第35話 ターニングポイント
静かにティーカップが置かれる。
「どうぞ、座ってください」
「ん」
女神ルシエールに勧められ、俺は対面の椅子に座った。
「まずは魔王になりましたこと、お祝い申し上げます」
「ありがとう。まだ魔王アビリティ【魔王】の強制ログアウトっぽい即死攻撃を試せてないけど」
「使わなくて正解です。チエ様が魔王になってすぐ、私の方でもスキルとアビリティを解析した結果、魔王アビリティ【魔王】の即死攻撃には強制ログアウトの機能が備わっていません」
「じゃあどうするの? プレイヤーが神様になって管理者権限の取得でも目指してみる?」
「はい、その方向でお願いします」
半分くらい冗談で言ってみたんだけど。
「……わかった。ところで、なんで魔王から神になれるって話をこの前会った時にしなかったの?」
「魔王になれることすら不確実な状況で、さらに先のことを憶測だけで話すのはよろしくないかと思いまして。それに、魔王から神へ到るというのはプレイヤーの皆様に見つけてもらう為に用意したバックストーリーですので、管理AIとして話さないようにしていました」
「そっか。じゃあ仕方ない」
本当にそれだけならな。
まだ話してないことありそうだし。
「それはそうと、他のプレイヤーに魔王のなり方を伝えたけど、良かったよね?」
「問題ありません。チエ様が伝えなくても、いずれは誰かが気付いて広まっていたでしょうから」
「そう。魔王の力で種族の強制変更や進化の促進は試した方がいい?」
「お好きにどうぞ。既に解析も済んでおかしな点はありませんし、その二つについてはゲームとして導入予定だった効果なので」
「わかった」
なら、ノルンたちの中で種族変更したい人を募って実験してみるか。
進化の促進は……森の中で見たあのペガサスにやってみよう。まだ生きてたらだけど。
「ところで、この不思議の国って何か知ってる?」
「いいえ。この空間のことは何も知りません。ゲームでは存在していませんでしたから」
なにそれ恐い。
やっぱりこの世界って異世界なんじゃね?
確証はないけど。
「じゃあこの世界の住人、食べてみてもいい? 具体的にはキノコ人間を」
「構いませんよ。私としてもどうなるのか興味がありましたから」
よし、許可が出た。
これで心置きなく食べられる。
――ああそうだ。これも聞いておこう。
「最後に、ミイラ男がどこに行ったか知ってる?」
「……どちら様です?」
えっ、存在すら把握してない?
だとしたら、あいつはいったい何者なんだ?
まぁいいか。
「話すことは話したし、そろそろ行くよ」
「はい。お待ちしています」
立ち上がって食堂から廊下に出る。また壁に紙が貼り付けられているかと期待したがそんなことはなく、玄関ドアを開けて外に――出られなかった。
……方向、合ってるよな?
不安になって振り返ると、廊下と食堂へのドアが見える。視界を正面に戻すと飾り付けが一切ない食堂があり、黒い洋風のドレスを着た女神ルシエールが、自前っぽい豪華な椅子に座ってこちらに微笑んでいた。
「えっと……さっきぶり?」
「うふふ、私とは初めましてよ。チエ」
「やっぱり。あの紙を貼り付けた女神ルシエールで合ってる?」
「ええ。私が本物の女神ルシエール。この世界を創った神よ」
ほんとかよ。
神様だと思い込んでる、もう一つの管理AIなんじゃねぇの?
「そんなところに突っ立ってないで、座ったら?」
「失礼します」
テーブルを挟んで対面の椅子に座る。
「さて、あなたはこの世界を楽しめているかしら?」
「えぇ、まぁ、はい」
楽しめていると言えば、楽しめている。
他のプレイヤーは知らない。
「それは良かった。で、この世界をゲームとするか異世界とするか、答えは決まった?」
「いや、まだ決めてない」
あの紙に書かれてたことマジだったの!?
ミイラ男が意味深に聞いてきたけど、こういうこと!?
「そう。じゃあ今ここで決めなさい。最初に魔王になったあなたには、選択する“権利”と“義務”がある」
……その権利と義務、重いよ。
「保留するという選択は?」
「……」
彼女はニコッと笑った。
――あぁ……こいつ、マジもんの神様かも。
目は笑っておらず、全身からは神々しくも密度が計り知れないオーラが薄く漏れ出している。
そして理解した。
越えられない壁と表現できるほどの、絶望的な能力差を。
魔王になったのに体がすくみ、鳥肌が立ち、尻尾がピーンとなって毛が逆立ってしまう。
太腿に爪を立て、痛みで心を奮い立たせて口を開く。
「……質問。選択したらどうなる?」
「選択してからのお楽しみよ。私としてはどちらを選択してもらっても構わないけれど」
質問に答える気はないと。それにどちらでもいい?
つまりどっちの選択も結果が変わらないということか?
「じゃあゲー……――」
いや待て。
ゲームを選択した結果、普通にログアウトできたら面白くない。こんな楽しい状況を自ら捨てるなんて勿体ない。魔法やスキルのないつまらない現実より、力こそ正義な価値観のファンタジーな異世界で人生――じゃなくて魔生を謳歌する方がずっといい!
両親だって、おかしいおっさんよりも、強くて自由に生きる美少女の方が愛してくれるに決まってる!
でも、決める前に一つ聞いておかないと。
「私の選択は他の人たちに知られたりする?」
「しないわ。でも私の偽物と接触した者は、何かが人為的に引き起こされたと知らされるでしょう」
となると……最悪、元の世界に帰りたい仲間と敵対することになるかもしれないか。
別にそれでもいいや。
俺は不老不死だし、いざとなったらいつでも不思議の国に避難できる。
「決まった。異世界で」
「異世界ね。わかったわ。この話は終わり。もう帰っていいわよ」
えっ、あっさりだな。
てっきり何か力を行使して世界を改変すると思ってたんだけど。
「その前にちょっと聞きたいことがある。ミイラ男がどこに行ったか知ってる?」
「ミイラ男? ――ああ、あの男のことね。それならこの空間から出て行ったわ」
「出て行った? なんで?」
「彼は勇者よ。魔王が現れたから、勇者としての活動を再開したんでしょう」
え?
あいつが勇者?
不思議の国の住人じゃなかったんだ。
出て行ったのは俺が原因か?
「じゃあ……なんで、不思議の国にいたの?」
「それくらい自分で考えなさい」
えぇー……暇だからここにいたとか?
そんなわけないな。
人類の希望、的な定義をされている定番の勇者なら、活躍さえすれば貴族並みの生活は保障されるはずなのに。
……面倒だし考えるのはやめよう。気が向いた時に直接聞けばいいし。
「次、神様の目的はなに?」
俺の質問に、女神ルシエールはニヤついた笑みを浮かべた。
「今は、ひ・み・つ♪」
答えないんかい。
それに、今は、か。
どーせろくでもない理由なんだろうなぁ。
「うん、帰るわ」
今の段階では絶対に答えてくれないだろうし、聞きたいことを聞けた俺は席を立って食堂を出た。
キノコ人間、食べて気分転換するか。




