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20/21

20.



 封書が届いたのは、昼の診察が終わった頃だった。


 差出人を見て、ミリアが「辺境伯閣下から……?」と首を傾げた。


 トーコが開けた。


 夜会への招待状だった。


 今月末、王子主催の夜会がデッドエンドの出張宮廷で開かれる。ライナルト辺境伯に同行する形で、参加してほしい。


 トーコはしばらく、招待状を見ていた。


「なぜ私が」


 その疑問を解消するため、翌日ライナルトのところへ直接行くことにした。



    ◇



「なぜ私が、夜会に」


 トーコが聞くと、ライナルトは少し間を置いた。


「今回の夜会は、王子主催だ」


「はい」


「王子の周囲には、政治的な動きがある。今回の夜会も、何かの目的があって開かれる。そういった場では、毒が使われることがある」


「……なるほど」


「グラスに塗る接触毒、料理に混ぜる毒物。気づかなければ、気づかないまま終わる。医師としての目で、傍にいてほしい」


「毒の検知と、万が一の処置のため、ということですね」


「そうだ」


 トーコは少し考えた。


「わかりました。医師として同行します」


 ライナルトが、少し表情を動かした。


「……それでいいんだが」


「何かありますか」


「君には、もう少し年頃の女性としての喜びを覚えてほしいとも思う」


 トーコが、ライナルトを見た。


「夜会は、医師の仕事として参加します」


「それはわかっている。そうではなく」


「平民は夜会に参加できませんよ」


「それは……まあ」


 ライナルトが少し、口を閉じた。


 珍しく、言葉を選んでいる様子だった。


「そこは、こちらで整える」


「整える、とは」


「貴族籍を一時的に付与する手続きがある。今回はそれを使う」


「……そういう手続きがあるんですか」


「ある」


 トーコはしばらく、ライナルトを見た。


 魔力視に映るのは、深い青の光だ。いつも通りの、落ち着いた色だ。しかし今日は、少し、揺れている気がした。


「……わかりました。医師として、同行します」


 ライナルトが頷いた。


「よろしく頼む」


 トーコが出て行った後、ライナルトはしばらく窓の外を見ていた。


 言えなかったことが、一つあった。


 辺境伯として、いずれ貴族の妻を迎える必要がある。その候補として、トーコを正式な場に連れていきたいという打算が、確かにあった。


 しかしそれを、今言う必要はなかった。


 ライナルトは、報告書に目を戻した。



    ◇



 夜会の当日。


 ミリアが治療院で、朝から騒いでいた。


「先生、ちゃんと準備しましたか。ドレスは。髪は」


「ミリアさん、今日の診察が」


「今日は私とセラさんで対応します。先生は夜会に集中してください」


「医師として参加するだけです」


「どんな理由であっても、先生が夜会に出るのは初めてです。ちゃんとしてください」


 セラが「先生、綺麗ですよ」と小声で言った。


 ガルドが「早く行け」と言った。


 シルフィが肩の上で「きゅ」と鳴いた。



    ◇



 会場は、デッドエンドで一番大きな建物を使っていた。


 燭台の光が広間を満たし、貴族たちが思い思いの装いで集まっている。楽団の音が空気を揺らしている。


 トーコはライナルトの隣に立ちながら、さっそく魔力視を開いた。


 広間を流れる魔力の色を、端から確認していく。


「さっそく仕事をしているのか」


「毒があるとすれば、どこかに仕込まれているはずです。早めに把握しておきたい」


「……来て早々だが、まあいい」


 給仕が飲み物を運んでいる。グラスの並びを確認する。料理が並ぶテーブルを確認する。今のところ、異常な魔力の色は見えない。


 しばらくして、王子が現れた。


 二十代前半の、端整な顔立ちの男だ。金の刺繍の入った衣をまとい、柔らかい笑みを浮かべている。


「ライナルト辺境伯。よく来てくれた」


「殿下のお招きとあれば」


「隣の方は」


「トーコ・ハルトと申します」


 トーコが礼をした。


「医師として、閣下に同行しています」


「医師。ほう」


 王子の目が、少し動いた。


「デッドエンドで評判の、魔法を使わない医師か。聞いたことがある」


「お耳に届いていましたか」


「面白い話だと思っていた。機会があれば会いたいと思っていたが、ちょうどよかった」


 笑みは柔らかい。しかし、魔力視に映る光は、穏やかではなかった。計算のある色だ。


 ——この人は、何かを考えている。


 トーコは表情を変えなかった。


「光栄です」


「今夜はゆっくり話しましょう」


 王子が去った後、ライナルトが静かに言った。


「王子は、この辺境に何かと干渉したがっている。私への牽制も含めて、今回の夜会を開いた」


「そうですか」


「あなたのことを、何かに使おうとするかもしれない。気をつけてくれ」


「わかりました」



    ◇



 夜会が進む中、トーコは広間を少しずつ確認し続けていた。


 給仕のルートを目で追い、グラスの動きを確認する。魔力視に映る色に、異常がないか。


 一時間ほどして、気づいた。


 給仕の一人が、ライナルトのグラスを下げ、新しいものを持ってきた。その動きは自然だった。しかしグラスの縁に、ごく薄い、濁った光があった。


 毒だ。


 トーコの魔力を見る目は、正確には、毒を見分けられるわけではない。

 毒を盛る際の、殺意。そこを見たのだ。


 魔力は心より滲み出すもの。魔力の質から、どのような感情が込められてるのかがわかる。


 毒殺。つまり、相手は殺意をこめめ毒をもった。それが魔力の残滓として、グラスに付着していた。

 トーコが見たのはそこだった。


 トーコは官能検査を行い、毒の種類を絞る。


 グラスを口にすれば、唇から吸収される。すぐには症状が出ない種類だろう。宴の後半、帰宅してから発症させる計算だろうことがわかった。


「閣下」


 トーコが、ライナルトの袖を引いた。声を出さず、目だけで示した。


 グラスに視線を向ける。


 ライナルトが、一瞬で理解した。グラスを持ったまま、口をつけなかった。


「何か話でもしているのか? 閣下」


 王子が近づいてきた。


「いえ。先生が面白い話をしていたもので」


「ほう。どんな話だ」


「このグラスのことです」


 トーコが答えた。


 王子が、少し表情を動かした。


「グラス?」


「グラスの素材が、魔石の光の反射に影響することがあります。この会場の光との相性が、少し気になっていて」


 トーコはグラスを自分の手に取った。


「少し確認させていただいてもいいですか」


「……どうぞ」


 トーコはグラスを光に透かした。魔力視で縁の部分を確認する。接触毒が、薄く塗られている。量は少ない。致死量ではないが、倒れるには十分だ。


「なるほど。素材の問題ではなく、洗浄の問題のようです。このグラスは少し汚れが残っています。替えていただいた方がいい」


 給仕が青ざめた顔でグラスを下げた。


(彼が犯人です)


 トーコは王子に目で訴える。


 王子が、笑みを保ったまま言った。


「……気がつくとは、さすが評判の医師だ」


「医師ですので。体に害になるものには、敏感です」


「そうだな」


 王子が、少しだけ目を細めた。それから、何事もなかったように別の客の方へ向かった。


 ライナルトが、静かに言った。


「助かった」


「仕事です」


「今回は仕事以外の礼も言う」


 トーコは少し、ライナルトを見た。


「いずれ、このことが公になるかもしれません。接触毒を使おうとした者が、今夜の会場にいた。それは王子の関与を示唆します」


「わかっている。証拠を集める必要がある」


「グラスを確保できますか」


「できる」


「毒の種類を調べれば、出所が絞れます。ガルドさんと私で確認します」


「頼む」


 ライナルトが、トーコを見た。


「あなたがいなければ、今夜は別の結末になっていた」


「いてよかったです」


 窓の外で、夜の街が静かに広がっていた。



    ◇



 夜会が終わり、広間の灯りが落ちていく頃、ライナルトとトーコは建物の外の廊下に出た。


 夜風が、石畳を冷やしている。


「疲れたか」


「少し」


 トーコが、正直に答えた。夜会の間中、魔力視を開きっぱなしにしていた。長時間の使用は、やはり消耗する。


「座るか」


「少しだけ」


 廊下の端のベンチに、二人並んで腰を下ろした。


 ライナルトが言った。


「今夜、医師として来てもらった。しかし」


「しかし?」


「ドレス姿が、似合っていた」


 トーコが、少し間を置いた。


「……ありがとうございます」


「医師として来い、と言ったのは私だが、それとは別に言いたかった」


「そうですか」


「そうだ」


 短い沈黙が落ちた。


 夜の空に、星が多かった。デッドエンドの、いつもの空だ。


「また来るかもしれない。こういった場に、同行を頼むことが」


「医師として」


「……そうだ。当面は」


 トーコは少し、ライナルトを見た。


 魔力視に映るのは、深い青の光だ。いつもより、少し揺れている。


「わかりました。声をかけていただければ」


 ライナルトが頷いた。


 二人はしばらく、夜の街を見ていた。


 シルフィが肩の上で「きゅ」と鳴いた。


 魔力視に映るのは、温かくて少し意地悪な翠の光だ。


 ——何が言いたいのかは、今夜も聞かないことにした。


 夜風が、石畳の上を静かに流れていった。

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― 新着の感想 ―
協会関与か?にしてもライナルトさん意外に及び腰だったのか、トーコが頑固すぎるのか。でもライナルトさんには地位も立場もあるからな~ 多少強気に行ったとしても良いとは思うんだけどトーコの魔力視をもってして…
王子が辺境伯に毒を盛らせたの? それは、試すためだったとか言われても許せない国家的大問題。
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