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26.



 シィナがデッドエンドに向かったのは、父の使いが戻ってきた翌日のことだった。


 使いの報告は、シィナの癇に障るものだった。


 デッドエンドの治療院は、朝から患者が列をなしているという。魔法を使わない医師が、血を調べ、糸で縫い、体の仕組みを説明しながら治療する。街の人間はその医師を慕い、信頼している。辺境伯も後ろ盾についている。


「なんで辺境伯が……」


 シィナは、使いの話を聞きながら、そう思った。


 そして何より腹が立ったのは、使いが最後に言った一言だった。


「あの先生は、とても腕がいいと。あちこちで治らなかったものが治る、と……皆さんが仰っていました」


 シィナは、自分で行くことにした。


 父には告げなかった。ただ、見てやろうと思った。どうせ、魔力もない落ちこぼれが辺境で細々とやっているだけのことだろう。噂が大きくなりすぎているだけで、実態は大したことないはずだ。


 そう思いながら、馬車に乗った。



    ◇



 デッドエンドに着いたのは、昼前だった。


 鉱山を抱える辺境の街だ。活気はあるが、王都とは比べるべくもない。小さな街だ。


 治療院はすぐに見つかった。


 看板が出ていて、その前に列ができていた。


 シィナは馬車から降り、その列を見た。


 長い。思ったより、ずっと長い。鉱夫らしい男、子供を連れた母親、老人、若い女性。様々な人間が、静かに順番を待っている。


 治療院の前に、大きな白い獣が寝そべっていた。


 フェンリルだ。


 シィナは思わず足を止めた。


 魔物が、治療院の前に当たり前のように寝ている。誰も怖がっていない。子供が横を通り過ぎても、フェンリルは目を開けるだけで動かない。


「なんで魔物が……」


 シィナが呟くと、列に並んでいた老人が振り返った。


「ああ、セルシウスか。ここの守り神みたいなもんだよ。怪我人が出ると知らせに来てくれる。先生が治した魔物でね」


「治した……魔物を」


「そう。先生はなんでも治すから」


 老人が、嬉しそうに言った。


 シィナは、少し不快な気分になった。


 なんでも治す。魔力もない、紋もない、追放された落ちこぼれが。


「私が診てあげる」


 シィナは、列の前に進んだ。


 列に並んでいた人々が、振り返った。


「金紋の治癒師よ。こんな辺境まで来てあげたんだから、感謝しなさい。並んでいる方、怪我や病気があれば、私が治してあげます」


 ざわめきが広がった。


 しかし、誰も動かなかった。


 老人が、首を傾げた。


「……先生の診察を待っているんだが」


「先生よりも、金紋の治癒師の方が腕がいいに決まっているでしょう。魔力の量が違うんだから」


「そうは言っても……先生じゃないと、ちょっと」


「失礼ね。金紋よ? この紋章が見えないの?」


 シィナが、手の甲を見せた。

 金紋が、朝の光に輝いた。


 誰も、動かなかった。


 そのとき、治療院の扉が開いた。



    ◇



 トーコが出てきた。


 シィナを見て、少し目を細めた。


「……シィナ」


「お姉様」


 シィナが言った。その言葉に、棘があった。


「こんな辺境で何をしているんですか。王都に帰ればいいのに」


「患者がいます」


「私が診てあげると言っているの。金紋の治癒師の方が、あなたより上でしょう」


 トーコは何も言わなかった。


 ミリアが戸口から顔を出し、シィナを見て、それからトーコを見た。


「先生……あの方は」


「妹です」


 ミリアが、小さく「あ」と言った。


 シィナが、治療院の中を覗いた。器具が並んでいる。見たことのない道具が多い。棚に薬草が整然と並んでいる。カルテが積み重なっている。


「ずいぶん、こまごましたものを並べているのね」


「必要なものです」


「魔法があれば、こんなものいらないでしょう。非効率」


 列の後ろの方で、鉱夫の男がぼそりと言った。


「魔法だけじゃ治らないから、みんなここに来てるんだがな」


 別の声が続いた。


「先生は、なんで悪くなってるか教えてくれるんだよ。魔法使いは治してくれるだけで、何も教えてくれないから」


「俺なんか、五年間腕が痛かったのが、ここで治ったんだぞ」


 シィナの顔が、少し赤くなった。


「じゃあ証明してあげる。私の治癒の方が、ずっと優れているって」


 列の中から、腕に包帯を巻いた若い男が出てきた。


「じゃあ俺を診てくれるか。昨日、鉱山で切ったんだ」


 シィナは自信を持って男の腕に手を当てた。


 金紋が輝く。魔力を流す。


 傷口が塞がっていく。


 シィナは満足そうに手を離した。


「ほら。一瞬でしょう」


 男が腕を確認した。


「……確かに塞がった」


「でしょう? これが金紋の力よ」


 しかし。


 男が顔を歪めた。


「……なんか、熱い」


「最初はそういうものよ」


「いや、熱いっていうか……痛い。なんか、膨らんでる……?」


 シィナが腕を見た。


 傷口の周囲が、赤く膨れていた。皮膚の下で、何かが盛り上がっている。傷は塞がっているのに、その周囲の組織が異常に増殖していた。


「ちょっと待って、今もう一度」


 シィナがもう一度魔力を流した。


 膨れが、さらに大きくなった。


「あっ、いたい、いたい……!」


 男が腕を引いた。


「ぎゃあ……! なんだこれ……!!」


 列が、どっと騒めいた。


 シィナが青ざめた。


 何が起きているのかわからなかった。傷を治そうとしただけなのに。どうして膨れるのか。どうして痛くなるのか。



    ◇



「どきなさい」


 トーコが、静かに言った。


 シィナが、反射的に後ろに下がった。


 トーコが男の腕を取り、魔力視を開いた。


 ——治癒魔法が過剰に流れ込んで、組織の増殖が止まらなくなっている。このままでは肉腫になる。今すぐ取り除かなければ、腕全体に広がる。


「処置します。中に入ってください」


「い、いったいなんなんですか……!」


「治癒魔法が過剰に入りすぎて、組織が増殖し続けています。切除します」


「切るんですか……!」


「切らないと広がります。今すぐやります」


 男が、トーコを見た。

 トーコの目が、まっすぐだった。


「……わかった。頼む」


 ミリアが素早く道具を準備した。

 シルフィが飛び立ち、結界を展開した。


 シィナは、その場に立ったまま、動けなかった。



    ◇



 処置は、三十分ほどで終わった。


 膨れた組織を丁寧に切除し、縫合する。魔力視で異常な増殖が止まったことを確認し、感染防止の処置を施す。


 男が腕を確認した。


「……痛みが、消えた」


「縫合部位はしばらく安静にしてください。三日後に来てください」


「ありがとうございます、先生……」


 男が深く頭を下げた。


 外から、様子を見ていた列の人々がどよめいた。


「また治した」


「先生、凄すぎる……あの膨れを、あんなに素早く」


「何なんだあの技術は」


 シィナは、ぼうっとしていた。


 魔法を使わずに、糸で縫って、膨れた組織を切り取って。自分が作ってしまった問題を、トーコが片付けた。


 トーコが、振り返った。


「シィナ、一つ教えます」


「……なに」


「治癒魔法を使う前に、傷の状態を確認しなければなりません。どこがどう傷ついているか。どのくらいの深さか。何が詰まっているか。それを確認せずに魔力を流すと、今日のようなことが起きます」


「でも私は……治そうとしただけ」


「知っています。だからこそ言っています」


 トーコが続けた。


「金紋の力は本物です。でも力があるほど、使い方を誤ったときの影響が大きい。知識がなければ、力は凶器になります」


 シィナの顔が、赤くなった。


「邪道な処置で人を治して、偉そうに……!」


「邪道かどうかは、患者が決めることです」


 列の後ろから、声が上がった。


「邪道なんてとんでもない。先生のおかげで、どれだけの人が助かってるか」


「あんたが作った問題を先生が治したんだぞ。どっちが邪道だ」


「あの聖女、自分のしたことわかってるのか」


 シィナの目に、涙が滲んだ。


 悔しかった。恥ずかしかった。どこへ向けていいかわからない感情が、胸の中で渦を巻いた。


「ちくしょう……!」


 シィナは踵を返した。

 馬車に駆け込み、御者に叫んだ。


「帰って……! 王都に帰って……!!」


 馬車が動き出した。


 窓の外に、治療院の看板が見えた。

 患者の列は、まだ続いていた。


 シィナは窓から目を離した。


 トーコの言葉が、耳に残っていた。


 ——知識がなければ、力は凶器になります。


 馬車の中で、シィナはずっと黙っていた。



    ◇



 治療院の前で、ミリアが言った。


「先生……あの方、妹さんなんですね」


「そうです」


「怒らなかったんですか」


「怒っても、患者は治りません」


 ミリアが、少し間を置いた。


「先生って、本当に……」


「次の患者を呼んでください」


「はい」


 シルフィが肩の上で「きゅ」と鳴いた。

 魔力視に映るのは、穏やかな翠の光だ。

 トーコは次のカルテを手に取った。

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>金紋の治癒師よ  水戸黄門の印籠か笑。水戸黄門は世直しという行いが出来ていたけれど、金紋の治癒師という方々は、この妹シィナに代表されるように、その神秘性貴重性ゆえの権威に胡座をかくヤブ師集団… 特に…
体の構造、傷の状態を見て適切に治癒魔法を使っていた治癒師は存在しただろう、けど治癒魔法で何でも治せるから至上と思っていて放漫な治療を続けてきて治療することに必要な知識、技能を後進に対して教授してこなか…
—知識がなければ、力は凶器になります とは言いますが追放?前の王都にいる頃にそれを教えようとはしなかったのですか? 妹の加減の利かなさは追放された後に分かった事かも知れませんが10年以上補助役として立…
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