第3話:アジトの料理人と、一番のごちそう
「声を発するセリフ」
『手話を使用した会話』
【筆談を使用した会話】
《モールス信号を使用した会話》
(心の中、ひとり言)
「よし、ひとまず治療は終わりだ。無理に動かすなよ」
統護がシィルの足首に巻いた包帯の端を優しく留めると、彼女は教わったばかりの『ありがとう』の手話を、たどたどしく、けれど心を込めて統護へと返した。
緊張がようやく解けたシィルのお腹が、その時、きゅ〜っと小さく音を立てる。シィルは耳まで真っ赤にして両手で顔を覆ってしまった。それを見たフェンが
「あはは! シィル、お腹ペコペコ!」
と屈屈託なく笑う。その様子をソファの背もたれに寄りかかりながら見ていたクロウが、ふっと飄々とした笑みを浮かべ、流れるような手話で統護に語りかけてきた。
『大将、お姫様がお腹を空かせてる。そろそろ俺の出番でしょ?』
クロウ、耳が聞こえないという理由だけで、冒険者ギルドからはハナから見下され、最低のEランクに甘んじている。
だが、実は彼は他人の悪意の視線が「刺さるように痛む」ほどに鋭敏な触覚を宿す、一級品のサバイバーだ。そして何より、このアジトの絶対的な『料理の番人』でもあった。
やがてアジトの中に、香ばしいスープの匂いがふわりと漂い始める。大鍋のスープが最高の状態に仕上がると、クロウは料理をお皿に盛り付けながら、トントン、と床を足の裏で力強く、独特のリズムで踏み鳴らした。
それは、クロウがアジトの床を通じて別室の仲間たちへと送る、このアジトではお馴染みのモールス信号──《メシだぞ》の合図だった。
床から伝わる確かな振動。直後、アジトの奥にあるいくつかの部屋の扉が開き、ドタバタと賑やかな足音が響く。
このアジトには、統護やクロウ、フェンの他にも、同じように世界から弾かれ、統護に拾われた『言葉を持たない家族』が数人暮らしているのだ。
「わーい!クロウさんのごはん!」
《今日のご飯は何ですか?》
部屋から出てきた仲間たちが、嬉しそうにテーブルへと集まってくる。シィルはその賑やかで、どこか温かい光景を、目を丸くして見つめていた。
クロウは湯気の立つ特製スープの器を、まずはシィルの前にそっと並べた。そして、彼女に向かってチャラけたようにウインクをして見せ、はっきりと唇を動かす。
『「大将直伝、俺の特製スープ。冷めないうちにどうぞ」』
シィルはスプーンを取り、そっとスープを口に運んだ。その瞬間、彼女の美しい瞳がパッと輝く。
王宮で食べていたどんな最高級の宮廷料理よりも、そのスープは温かく、優しく、冷え切っていた彼女の身体と心を芯から満たしていく。言葉を持たないこの家族の「温かさ」が、料理を通じて真っ直ぐに伝わってくるようだった。
シィルは急いでメモ帳を手に取ると、サラサラと綺麗な文字を走らせ、クロウに見せた。
【世界で一番、美味しいです。ありがとうございます】
それを見たクロウは、一瞬だけ驚いたように目を見開いた。彼は、自分を見下してきた奴らから向けられる、針のように痛い「悪意の視線」を数え切れないほど浴びて生きてきた。
だが、目の前の少女の視線から伝わってくるのは、澄み切った、純粋な『感謝』と『好意』だけだった。痛みのない、ひどく心地よい視線。
クロウは照れ隠しのように頭を掻くと、いつもの飄々とした調子で大将へと手話を紡ぐ。
『大将、このお姫様、合格。めっちゃ良い子。俺、気に入ったわ』
「おい、調子に乗るなよ」
統護が呆れたように笑う。その横で、フェンや他の仲間たちも「おかわり!」と器を差し出していた。
声はなくとも、ここには確かに笑顔と、通じ合う言葉がある。二度世界に追放された者たちの、ささやかで温かい食卓が、賑やかに更けていくのだった。
(第3話・了)
※モールス信号は日本の五十音、イロハ・モールス(和文信号)で会話してる設定です。
※手話魔法の手話は実在する動きをベースに格好良く映えるように「魔法の結印」としてスタイリッシュにアレンジした造語手話になっています。
次回もお楽しみに!




