21.
夜会の翌日、使いが来た。
王子の紋章が入った封書だった。
ミリアが「また何かですか」と眉を寄せた。トーコが開けると、短い文が書いてあった。
——王妃陛下が、先生のご診察を希望されています。ご都合をお聞かせください。——
トーコはしばらく、その文を見ていた。
「……王妃様、ですか」
「どうしますか、先生」
「診ます」
「断ってもいいんですよ。昨日のこともあるし」
「患者が診察を希望しています。断る理由がありません」
◇
翌日、出張宮廷に出向いた。
ライナルトが同行を申し出た。トーコは「医師として伺うだけですが」と言ったが、ライナルトは「念のため」と言って聞かなかった。
王妃の居室は、建物の奥まった場所にあった。
扉の前で、侍女が出迎えた。
「先生、お待ちしておりました。王妃陛下は……最近、めっきり体の具合が芳しくなくて」
「どのような症状ですか」
「頭が痛い、手足がしびれる、気分が悪い、と。治癒魔法をかけていただいているのですが、すぐに戻ってしまって」
「いつ頃からですか」
「一年ほど前から、少しずつ。最近は特にひどくて」
トーコは頷いた。
「拝見します」
◇
王妃は、寝台に横たわっていた。
三十代後半だろうか。整った顔立ちをしているが、顔色が悪い。青みがかった白さだ。目の下に影がある。手が、薄い布の上に置かれていた。
「トーコ先生とおっしゃる方ですね」
「はい。診察させていただきます」
トーコは傍に近づき、まず顔を確認した。
肌が、妙に白い。白粉を使っているのは貴族女性として当然だが、それにしても白さが均一すぎる。塗り重ねている、というより、何か馴染んでいるような。
手を取った。指先が、少し冷たい。爪の色が、薄い。
「手足のしびれは、どのくらいからですか」
「半年ほど前から。最初は少しだったのですが、今は常にあります」
「頭痛は」
「朝が一番ひどい。起き上がるのが辛い日もあります」
「食欲は」
「あまりありません。食べると気分が悪くなることがあって」
トーコは魔力視を開いた。
体内の魔力の流れが見える。血液に対応する光が、くすんでいた。臓器の色も鈍い。全体的に、何かに侵されている色だ。
血液検査を行った。指先に針を刺し、試薬と混ぜる。
色が出た。
——やはりそうか。
「少し確認させてください」
トーコは侍女に向いた。
「王妃陛下がお使いの白粉を、見せていただけますか」
侍女が怪訝な顔をしたが、化粧台から小さな器を持ってきた。
白粉だ。細かく、均一な粉だ。トーコはそれを指先に取り、試薬を一滴垂らした。
色が変わった。
「……これは」
トーコは血液検査の結果と、白粉の反応を見比べた。
鉛だ。
白粉に鉛が含まれている。それを毎日肌に塗り続け、じわじわと体内に蓄積していった。鉛中毒だ。治癒魔法は症状を一時的に抑えるが、蓄積した鉛そのものは取り除けない。だから何度魔法をかけても、また戻ってくる。
「王妃陛下」
「……何かわかりましたか」
「はい。お使いの白粉に、体に有害な成分が含まれています。それが長期間にわたって体内に蓄積したことが、今の症状の原因です」
王妃が、静かに聞いていた。
「治りますか」
「治ります。ただし時間がかかります」
「教えていただけますか」
「まず、この白粉の使用をやめてください。これが最初の一歩で、一番大事なことです」
侍女が「でも、他の白粉でも」と言いかけた。
「成分を確認してから使うようにしてください。私が確認できます。また、ガルドという薬師と私で、代わりになる安全な白粉を作ることもできます」
「次は」
「体内に蓄積した有害成分を、少しずつ排出します。特定の薬草を組み合わせた薬を、定期的に服用していただく必要があります。それと食事の改善。レバーや緑の野菜を積極的に取っていただくと、体の回復が早まります」
「魔法では治らないのですか」
「魔法は症状を和らげることはできます。しかし体内に蓄積したものを取り除く力は、治癒魔法にはありません。時間をかけて、体から出していくしかありません」
王妃が、しばらく手元を見ていた。
「……どのくらいかかりますか」
「半年から一年、見ていただく必要があります。ただし、適切に対処すれば、しびれは三ヶ月ほどで改善し始めます。頭痛も、一ヶ月もすれば楽になるはずです」
「先生に、診ていただけますか。定期的に」
「往診いたします」
王妃が、初めて少し、表情を和らげた。
「よろしくお願いします」
◇
帰り道、ライナルトが静かに言った。
「白粉が原因だったのか」
「鉛が含まれていました。貴族の間で使われる白粉には、そういうものが多い。肌を白く見せる効果があるので、長年使われてきた素材ですが、体には害があります」
「治癒師たちは、気づかなかったのか」
「症状しか見ていなかったからです。頭痛、しびれ、倦怠感。それぞれに魔法をかけて、一時的に良くなる。でも原因を取り除いていないから、また戻る。その繰り返しだったんだと思います」
「……あなたはどうして気づいた」
「白粉の色が、少し気になりました。肌への馴染み方が、普通の白粉と違った。それで確認しました」
「魔力視で」
「それと血液検査で。数値に特徴的な反応が出ました」
ライナルトが少し間を置いた。
「王妃が回復すれば、王子への影響も変わるかもしれない。王妃は王子を溺愛している。体調が戻れば、王子の行動にも変化が出る可能性がある」
「それは政治の話ですので、私にはわかりません」
「わかっている。ただ、あなたの仕事が巡り巡って、様々なところに届くという話だ」
トーコは少し、前を向いた。
「患者を治す。それだけを考えています」
「それでいい」
ライナルトが言った。
「それがあなたの強さだ」
トーコは答えなかった。
デッドエンドの街が、見えてきた。
シルフィが肩の上で「きゅ」と鳴いた。
魔力視に映るのは、穏やかな翠の光だ。
治療院の灯りが、夕暮れの中に見えていた。
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