第38話 世界を知る
勇者を連れて砂上船に戻ると、兵士たちは警戒しつつ遠巻きに俺たちを見つめ、ヴァンが剣の柄に手を掛けながら出迎えてくれた。
「ネコ神様、おかえりなさいませ。そちらの方は?」
「あー、私の知り合い。とても強いから下手なことはしないように」
俺が答えると、勇者はハットを軽く持ち上げて挨拶した。
「どーも、こんにゃく屋のジョン・ドゥです」
ジョン・ドゥって……。
「こんにゃく? まぁ、ネコ神様の知り合いなら問題はないか。この船の船長をしているヴァン・アイオンだ」
「よろしくよろしく」
二人は軽く握手を交わした。
手が離れるのを見計らって俺は言う。
「じゃあヴァン、ちょっと船の一室借りるね。あと、コンゴウに来るように言ってほしい」
「了解しました」
「ん。行こっか」
「はいはい」
勇者は大人しく付いてきてくれる。
船長室に入ってドアを閉めたところで、ツッコミを入れたくて仕方なかったことを聞く。
「ところでさ、ジョン・ドゥってどう考えても偽名だよね?」
「うんうん。偽名偽名」
「本名は?」
「本名は――」
勇者が名乗る寸前、いいところで船長室のドアが開いた。
「チエ、話があるそうだな」
「コンゴウ。この人、勇者」
「やぁやぁ初めまして。勇者だよ」
紹介すると、コンゴウは俺と勇者の顔を交互に見比べて言った。
「……殺した方がいいか?」
「もう試した」
「不死身でごめ――」
俺が答えて勇者が言い終わる前に、瞬時に動いたコンゴウのパンチが頭をパァンッと吹っ飛ばした。
赤いハットが床に落ち、真っ赤なダメージエフェクトが飛び散り、勇者の顔が文字通り顔面崩壊。
「うわぁ……」
きもっ。
思わず勇者から一歩離れる。
その勇者は顔を失ったにも関わらず体が立ったままで、右手の人差し指を左右にチッチッチ――と動かした。
「この程度の攻撃で、勇者は死なないよ」
崩壊した顔から勇者の声が聞こえ、逆再生するかのようにダメージエフェクトが動き、元に戻った。
「それより本名はなんなの?」
「ああ、名乗る途中だったね」
勇者は赤いハットを拾い上げ、手で軽く払ってから被り直した。
「改めて改めまして……私は『ユウシャ・オンライン』というゲームで『勇者』の称号を持つプレイヤーの一人、職業『処刑人』、アバターネーム『ミスター』、本名『フジワラマコト』と申します。以後、お見知りおきを」
……うん?
どーゆーこと??
コンゴウは――ああ、俺と同じで困惑してる。
「えっと、ミスター? そもそも『ユウシャ・オンライン』ってなに? 私たちは『パンデモニウム・オンライン』ってゲームをやってるんだけど」
「うん。それを含めて今からこの世界の真実について話をしよう」
「あれは今から――何年前だったかな? 確か千年くらい前だったか……まぁいいや。私たちは世界初のVRゲーム『ユウシャ・オンライン』を始めた。そのゲームは魔物が跳梁跋扈する世界で、プレイヤーは女神ルシエールによって召喚された異世界人という設定。で、プレイヤーは異世界転生的な生き方をゲームとして楽しんでいた。ところがある日突然、ログアウトが不可能になり私たちはゲームの世界に閉じ込められた。みんなが脱出する手段を探すが見つからず、私は当面の生活の為に頑張った。頑張って頑張って……最初に『勇者』の称号を得た。そして管理AIの女神ルシエールと接触し、勇者として覚醒して管理者権限の取得を目指した。それからすぐ本物の女神ルシエールが接触してきて、ゲームか異世界かの選択を迫られた」
一気に話した勇者ミスターは一息吐き、アイテムボックスから皮の水筒を取り出してぐびっと飲んだ。
……やばい。女神ルシエールの選択が説明された。コンゴウ、俺が既に選択したのに気付くかな?
気付いたら……殺しきれるかわからないし、土下座でもしよう。
それはそれとして、ミスターがどっちを選択したのか気になる。
「質問。ミスターはそのゲームと異世界の選択、どっちにしたの?」
「ゲームだよ。今からその選択について説明しよう。女神ルシエールの選択は、プレイヤーたちにとってこの世界をどういう位置づけにするかを決定させるものだ。私の“ゲーム”の選択では、この世界はゲームとして存在し、ログアウトできれば元の世界に帰還できる。逆に“異世界”を選択すると、この世界は本物の異世界として存在するようになる。まぁ、誰も確認は取れていないけど」
よし。俺の選択は間違っていなかった。
この世界が異世界として存在し、元の肉体と今の肉体が別だというのなら――――もしかしかたらこの姿で帰還できるかもしれない。みんなも連れて。気が向いたら試そう。
そこでコンゴウが小さく手を挙げた。
「今の説明を聞いて俺からも質問がある。ミスターにではなく、チエに」
あっ、気付かれた?
「チエ、殺したりしないから正直に答えろ。恐らく一番最初に魔王になっただろうし、別の空間に移動できる能力がある。だから既に女神ルシエールに接触してるんじゃないか?」
「……あー……はい」
そこまで気付かれると否定できない。
目を逸らしつつ答えると、コンゴウは呆れたように大きな溜息を吐いた。
「――で? どっちを選択したんだ?」
土下座の準備、しよ。
「……異世界」
コンゴウが、また、大きな溜息を吐いた。
「なぁチエ、もう取り返しがつかないから諦めるが、そういう大事な情報はせめて共有くらいしてくれ」
俺は自主的にその場に正座し、頭を下げた。
「ごめんなさい」
とかやりつつ、床に向けてぺろりと舌を出す。
ごめんねコンゴウ。
俺、今の生き方の方が楽しいから。
「説明を続けるよ。何故こんなことを神様がしているのかだけど……」
おっ、気になってたことだ。
「単純明快、神様の目的は新たな神様を作り出すこと。その為にこの世界を使い、ゲームとして、名前を変えて数多の世界の人間を誘い込んできた。そして人間プレイヤーと魔物プレイヤーの二つがあるのは、人間が繁栄する時代と魔物が繁栄する時代を交互に行う為。これが、この世界の真実だよ」
「……思ったより壮大だねー」
そういう仕組みだったんだ。だから選択を迫った時は女神ルシエールが秘密って言ったのか。選択した後だと、もうどうしようもない。
けどこれ、本当に真実か?
その情報は誰から聞いて、どうやって確証を得たんだ?
質問――は、しないでおこう。
私の目的には関係ないし、邪魔されたくない。
真実が事実であるかを探るのはその後だ。




