episode01
暗黒の世界。
暗闇に突然、宝石のように光る赤い何かが浮かび上がる。魔王の目だ。魔王が目を見開いた。
紫色に光るオーラを放ちじっと目の前を伺っている。
じっくりと品定めの後、対戦するにふさわしいと考えたようだ。
魔王は漆黒のマントを脱ぎ棄て、両手を広げ構えを取った。
相対するは白銀の騎士。鞘から光り輝く剣を抜くと縦に構えた。
顔は兜で見えないが、構えから気合が十分に伝わってくる。
じりじりと騎士が歩み寄る。
魔王がにやりと不気味な笑みを浮かべると、それまでの静けさとは一転、時が動き出した。
両者、目まぐるしく位置を変え相手へと攻撃する。
あちこちから、激しくぶつかり合う音が聞こえる。
鋼鉄より硬い魔王の腕が騎士の剣を受け止めた。
騎士は剣を振りぬこうとぎりぎりと力を入れるが、魔王はそれを許さない。
にらみ合う魔王と騎士。魔王の口元が動いている。騎士に何かをつぶやいていた。
騎士は魔王の腕を払いのけ、再び振りかぶる。
魔王と騎士が交差する瞬間、画面は上方へ向きを変え、暗黒に染まる夜空を映していた。
夜空のようだが星は全く見えない。よく見ると怪しい黒い霧に覆われていた。
しばらくして決着はついたみたいだ。
赤い光が一瞬辺りを照らした後、黒い霧は切り裂かれ左右に分かれ、本来の空が姿を現す。
雲一つない晴天。まばゆいばかりの太陽が地上を照らす。
「悪くないんじゃないかしら……?」
自分で作ったゲームのオープニングを見て、ふとつぶやいた。
いまいち自分の作った作品には自信が持てない。
他者がみたらどう思うのだろうか。
きっとこれが産みの苦しみというやつだ。
これから先いつまでも付きまとうのだろう。
オープニングはまだ続いている。
太陽から地上へと画面が移り変わっていく。
緊迫感のある戦いの後、一転して現在の王国の様子を映し出している。
白い西洋風の城のバルコニーから外の景色を眺める王様。
通貨を片手にギルドの受付で話す冒険家たち。
農家、鍛冶屋、兵士、歴史家など、この国の多くの人々を映し出す。
どの人も笑顔だ。
箒を持ったおじいさんが深くかぶった日よけ帽子を少し持ち上げ、額を拭きながら太陽を見上げた。
今日も太陽は大地を温かく照らしている。
オープニングが終わり、職業選択画面に切り替わる。
王国の一枚絵にデフォルメされたキャラクターがいくつも並んでいる。
冒険者や鍛冶屋、研究者、兵士などが選択可能だ。
私はその中から、城のバルコニーにたたずむ美女を選択した。女王様だ。
この国は太陽を信仰する宗教国家。
選択された女王は、膝をつき額に手をあて、太陽に祈りを捧げ始めた。
私もそれに倣って「主よ。この章は政治、経済ネタが増えてしまいます。お許しください」と、祈りを捧げた。
本当は政治や経済なんて小難しいネタなんてやめたい。ずっと空想に浸って面白おかしいこと考えていたい。でも政治、経済になってしまうのは、きっと国が悪い。僕だけが悪いわけじゃない。
「あ。あやさんは女王にしたんだー」
ボイスチャットからケータの声が聞こえた。
ここは王様の、コホン、いいえ“私”の部屋。
このチャットは近距離でしか使えない、いわばゲーム内の声として設定してある。
ケイタは近くにいるという事だ。私は部屋を見渡すと、部屋の入り口に兵士が見えた。
キャラクターの上の名前を確認するとケイとあった。
「こら。ケイ。私は今は“シルフ”って名前にしているんだから、気を付けてよ。」
このゲームではサーバー毎に表示名を変えることができる。
特に、普段のゲーム用と開発用で名前を切り替えるのが一般的らしい。
私もそれに倣って、表示名を“シルフ”にした。
私の所属するTKGってチームはそこそこ有名で、雑に話しかけられる事が多いから助かっていた。
「あっ。ごめーん。でも、それを言うなら“シルフ”だって違うと思うなー。
今は、女王様なんでしょ?」
ケイは何か女王っぽいセリフを望んでいるようだ。
私は女王様という言葉から空想を膨らませる。
ぽわんと女王様の姿が思い浮かんだ。
私はピシッと机を叩き「女王様とお呼び!」と声を荒げた。
ケイはそうそう、それが聞きたかったと笑っている。
「こらっ!先生をからかうな」私もつられて笑った。
女王様はきっとこんな事、言わない。このセリフはとっても特殊だ。
しまった……、つられて変な発言をしてしまった、聞かれてしまった、もう手遅れだ……。
ただ、うひゃひゃと笑い続けているケイを見て、あまり深く考えない事にした。
ケイはもう社会人なのに、新米教師と知られてからは、毎日のようにからかわれてる。
学生のノリを忘れない愉快なやつだ。ま、楽しいからいいけど。
「こんなところでだべってないで、さっさと働きなさい」
「はーい」
だらしない返事を残してケイは持ち場へと戻っていった。
私はあや子。普段は高校教師をしている。
行き当たりばったりに――じゃなかった――当たって砕けろ、いつでも体当たりという精神で日々高校生に勉強を教えている。
そんな私の趣味はゲーム作り。
高校生向けのお勉強用サーバーが一作品目だから、このゲームは二作品目。
今回はなかなかの大作だと思う。
もちろん、この規模になると一人では作れない。
まずは同じTKGのケータに声をかけ、それでも人数が足りないからと協力者を募集して、皆でゲームを作り始めた。
そして、ついにゲームが完成し、今日、最終テストプレイをしようと皆で集まっていた。
ケイも毎日の訓練を始めたようだし、私も女王の役割を演じなきゃ。
といっても女王様のお仕事は、冒険者や農家と違ってとっても地味。
まずは、日々上がってくる報告書に目を通した。
今回のテストプレイの参加者は、私とケイを含めて10人。
参加者全員が自由に職業を選択した。
手に取った報告書には、選択された職業が載っている。
国王 1
兵士 2
研究者 1
農家 3
冒険者 3
特に話し合うことなく皆自由に職業を選択した割に、うまく割り振られているように感じた。
とはいえ、農家や冒険者は自由に職を変えられる。
今は農家だけれど明日は冒険者にしようとか、冒険者はやっぱり向かないなー、なんて人もいるに違いない。
このゲームではプレイヤーの職業の割合が、そのまま国の生産性を決める。
プレイヤーの3割が農家だったら、3割の国民が農家になる。
そして、プレイヤー一人一人の行動の成果が数百人分の労働の成果として報告書に記載される。
私は、報告書をにらみつけた。
王国側は、国王1、兵士2、研究者1の計4人。民間側は農家3、冒険者3の計6人。
「とすると……」私は、国の税率を40%に変更した。
税率の変更は国の発展に関わる大切な王様のお仕事だ。
何回か自分でテストしてみて、税率は公人と民間人の割合にするとバランスが良いと感じていた。
国全体10人に対して、王国側は4人。だから税率40%。
国全体の生産物を人数に応じて割り振る、とてもシンプルな発想だ。
税率をそれより高く設定すると、徐々に国民が疲弊する。
ただ、面白いことにそのままにしておいても、大きな問題にはならない。
疲弊した国民は、国の集まったお金を目当てに職を変え始めるからだ。
あるものは公人向けの飲食店を開き、またあるものは直接王様の元に仕事をもらいに行く。
結局は税率の通りに人口比が調整されていく。
そのうち時間が解決してくれる。
今回は、特に話し合うことなく皆が自由に職業を選択した。
私はその皆の意思を尊重したかった。だから税率を40%にした。
これなら皆が選んだ職業を続けられるはずだ。
けれど……、少し生産力が足りないようだ。
バランスはいいのだけれど、全体的に物資が不足していて、徐々に貧しくなっている。
特に、農家が足りていないのが致命的に思えた。
私は研究者の人に声をかけ、城から離れてもらうようにお願いした。
「研究なんてどこででもできます」と彼は笑顔で答えて、農家になってくれた。
おかげで税率を30%に下げることができた。
生産力不足は徐々に解消され、国は徐々に発展し始めた。
今はまだ生産力も技術力も研究力も足りていない。
この国には、研究職はまだ早すぎたということだ。
ふと思ったことがある。
たった10人の世界、最小限の単純な世界を見て、気が付いたことだ。
税率は、国の仕事に関わる人数までにとどめるべきだ。
この国の労働人口は30年前に比べて増えている。
労働力不足と騒がれているが、実際は、労働人口は増えている。
これには、女性の社会進出だけでなく、昨今、年金の受給年齢の引き上げなども関係している。
そして、税率――国民負担率は、20%台から40%台後半まで上昇している。
もし私の考えが正しいとしたら――公共事業など国に関わる人はその分、増えているべきだ。
2倍から3倍ぐらいまで増えていないとおかしいはずだ。
でも、実際には公共事業費はほとんど増えていない。
これでは、民間は年々減少するお金を争って、競争が激化する。
どんどん疲弊していくことになる。
競争に負けた企業は場合によっては、国に補助金や助成金を求めるようになる。
お金が足りないと働く人が増えて、さらに民間で働く人の割合が高くなる。
これでは、悪循環だ。
お年寄りを支えるために、と増税ばかり検討されているけれど、私には不思議だった。
そもそも、もともとこの国のお年寄りは、現役世代であるその子供が支えてきたはずだ。
いつの間にか税金でお年寄りを支えようと、増税ばかりが検討されている。
もちろんゲームと現実は違う。でも……、これでいいんだっけ?
増税を訴える人もいれば減税を訴える人もいる。
でもまずは、税率はどれぐらいが適切か、税率をどうとらえるか、それを考えるべきではないか。
もう少しこの世界を参考に考えてみよう、私はそう思った。




