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TRACE ORIGIN:あの日、世界が崩壊した  作者: 高瀬 理人
第二章 はじめまして
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第10話 顔に出てる

弁当の蓋を開けると、赤井が向かいの机をこちらへ引き寄せた。


「今日、購買のパン全部売り切れ。これしか残ってなかった」


赤井は小さなメロンパンを置き、椅子を引いた。僕が卵焼きを一つ差し出すと、すぐに箸を伸ばしてくる。


「助かる。明日なんか持ってくるわ。卵焼き以外で」


「そこは卵焼き返してよ」


赤井が口へ入れるのと同時に、廊下側の扉から水野さんが顔を出した。


こちらを見つけると、水野さんは佐倉さんと一緒に、机の間を抜けてこちらへやってきた。昨日は同じ学校だと分かったところで別れたのに、今日はもう僕の教室にいる。


「宮原くん、お昼、ここで食べてもいい?」


「いいけど……どうしたの?」


「会いに来たんだよ。せっかく同じ学校なんだから、バイトの日しか話さないのも変じゃない?」


水野さんは弁当の入った袋を持ち上げる。僕が机の上の教科書をどけている間に、赤井が近くの空席から椅子を二つ借りてきた。


「宮原のバイト先の人? 俺、赤井。こいつにバイト紹介したの、俺なんだよね」


「求人の写真を送ってきただけだろ」


「応募したんだから紹介成功じゃん」


水野さんが笑い、僕の左側へ椅子を置く。佐倉さんはその向かいに座ってから、赤井の昼食へ目を落とした。


「それだけで足りる?」


「全然。だから今、宮原に助けてもらってるところ」


「次は早めに買いに行った方がいいよ。人気のパン、すぐなくなるから」


佐倉さんが弁当箱を開く横で、水野さんも袋から弁当を取り出した。赤井はメロンパンの袋を破きながら、今度の体育が外になるかどうかを聞き始める。


窓の向こうでは、日なたの校庭が白く光っている。水野さんは「絶対体育館がいい」と言いながら、袋の底から保冷剤を出し、手首へ押し当てた。


「昨日、バイト終わって帰ったあとも暑くてさ。お風呂入ったのに、髪乾かしてるうちにまた汗かくの。あれ、どうにかならない?」


「乾かさなければ?」


赤井の返事に、佐倉さんが自分の髪の先を摘まむ。


「翌朝、大変になるよ」


「真帆、この前、私が後ろだけ寝癖つけてたとき、笑ってたもんね」


「言ったよ。結衣が『大丈夫、もう直した』って振り返って、まだついてたから」


水野さんは箸を持ったまま後頭部へ手を回した。今もあると思ったらしい。僕と目が合うと、確かめかけた手で髪を耳へかけ直す。


「今日はないからね」


「まだ何も言ってないよ」


「顔が言ってた」


笑って弁当へ視線を戻すと、いつもなら赤井と二人で食べ終えている頃なのに、ご飯がまだ半分残っていた。


食後、水野さんが袋から出したのは、角の擦れたトランプの箱だった。


「これ、四人ならできるよね。真帆と二人でババ抜きすると、私ばっかり負けるんだよ。人数が増えれば、もうちょっと分かんなくなるはず」


「人数じゃなくて、結衣の顔の問題だと思うけど」


「今日は大丈夫。笑わないし、何も言わない」


言ったそばから笑っている。赤井が箱を受け取り、弁当を片づけた机へカードを配り始めた。


水野さんが僕から札を引き、佐倉さんが水野さんから引く向きで、四人の手を一周する。最初の何回かは、赤井が一枚引くたび大げさに顔をしかめるせいで、何を持っているのかさっぱり分からなかった。


「うわ、これかあ。いや、いいんだけど。別に困ってないし」


次に引く佐倉さんが、赤井の顔ではなく手札を眺める。


「毎回やってるから、どれでも同じに見える」


「そこは悩んでよ。せっかく顔まで作ってるのに」


赤井の大げさな顔に笑っていた水野さんが、続けて僕の札を一枚引く。


その瞬間、笑い声が止まった。


引いた札を手の中へ混ぜながら、さっきまで僕を見ていた目が机へ落ちる。向かいから伸びた手が迷いなく一枚を抜き、佐倉さんは揃った札を机へ置いた。


「お先に。結衣、肩にも出てるよ」


「だから教えないで! まだ二人いるんだから!」


次の一周で赤井も抜け、僕と水野さんだけに札が残った。水野さんは二枚を背中へ隠して混ぜ直し、今度はまっすぐ僕を見ながら差し出してくる。


「どっちでもいいよ。早く引いて」


右の札へ指をかけると、紙が少しだけ引き戻された。


水野さんの口元へ目を移す。その唇はぎゅっと結ばれ、笑わないようにしているのか、何か言わないようにしているのか分からない。


僕は指を離し、反対側へ手を伸ばしかけた。今度は札がすっとこちらへ出てくる。


「……やっぱりこっち」


最初の札を抜くと、僕の手に残った一枚と数字が揃った。


赤井が笑い出す横で、水野さんは残されたジョーカーを見つめている。


「今、絶対顔見て決めたでしょ。途中で変えようとしたのに、なんで戻るの?」


「こっちだけ、ちょっと離してくれなかったから」


「手まで見てたの? 宮原くん、そういうとこ細かい!」


「顔は見てもいいってこと?」


水野さんが僕を見る。答える前に自分でも笑ってしまい、ジョーカーを伏せて机へ押しつけた。


「もう一回。今のは練習だから」


佐倉さんは時計を見たものの、「あと一回だけね」と椅子を寄せ直した。


二度目は赤井の手にばかり札が溜まり、演技のない顔で「全然減らねえ」と言ったところへ予鈴が鳴った。


「えっ、もう? 待って、まだ誰も終わってないよ」


水野さんは手札を伏せ、教室の時計を探すように顔を上げる。廊下では移動教室へ向かう足音が増え、佐倉さんが先に席を立った。


「結衣、次、理科室。今から戻らないと間に合わない」


「分かってる。これ、明日続きやるから。赤井くん、その札、ちゃんと覚えててね」


「枚数だけなら覚えてる。多かったから」


水野さんは笑いながら札を集め、箱へ戻した。僕の机へ置いてから、袋を持ち上げる。


「ここに預けていい? また来てもいいかな」


「別にいいけど」


「じゃあ、来てほしいって意味で受け取るね」


返事を待たず、佐倉さんを追って教室を出ていく。赤井が机を戻すついでにトランプを僕へ渡したので、教科書の奥へしまい込んだ。


翌日の昼休み、僕は弁当を机へ出し、その横にトランプの箱を置いた。廊下で足音が止まると、反射的に扉の方を見た。

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