表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/22

12.



 偵察から戻った騎士が、地図の上に指を置いた。


「巣は洞窟です。入り口が二つ。内部は奥行きがあり、枝分かれしている。魔物の数は……百は下らないかと」


 執務室に、重い沈黙が落ちた。


 ライナルトが腕を組んだ。


「入り口が狭い。正面から突入すれば、一度に入れる人数が限られる。数で押し負ける」


「火を使えないか、という意見もありましたが」


「洞窟の奥まで届かない。入り口を塞いで燻す手もあるが、逃げ出した魔物が周囲の村を襲う危険がある」


 騎士たちが黙っている。


 ライナルトがトーコを見た。


「何か、あるか」


 トーコは地図を見た。


「通気はありますか。洞窟の中に、空気の流れが」


「偵察兵によれば、奥に亀裂がある。風が抜けているらしい」


「奥行きはどのくらいですか」


「二十間ほど、と見ている」


「魔物は……植物系ですか、動物系ですか」


 騎士が首を傾げた。


「動物系です。爪と牙を持つ四足の魔物で」


 トーコは少し考えた。


「粉塵爆発が使えるかもしれません」


 部屋が、静まり返った。


「……ふんじん?」


「細かい粉が空気中に舞うと、火花一つで爆発します。閉じた空間なら、より威力が出ます」



    ◇



「粉は、表面積が大きい」


 トーコが説明した。


「塊のままでは燃えにくいものでも、細かく砕いて空気中に広げると、酸素と触れる面が一気に増える。そこに火花が入ると、瞬間的に全体が燃える。それが爆発です」


「何の粉を使う」


「小麦粉、木炭の粉、金属の粉。いずれも使えます。今手に入るもので十分です」


 ライナルトが騎士を見た。


「砦の在庫を確認しろ」


 騎士が出て行く。


「洞窟の奥に粉を撒き、火をつける。入り口から撒けば、奥まで届かない。どうやって中に入れる」


「袋に詰めて、奥まで投げ込みます。袋が破れて粉が舞ったところで点火する。遠くから火を飛ばせる魔道具があれば、人間が中に入る必要はありません」


 ライナルトが少し間を置いた。


「八宝斎に頼めるか」


「聞いてみます」



    ◇



 八宝斎への文を書いた後、トーコは砦の外壁に出た。


 日が傾いていた。遠くに山が見える。あの山の奥に、巣がある。


 シルフィが肩の上で、静かにしていた。


 トーコは壁に背を預け、夕空を見た。


 ——これは、正しいのか。


 医師として、この十七年を生きてきた。前世でも、医師として生きた。命を救うことが仕事だ。それだけを考えてきた。


 しかし今、自分は爆発の設計をしている。


 洞窟の中に粉を撒いて、火をつける。魔物は逃げ場を失う。爆風と熱で、洞窟の中のものは全滅する。


 それは、殺すことだ。


 命を救うための知識を、命を奪うために使っている。


 それでいいのか。


 トーコは目を閉じた。


 砦の中から、声が聞こえてくる。兵士たちが夕食の準備をしている声だ。笑い声も混じっている。大柄な男の声が、一際大きい。


 あの男は、正面から突っ込めば死ぬかもしれない。


 他の兵士も。ライナルトも。


 放置すれば、巣からまた魔物の大群が来る。デッドエンドが、辺境の村が、また被害を受ける。次は砦では抑えられないかもしれないとライナルトは言った。


 より多くが、死ぬことになる。


 選択しなければならない。


 医師は、命に優先順位をつける。トリアージがそうだ。全員を同時に救えないとき、順番を決める。それと、何が違う。


 ——違わない。


 トーコは目を開けた。


 シルフィが「きゅ」と小さく鳴いた。


 魔力視に映るのは、静かな翠の光だ。責めてもいない。急かしてもいない。ただ、傍にいる。


 ——悩んだ。それでいい。悩まなくなったら、おしまいだ。


 トーコは壁から離れた。


「行きます」


 シルフィの光が、穏やかに揺れた。



    ◇



 翌日、八宝斎から器具が届いた。


 粉を詰めて遠くへ投げる袋と、離れた場所から火花を飛ばす小さな魔道具だ。


「点火の距離は十間取れる。粉が舞った瞬間を見計らって使って」


 文にそう書いてあった。最後に「気をつけて」と一言添えてあった。


 トーコは器具を確認し、ライナルトに手渡した。


「袋を洞窟の奥に投げ込んでください。袋が破れて粉が舞ったら、この魔道具で点火します。点火する人間は、入り口から十間以上離れてください」


「爆発の範囲は」


「洞窟の形状にもよりますが、内部は全域に届くはずです。入り口付近まで爆風が来る可能性があります。入り口の正面には誰も置かないでください」


「逃げ出した魔物は」


「両脇に騎士を配置して仕留める。爆発後、中に残った魔物が逃げ出すはずです。その数は大きく減っているはずですから、対処できます」


 ライナルトが図を見ながら、配置を確認した。


「失敗した場合は」


「粉が十分に舞わなければ、爆発の威力が落ちます。その場合は撤退して、仕切り直します」


「わかった」


 ライナルトがトーコを見た。


「あなたは後方の高台で待機してくれ。前には出るな」


「わかりました」


「……本当にわかったか」


「わかりました」


 ライナルトが少し眉を上げた。それから頷いた。


「行くぞ」



    ◇



 騎士団が洞窟の前に展開した。


 トーコは高台に立ち、全体を見渡していた。シルフィが肩の上にいる。


 魔力視を開くと、洞窟の入り口付近に魔物の魔力が密集しているのが見えた。濁った、不安定な光が蠢いている。


 ライナルトが前方で指揮を取っている。騎士たちが配置につく。静かだ。風が止んでいる。


 粉が舞うには、ちょうどいい。


 合図が出た。


 袋を持った二人の騎士が、素早く洞窟に近づいた。入り口から中へ、力いっぱい投げ込む。もう一つ。また一つ。


 撤退する。


 間があった。


 白い粉が、洞窟の入り口から漏れ出してきた。中で袋が破れて、舞い上がっている。


 点火の騎士が魔道具を構えた。


 トーコは息を止めた。


 火花が飛んだ。


 一瞬、何も起きなかった。


 それから。


 地面が揺れた。


 洞窟の入り口から、炎と爆風が噴き出した。土煙が上がる。岩が散る。遠くにいても、空気が押してくるのがわかった。


 シルフィが翼を広げ、トーコの周囲に風の結界を張った。土煙がそこで止まる。


 轟音が、山に響いた。


 それから静寂が来た。


 騎士たちが、誰も動かなかった。


 やがて、洞窟の入り口から、魔物が飛び出してきた。


 しかし数が違った。最初の偵察で見積もった数の、半分にも満たない。爆発で大半は仕留められたのだろう。


 騎士団が動いた。


 剣が閃く。逃げ出した魔物が、次々と倒れていく。


 大柄な男が、咆哮のような声を上げながら剣を振るっていた。



    ◇



 制圧が終わったのは、それから半刻ほど後だった。


 洞窟は入り口付近が崩れ、内部への道が塞がれていた。


 騎士の一人が腕に裂傷を負った。魔物の爪だ。トーコが高台を下り、即座に処置に入る。縫合して、感染防止の処置を施す。


 その間にもう一人、足に噛み傷を負った騎士が運ばれてきた。こちらも処置する。


 どちらも、命に別状はない。


 ライナルトが近づいてきた。鎧に土埃がついている。


「作戦は成功だ」


「そうですね」


「負傷者は二名か」


「はい。どちらも処置済みです」


 ライナルトが、トーコを見た。


「昨日、外壁に一人でいたな」


 トーコは手を止めなかった。


「ええ」


「何を考えていた」


「いろいろと」


「……そうか」


 ライナルトは何も続けなかった。ただ、静かに傍に立っていた。


 トーコは縫合を終え、包帯を巻いた。


「これで、デッドエンドに戻れます」


「ああ」


 ライナルトが空を見た。煙がまだ、山の方へ流れていた。


「礼を言う」


「仕事です」


「……あなたにとっては、そうだろうな」


 静かな声だった。否定でも、皮肉でもなく。ただ、そういうものだと受け取っている声だった。


 トーコは道具を片付けながら、言った。


「正しかったかどうかは、まだわかりません」


「何が」


「今日やったことが」


 ライナルトが、少し間を置いた。


「あなたが悩んだことは、無駄ではない」


「……そうでしょうか」


「悩まずに決めた者より、ずっといい」


 トーコは道具箱を閉めた。


 シルフィが肩の上で「きゅ」と鳴いた。


 魔力視に映るのは、穏やかな翠の光だ。


 ——それでいい、と言っている気がした。


 遠くで、大柄な男の声がした。


「先生——! やったぞ——!!」


 トーコは少し、目を細めた。


「……よかったです」


 夕暮れの光が、砦の石畳を橙色に染めていた。


【作者からお願いがあります】


少しでも、

「面白い!」

「続きが気になる!」

「更新がんばれ、応援してる!」


と思っていただけましたら、

広告の下↓にある【☆☆☆☆☆】をタップして、

【★★★★★】にしてくださると嬉しいです!


皆様の応援が、作品を書く最高の原動力になります!


なにとぞ、ご協力お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

★ ▼4/23連載版はこちらから読めます! ★



↓タイトル押すと作品サイトに飛びます↓



『【連載版】「誰でもヤらせてくれる」と噂の隣のギャル。実は超がつくほど家庭的で、毎日めちゃくちゃ甘やかしてくる』

― 新着の感想 ―
医師として人も魔物も命あるものに変わりないから、優先順位を付けなければならない。命を奪うことになっても、そのことに葛藤してしまうんだろうな
大量殺人できる知識を使ってしまいましたか。 トーコが使わなくても見た人が大勢いて簡単にできるのだから、戦争になったら使うでしょうね。
何を思っていたかは「もしこれが他国に知られて、それが我々に向けられたとなると……」くらい言わないとライナルト氏には通じないんじゃないですかね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ