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16.

【☆★おしらせ★☆】


あとがきに、

とても大切なお知らせが書いてあります。


最後まで読んでくださると嬉しいです。



 ライナルトが治療院に来たのは、昼過ぎだった。


 いつもと少し、様子が違った。


「相談がある」


「どうぞ」


「……断ってくれても構わない」


 トーコが顔を上げた。ライナルトがそういう前置きをするのは、珍しい。


「砦の近くで、魔物の子が見つかった」


 ライナルトが続けた。


「巣を叩いたとき、逃げ遅れたのだろう。まだ小さい。両前脚に深い傷を負っていて、動けない状態だ」


「……それで」


「兵士たちは殺処分を主張している。魔物である以上、放置すれば危険だ、と」


 静かな間があった。


「閣下は、どう思っていますか」


「あなたに聞いてから、決めようと思った」


 トーコは少し考えた。


「見てみます」



    ◇



 砦の隅の、石造りの小部屋に、それはいた。


 犬に近い形をしていた。しかし犬よりずっと大きく、四肢が長い。灰色の毛並みに、深い傷が走っている。前脚が、まともに動いていない。


 トーコが近づくと、小さな唸り声を上げた。しかし逃げようとして、脚が動かず、倒れた。


 魔力視を開いた。


 傷の状態が見える。感染が始まっていた。このままでは、長くない。


「治せます」


「……本気か」


「傷を縫って、感染を抑えれば、動けます」


 ライナルトが少し間を置いた。


「治して、どうする」


「逃がします」


「逃がした先で、人を傷つけるかもしれない」


「そうかもしれません」


 トーコは目を逸らさなかった。


「でも今、目の前で傷ついている。傷ついたものが患者です。それだけです」


 ライナルトが、しばらくトーコを見た。


「……わかった。任せる」


 翌日、セラとミラに話した。



    ◇



「先生、正気ですか」


 ミラが、珍しく強い声で言った。


「魔物を、治すんですか」


「傷ついているので、治します」


「でも魔物は人を傷つけます。治して逃がしたら、誰かが死ぬかもしれない」


「そうかもしれません」


「それでも、治すんですか」


 トーコは答えた。


「私は、目の前にいる傷ついたものを、見捨てることができません」


 セラが静かに言った。


「先生の考えは、わかります。でも……私は、協会の聖女です。治癒は人のためにあります。魔物に使うことは、できません」


「わかりました」


「……先生、怒りませんか」


「怒りません。あなたたちの判断です」


 ミラが、唇を噛んだ。


「しばらく、来られないかもしれません」


「わかりました」


 二人が出て行った。


 ミリアが、黙っていた。


「ミリアさんは」


「私は……先生についていきます。よくわからないけど、先生が間違ったことをしているとは思えないので」


 トーコは少し、ミリアを見た。


「ありがとうございます」


「あと、シルフィが行くって言ってます」


「きゅ」


 シルフィが肩の上で、小さく羽ばたいた。



    ◇



 処置は、砦の小部屋で行った。


 麻酔薬を肉に混ぜて与え、眠らせてから傷を縫合した。感染した組織を取り除き、洗浄する。シルフィが結界を張り、清潔な環境を保つ。


 ミリアが無言で助手に入った。


 小さな魔物は、眠ったまま、処置の間も唸らなかった。


 傷が塞がっていく。


 処置が終わると、しばらくして目を覚ました。前脚を確認するように動かし、立ち上がった。


 それからトーコを見た。


 唸らなかった。


 じっと、見ていた。


 トーコは手を伸ばした。


「行きなさい」


 小さな魔物が、一度だけ鼻を鳴らした。


 それから、砦の外へ走っていった。



    ◇



 それから三日が経った。


 治療院の戸の前に、何かいる、とミリアが言いに来た。


 出てみると、大きな影が戸口に座っていた。


 フェンリルだった。


 成体だ。肩の高さが、トーコの胸ほどある。銀白の毛並みに、金色の目。威圧感のある体格だが、唸っていない。


 その後ろ脚に、深い傷があった。


 トーコは、しばらくフェンリルを見た。


 フェンリルが、トーコを見た。


「……来たんですね」


「くるる」


 低い声だった。


 魔力視を開くと、後ろ脚の傷に感染の兆候があった。それ以外は健康だ。


 ——あの子の親か。


「中には入れません。ここで処置します」


「くるる」


 フェンリルが、静かに横になった。


 ミリアが震える声で言った。


「先生……本当にやるんですか」


「傷ついています。患者です」


「わ、私も手伝います……手伝いますけど、怖い……!」


「大丈夫です。シルフィが守ってくれます」


「きゅ」


 シルフィが飛び立ち、周囲に結界を張った。


 フェンリルが、結界の光を見て耳を動かした。それから動かなくなった。


 処置が始まった。



    ◇



 傷を縫い、洗浄し、感染止めの薬を塗った。


 フェンリルは処置の間、微動だにしなかった。


 終わると、トーコが包帯を巻いた手を離した。


 フェンリルがゆっくりと立ち上がり、脚を確かめた。


 それからトーコを見た。


 また、唸らなかった。


「行きなさい」


 フェンリルが、一度だけ頭を下げるような動作をした。


 そのまま、来た道を戻っていった。


 ミリアが「……本当に行った」と呟いた。


 シルフィが肩に戻り、「きゅ」と鳴いた。


 魔力視に映るのは、穏やかな翠の光だ。



    ◇



 翌朝、ライナルトが来た。


 顔色がいつもと違う。


「昨夜、砦の近くで魔物の群れが出た」


 トーコが顔を上げた。


「兵士が数人、囲まれかけた。あと少しで、やられていた」


「……」


「そこにフェンリルが現れた。群れを追い散らして、去った」


 静かな間があった。


「フェンリルは、人を助けた。そういうことでいいか」


「そういうことだと、思います」


 ライナルトが少し、窓の外を見た。


「……あなたの判断は、正しかったのかもしれない」


「まだわかりません」


「なぜ」


「一度のことで、決めるのは早い。でも」


 トーコは続けた。


「間違っていたとも、思っていません」


 ライナルトが、静かに頷いた。



    ◇



 その日の午後、セラとミラが来た。


 二人とも、少し気まずそうな顔をしていた。


「……フェンリルが、兵士を助けたと聞きました」


 ミラが言った。


「聞きました」


「先生が治した魔物の、親だということも」


「そうだと思います」


 ミラが、俯いた。


「私、先生に酷いことを言いました」


「酷くはなかったです」


「あなたが治した魔物が誰かを殺すかもしれない、って言いました」


「そう思ったなら、正直に言ってくれた方がいい」


「……先生は、怖くなかったんですか。本当に誰かを傷つけるかもしれなかった」


 トーコは少し考えた。


「怖かったです」


 ミラが顔を上げた。


「でも、目の前で傷ついているものを見て、見なかったことにする方が、もっと怖かった」


 ミラが、目を赤くした。


「……また、来てもいいですか」


「どうぞ。いつでも」


 セラが、静かに頭を下げた。


「先生、ごめんなさい」


「謝らなくていいです。あなたたちの判断は、あなたたちのものです」


「でも私は……先生についていきたいと思っています。これからも」


 トーコは少し、二人を見た。


「来てくれると、助かります」


 ミリアが「おかえり」と言った。


 ミラが「ただいま」と言って、笑った。


 シルフィが「きゅ」と鳴いた。


 魔力視に映るのは、満ち足りた翠の光だ。


 ——ここは、そういう場所だ。


 トーコは次のカルテを手に取った。


【おしらせ】

※4/20


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― 新着の感想 ―
この矜恃とバランスを持ちづけるのはなかなか難しいとは思いますが、視界が晴れるようなお話でした。
治したモノが誰かを傷つけるかもしれない、けど傷ついたモノを見捨てることはできない。医療に従事する者として避けては通れぬが矜持なんですね。知能が高い魔物であれば助けてもらった恩を感じてくれていると思って…
「治した相手が誰かを傷付けるかもしれない」なんて人間相手でもあり得ますからね 覚悟は既に持っててそれでも心の内は難しいままなんでしょう
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