった。
「お〜い、刃君、大丈夫そ? ──今のは虫だったけど、化け物の声だと考えると怖いよね。でも寧々たちがいれば大丈夫だよ。ね。だから行こ」
「うん……ありがとう」
「平気の根拠ってなんなんすか寧々サン」
「うるさいよ亜依。とりあえず、もう行こ? やばいよ、1限目数学だし!」
「それはまずいか──てか兄さんさ、転校生ってなんか先生に呼ばれたりすんじゃないの? 知らないけど」
「あ……」
コンビニの敷地を、私たちは息巻いて駆けていった。
8:52『なあ一ノ瀬』
8:52『ちょっと。今ってきっと授業の最中よね。まさか、間に合わなかったの?』
8:52『うん。今那須愛瑠と恐らくその友だちであろう寧々さんって人と走りながら書いてるんだ』
8:53『馬鹿。なにがあってそうなるの……』
8:53『ちょっと聞いてほしいんだ、なんと那須愛瑠の戦闘シーンが見れた』
8:53『ほんとうに? 能力は見られたのかしら』
8:53『たぶん俺たちが想像してるよりもずっとやばそうでさ──』
転校して長くいると刃が為霊者バレする可能性があるので相澤さんが任務決行の当日に調整しました。相澤is何者。




