20.
封書が届いたのは、昼の診察が終わった頃だった。
差出人を見て、ミリアが「辺境伯閣下から……?」と首を傾げた。
トーコが開けた。
夜会への招待状だった。
今月末、王子主催の夜会がデッドエンドの出張宮廷で開かれる。ライナルト辺境伯に同行する形で、参加してほしい。
トーコはしばらく、招待状を見ていた。
「なぜ私が」
その疑問を解消するため、翌日ライナルトのところへ直接行くことにした。
◇
「なぜ私が、夜会に」
トーコが聞くと、ライナルトは少し間を置いた。
「今回の夜会は、王子主催だ」
「はい」
「王子の周囲には、政治的な動きがある。今回の夜会も、何かの目的があって開かれる。そういった場では、毒が使われることがある」
「……なるほど」
「グラスに塗る接触毒、料理に混ぜる毒物。気づかなければ、気づかないまま終わる。医師としての目で、傍にいてほしい」
「毒の検知と、万が一の処置のため、ということですね」
「そうだ」
トーコは少し考えた。
「わかりました。医師として同行します」
ライナルトが、少し表情を動かした。
「……それでいいんだが」
「何かありますか」
「君には、もう少し年頃の女性としての喜びを覚えてほしいとも思う」
トーコが、ライナルトを見た。
「夜会は、医師の仕事として参加します」
「それはわかっている。そうではなく」
「平民は夜会に参加できませんよ」
「それは……まあ」
ライナルトが少し、口を閉じた。
珍しく、言葉を選んでいる様子だった。
「そこは、こちらで整える」
「整える、とは」
「貴族籍を一時的に付与する手続きがある。今回はそれを使う」
「……そういう手続きがあるんですか」
「ある」
トーコはしばらく、ライナルトを見た。
魔力視に映るのは、深い青の光だ。いつも通りの、落ち着いた色だ。しかし今日は、少し、揺れている気がした。
「……わかりました。医師として、同行します」
ライナルトが頷いた。
「よろしく頼む」
トーコが出て行った後、ライナルトはしばらく窓の外を見ていた。
言えなかったことが、一つあった。
辺境伯として、いずれ貴族の妻を迎える必要がある。その候補として、トーコを正式な場に連れていきたいという打算が、確かにあった。
しかしそれを、今言う必要はなかった。
ライナルトは、報告書に目を戻した。
◇
夜会の当日。
ミリアが治療院で、朝から騒いでいた。
「先生、ちゃんと準備しましたか。ドレスは。髪は」
「ミリアさん、今日の診察が」
「今日は私とセラさんで対応します。先生は夜会に集中してください」
「医師として参加するだけです」
「どんな理由であっても、先生が夜会に出るのは初めてです。ちゃんとしてください」
セラが「先生、綺麗ですよ」と小声で言った。
ガルドが「早く行け」と言った。
シルフィが肩の上で「きゅ」と鳴いた。
◇
会場は、デッドエンドで一番大きな建物を使っていた。
燭台の光が広間を満たし、貴族たちが思い思いの装いで集まっている。楽団の音が空気を揺らしている。
トーコはライナルトの隣に立ちながら、さっそく魔力視を開いた。
広間を流れる魔力の色を、端から確認していく。
「さっそく仕事をしているのか」
「毒があるとすれば、どこかに仕込まれているはずです。早めに把握しておきたい」
「……来て早々だが、まあいい」
給仕が飲み物を運んでいる。グラスの並びを確認する。料理が並ぶテーブルを確認する。今のところ、異常な魔力の色は見えない。
しばらくして、王子が現れた。
二十代前半の、端整な顔立ちの男だ。金の刺繍の入った衣をまとい、柔らかい笑みを浮かべている。
「ライナルト辺境伯。よく来てくれた」
「殿下のお招きとあれば」
「隣の方は」
「トーコ・ハルトと申します」
トーコが礼をした。
「医師として、閣下に同行しています」
「医師。ほう」
王子の目が、少し動いた。
「デッドエンドで評判の、魔法を使わない医師か。聞いたことがある」
「お耳に届いていましたか」
「面白い話だと思っていた。機会があれば会いたいと思っていたが、ちょうどよかった」
笑みは柔らかい。しかし、魔力視に映る光は、穏やかではなかった。計算のある色だ。
——この人は、何かを考えている。
トーコは表情を変えなかった。
「光栄です」
「今夜はゆっくり話しましょう」
王子が去った後、ライナルトが静かに言った。
「王子は、この辺境に何かと干渉したがっている。私への牽制も含めて、今回の夜会を開いた」
「そうですか」
「あなたのことを、何かに使おうとするかもしれない。気をつけてくれ」
「わかりました」
◇
夜会が進む中、トーコは広間を少しずつ確認し続けていた。
給仕のルートを目で追い、グラスの動きを確認する。魔力視に映る色に、異常がないか。
一時間ほどして、気づいた。
給仕の一人が、ライナルトのグラスを下げ、新しいものを持ってきた。その動きは自然だった。しかしグラスの縁に、ごく薄い、濁った光があった。
毒だ。
トーコの魔力を見る目は、正確には、毒を見分けられるわけではない。
毒を盛る際の、殺意。そこを見たのだ。
魔力は心より滲み出すもの。魔力の質から、どのような感情が込められてるのかがわかる。
毒殺。つまり、相手は殺意をこめめ毒をもった。それが魔力の残滓として、グラスに付着していた。
トーコが見たのはそこだった。
トーコは官能検査を行い、毒の種類を絞る。
グラスを口にすれば、唇から吸収される。すぐには症状が出ない種類だろう。宴の後半、帰宅してから発症させる計算だろうことがわかった。
「閣下」
トーコが、ライナルトの袖を引いた。声を出さず、目だけで示した。
グラスに視線を向ける。
ライナルトが、一瞬で理解した。グラスを持ったまま、口をつけなかった。
「何か話でもしているのか? 閣下」
王子が近づいてきた。
「いえ。先生が面白い話をしていたもので」
「ほう。どんな話だ」
「このグラスのことです」
トーコが答えた。
王子が、少し表情を動かした。
「グラス?」
「グラスの素材が、魔石の光の反射に影響することがあります。この会場の光との相性が、少し気になっていて」
トーコはグラスを自分の手に取った。
「少し確認させていただいてもいいですか」
「……どうぞ」
トーコはグラスを光に透かした。魔力視で縁の部分を確認する。接触毒が、薄く塗られている。量は少ない。致死量ではないが、倒れるには十分だ。
「なるほど。素材の問題ではなく、洗浄の問題のようです。このグラスは少し汚れが残っています。替えていただいた方がいい」
給仕が青ざめた顔でグラスを下げた。
(彼が犯人です)
トーコは王子に目で訴える。
王子が、笑みを保ったまま言った。
「……気がつくとは、さすが評判の医師だ」
「医師ですので。体に害になるものには、敏感です」
「そうだな」
王子が、少しだけ目を細めた。それから、何事もなかったように別の客の方へ向かった。
ライナルトが、静かに言った。
「助かった」
「仕事です」
「今回は仕事以外の礼も言う」
トーコは少し、ライナルトを見た。
「いずれ、このことが公になるかもしれません。接触毒を使おうとした者が、今夜の会場にいた。それは王子の関与を示唆します」
「わかっている。証拠を集める必要がある」
「グラスを確保できますか」
「できる」
「毒の種類を調べれば、出所が絞れます。ガルドさんと私で確認します」
「頼む」
ライナルトが、トーコを見た。
「あなたがいなければ、今夜は別の結末になっていた」
「いてよかったです」
窓の外で、夜の街が静かに広がっていた。
◇
夜会が終わり、広間の灯りが落ちていく頃、ライナルトとトーコは建物の外の廊下に出た。
夜風が、石畳を冷やしている。
「疲れたか」
「少し」
トーコが、正直に答えた。夜会の間中、魔力視を開きっぱなしにしていた。長時間の使用は、やはり消耗する。
「座るか」
「少しだけ」
廊下の端のベンチに、二人並んで腰を下ろした。
ライナルトが言った。
「今夜、医師として来てもらった。しかし」
「しかし?」
「ドレス姿が、似合っていた」
トーコが、少し間を置いた。
「……ありがとうございます」
「医師として来い、と言ったのは私だが、それとは別に言いたかった」
「そうですか」
「そうだ」
短い沈黙が落ちた。
夜の空に、星が多かった。デッドエンドの、いつもの空だ。
「また来るかもしれない。こういった場に、同行を頼むことが」
「医師として」
「……そうだ。当面は」
トーコは少し、ライナルトを見た。
魔力視に映るのは、深い青の光だ。いつもより、少し揺れている。
「わかりました。声をかけていただければ」
ライナルトが頷いた。
二人はしばらく、夜の街を見ていた。
シルフィが肩の上で「きゅ」と鳴いた。
魔力視に映るのは、温かくて少し意地悪な翠の光だ。
——何が言いたいのかは、今夜も聞かないことにした。
夜風が、石畳の上を静かに流れていった。
【お知らせ】
※4/23(木)
好評につき、連載版、投稿しました!
『【連載版】「誰でもヤらせてくれる」と噂の隣のギャル。実は超がつくほど家庭的で、毎日めちゃくちゃ甘やかしてくる』
https://ncode.syosetu.com/n2090mc/
広告下↓のリンクから飛べます。




