第七十七話 北の塔
〇月〇日(土)五回目
北の塔。お婆さんの言う四つの塔の最後をかざる塔。
見上げると、禍々しい暗黒のオーラを放っている。
見るだけで恐ろしいという雰囲気が漂っている。
でも、私だって、色と魔法の関係もわかったし、ホーリーだって覚えた。
そんな事を考えている私の様子にTAKASHIも気づいたようだ。
「なんか、楽しそうだね」
「そういうTAKASHIも楽しそうな顔してるよ」
「ああ。すごい楽しみだ」TAKASHIの目は輝きに満ちていた。
二人で目を合わせ頷きあうと、私たちは北の塔の扉を押した。
ぎぃっと音が鳴り響き扉が動く。
外の光がすぅっと内部を照らす。でも何も見えない。
塔の内部は真っ暗のようだ。
TAKASHIに続いて私も塔に入る。
ようやく暗さに目が慣れてくる。
ぼんやりと中の様子が目に映る。
塔の内部は、ただただ広い空間が広がっている。
南の塔とは違う。
あの塔は、映像が映し出されているだけで壁自体は存在した。
でもこの塔は、壁自体がそもそもないようだ。
実際に、振り返ってみても、私たちが通ってきたはずの扉は無かった。
やわらかい音楽から、壮大なBGMに切り替わる。
次元が切り替わったみたい。
私は、自分で言葉にしておきながら意味はよく分からないけれど、そう感じた。
目の前には球の形をした黒い物体が置いてある。
この空間にはこの物体の他に何も無いようだし、私たちは当然のように近づいていく。
丸い物体に突然目が一つ浮かび上がり、じろりとこちらをにらみつける。
私たちは立ち止まる。ただの球体だと思っていたが違ったようだ。
突然、BGMが激しい曲へと転調し、画面が戦闘用へと切り替わる。
「気をつけろ。こいつがボスだ」
「ええ、もちろん。必ず勝ちましょう」
いつも通り初ターンは様子見。敵の攻撃方法や攻撃パターンを探る。
ボスは淡く光ると球形の体の一部に穴が開き、そこから何か黒い物を飛ばす。
エネルギー弾のようだ。当たったら痛そうだ。
最初、TAKASHIはそれを盾ではじいた。
ただ、二回目以降、TAKASHIは全て躱した。
うん、大丈夫。私でも避けられる。
攻撃方法さえ理解していれば、私にだって回避可能だった。
次第に攻勢に転じていく。
TAKASHIは剣で攻撃、私は魔法で攻撃。
ただこのボスには、魔法はあまり効果が無いみたい。
いろんな魔法を試してみたけれど、どれも効果はさっぱりだ。
TAKASHIは、イキイキと攻撃している。
ボスは時々変則的な攻撃を織り交ぜるも、TAKASHIを捉える事はなかった。
私の魔法が効かないとなれば、私は回避に専念するしかない。
私への攻撃もあたることは無かった。
次第にしびれを切らしたようだ。
ボスは一度動きを止め、体を光り輝かせ始めた。
私たちは、一旦攻撃の手を止めて、様子を見守る。
ボスは赤く変化した。
赤――きっと私の番だ――私はそう感じた。
私は色彩魔導士。赤い敵にはファイアがよく効くはずだ。
思った通り、ファイアがよく効く。
さらにレッドライトで照らすと、効果は倍増だ。
その様子を見て、私たちは役割を変える。
TAKASHIは私を盾でかばい、私は攻撃に専念。
魔法を複数同時発動すると、どうしても守備がおろそかになってしまう。
その私の守備をTAKASHIがサポートしてくれた。
不規則に飛んでくる敵の攻撃を、TAKASHIは軽々と盾ではじく。
ボスは二番目の形態をあっさりあきらめた。
一度光を放ちまた色を変える。今度は青だ。
ただ、色の変化は私たちには通じない。
青には当然、コールドだ。
そんな感じでボスはたびたび色を変える。
そのたびに私たちは攻撃方法を変え、相手の弱点を攻撃する。
極めつけは、やっぱり白い体へと変化したボスに対するホーリーだった。
ブルーライト、グリーンライト、レッドライトで白い光を作りだす。
その白い光を照らしさらに白く輝かせたボスへホーリーを放つと、今まで見たことのない桁のダメージをたたき出していた。
何とかなりそう、そう思った時だった。
再びボスは体を変化させた。
激しくアップテンポだったBGMが、神秘的なBGMへと変わる。
ボスは再び黒い球に変化した。ただ、大きさはだいぶ小さいようだ。
黒いオーラを放っている。
こいつはただ小さいだけじゃない――
体の小ささとどこか神々しいBGMが不気味さを感じさせた。
真に強いものは大きさを誇示したりしない。どこかかわいらしさを持っている。
存在そのものが恐怖の象徴であり、強さを体で表現する必要は全くないのだ。
53万の戦闘力を持つ異星人だって、最終形態が一番かわいらしい。
いつもすぐ怒るお母さん、笑顔の時が一番恐ろしいのだ……。
TAKASHIもそれを感じとったようだ。
「慎重に動かないと……」という声が聞こえる。
ボスが音を出す。
ピピピという昔ながらの電子音だ。
もちろん、全く何を言っているか理解できない。
でも意味は理解できる。画面下部の文字を読めばいい。これはゲームなのだ。
「我は宇宙の支配者なり。
なぜ我の邪魔をする。
不届きものめ。覚悟せよ」
神秘的なBGMのまま戦闘画面へと移行する。
厳かでありながら気分を高揚させるBGM。
この目の前の小さい黒い球、おそらくこれが最終形態だ。
そして、この戦いが最後の戦闘だ。
このゲームの多くのサーバーは、最終日に全員で集まってサーバー攻略成否を見守る。
でも、このサーバーは攻略期限のないサーバー。
BADエンディングはおそらく存在せず、そもそも推奨人数は二人だった。
そんなサーバーでは最後の秘密の攻略後にそのままエンディングを迎える事が多い。
最後の戦闘という意識。
それが自然と私の心を盛り上げた。
ラスボスは変形し、小さくなった。
でも変化は、それだけではなかった。
まず攻撃方法が変化した。
タイミングが不規則で、かつ量が多い。
これでは避けても避けた先で被弾してしまう。
どこかの弾幕シューティングゲームみたいだ。
それに攻撃力も増している。
TAKASHIは今まで通り敵の攻撃を盾ではじいているが、それでも傷を負っているようだ。
さらに恐ろしい変化が起きていた。守備力の変化だ。
私がどんな魔法を浴びせても、ボスに表示される文字は“ミス”となっていた。
本来、ダメージ量を表す数値が表示されるはずなのに……。
ダメージが与えられない…、このままでは勝てない…。
覚えている魔法、ファイア、コールド、サンダー、ホーリー、全て使った。
もちろん、ブルーライト、グリーンライト、レッドライトで照らしても見た。
それでもダメージは無かった。
私への攻撃を身を挺してかばってくれるTAKASHIに申し訳ない気がした。
見るとTAKASHIの体には、傷が増えている。
回復アイテムを消費しながら何とかしのいでいるようだ。
それに、効果が無いのは私の魔法だけではなかった。
TAKASHIの攻撃だってダメージを与えられていない。
剣での攻撃は見事に全て弾かれてしまっている。
「だめだ……。強すぎる……」私は思わずつぶやいた。
「大丈夫か?」
私のつぶやきが聞こえたようだ。TAKASHIが近寄って話しかけてきた。
「私は大丈夫なんだけど、でも、全くダメージが与えられていないみたい。」
「ああ。俺の剣も全て弾かれてる」
そう口にしたTAKASHIは、こんな状況でも楽しそうだ。
「楽しそうね」
「強い敵を攻略できた時が一番楽しいからな」
私の目を見てにこりと笑う。
つられて私も口元が緩む。絶望感が少し薄れた。
「でも、攻略できるかしら……。
今のところすべての攻撃が無効化されているように見えるけど」
「もう一度、魔法をためしてみてくれないか」
TAKASHIの声にはどこか自信が感じられた。
「なんでもいいの?」
「ああ、何でもいい」
私はTAKASHIの影に身をひそめ、魔法の詠唱を始める。
せっかくだからそれなりに威力の高い魔法がいい。
「レッドライト――ファイア!!」
赤い光に照らされて赤く染まったボスに、私の炎の魔法が襲い掛かる。
「やっぱりダメみたい」私はボス上に表示されたミスという文字を見てつぶやいた。
「いや、そんなことない。魔法の当たる瞬間、ボスを見てみて」
TAKASHIの言葉に、私は再び魔法の詠唱を始める。
「ブルーライト――コールド!!」
今度は青い光に包まれたボスを冷気が襲う。
TAKASHIは、何かに気が付いている様子だった。
何だろう――私も知りたい。
私は魔法の詠唱を終えて、ボスの様子を注視する。
氷の塊がボスへ飛んでいく。
通常であれば青い光に照らされた敵は、氷の塊がぶつかると大ダメージを受けるはずだ。
シュッ。
「あっ」私は思わず声が出た。
それは、シュッという音が聞こえた瞬間だった。
その瞬間、ボスは赤へと色を変えた。
氷の塊がぶつかる瞬間、その時だけ体を赤く変化させていた。
一瞬だったから、見落としていた。
TAKASHIに促されてよく見ていなかったら、絶対気が付かなかった。
「ボスの色が変わってた……」
「ああ。まるで、俺たちの攻撃方法を学習したみたいだ」
赤い物体は、白い光に照らされると赤く光る。
白い光に含まれる赤い光だけを反射するからだ。
だから、赤い光が含まれない青い光を当てられたとしても、赤くは光らない。
黒い敵に私の魔法は効果が無い。
私の魔法は、色を変えることによって、無効化されていた――
私たちの攻撃方法が学習されている――
ボスとの前半戦、私は自分の最強の手段を全て使って戦った。
それが最も効果的な戦い方だと考えていたから……。
でも、この後半戦、私たちの攻撃は、完全に対応され無効化されている。
「えっ。どうしよう、私たちの攻撃が全て無効化されているってこと?」
「そうだと思う」その声を聞いて私は顔をゆがませた。
「あっ。でも多分大丈夫。
俺、一つ試していない方法を思いついたんだ」
TAKASHIの目の輝きが増していた。
「ホーリー。最大火力のホーリーを放ってくれないか?」
「でも私のホーリーは、効果無かったよ」
TAKASHIは黙って笑顔のまま頷いた。
何か策があるようだ。
私は、とびきりの詠唱を始める。
っとその前に、MP回復薬を飲まなきゃ。
慎重な戦いが求められている。
以前の過ちを繰り返すわけにはいかない。
「レッドライト、ブルーライト、グリーンライト」
赤、青、緑の光を集め白い光を作る。まぶしくて目を細める。
どんな物体をも明るく白く光らせる強烈な光。
同時に聖なる魔法の詠唱を始める。
「聖なる光よ。我に力を。ホーリー!」
詠唱が終わった瞬間、強い光に照らされて白く輝くボスに、聖なる白い光が降り注ぐ。
私は明るくて目がくらみそうだったけれど、何とか目を細めてボスを見る。
白い光――私の放ったホーリーがボスにぶつかる瞬間、やはりボスは体を黒く変化させていた。
やっぱりダメか、と思った瞬間だった。
TAKASHIがボスの目の前にすっと現れ、剣を一閃。
ボスの体は一太刀によって一筋の切れ込みが入る。
そして、その切れ込みからはあふれんばかりの光が漏れだした。
神々しいBGMが終わり、ボスの体は少しずつ消えていく。
気が付くと、塔の禍々しいオーラも無くなっていた。
「終わったの……?」
「ああ、そのようだな」
もうモンスターの気配も感じられない。
私たちは村へと戻ることにした。
失われていた光が世界に戻ってきていた。
全てがみずみずしく輝いて見える。
世界は明るい方がいい。
「なんとかクリアできたね」
「ああ、ありがとう。MARIKOのおかげだ」
「うーん。そうなのかな……?」
私は、首をかしげた。
不思議だった。
ボスはすべての攻撃を弾き返していた。それは剣の攻撃も同じだったはずだ。
だけど、最後のTAKASHIの攻撃は命中した。
それに……、ボスをたった一撃のもとに葬り去った。
TAKASHIは不思議そうな私に気が付いたのか、説明してくれた。
「ボスが俺たちの攻撃に対応していたのは気が付いていたよな」
「ええ。私の冷気の攻撃に対応して、体を赤く変化させてた。
そのせいで、私の攻撃は全くダメージが無かった」
TAKASHIはふてくされた私の顔を見て、少し笑った。
「ああ、俺自身、どんな攻撃もボスにはじかれた」
「その後、ホーリーを唱えたよね。
ホーリーを唱えた時どうなったと思う?」
「えーっと。私はホーリーが最大限の効力の発揮するように、強い白い光を当てた。
それからホーリーを唱えたの。
あれっ?でもおかしいな」
私は、レッドライト、ブルーライト、グリーンライトで強力な白い光を生み出した。
どんな黒い物質でも、少しは光を反射する。
だから、白い強力な光に照らされて、どんな物質でも白く光るはずだ。
それぐらいこの魔法の光は強力だった。
実際に、私が白く照らした世界は、まぶしくて目を細めたくなるほど、全てが白く輝いていた。
「そう、強い光に照らされて白く輝くはずだった。
ボスがどんな色に変化したとしても、ホーリーは効果があるはずだった」
「でも、ボスには効果が無かった」
TAKASHIはにやりと笑う。
この宇宙にはすべての光を吸収する物質があるらしい。
光の吸収率はなんと99.9%を超える。
どんな光をあてられても光らない物質。究極に黒い物質。
それがダークマター。
「そんな物質が、宇宙には豊富にあるらしいよ。
あのボスは多分、そんな宇宙から来たんだろうね。
俺はそれを思い出したんだ」
「そっか、だから私の攻撃が通じなかったんだ……。
あれっ?でも、TAKASHIの攻撃が通じたのは何で?」
にこっと笑って、一本の剣を取り出す。
「この剣。かっこいいよね」
右手に持った剣をまじまじと見つめていた。
村のお婆さんにもらった剣だ。
あまりダメージを与えることができずに、しまっていたはずだ。
「この剣。暗黒剣って名前なんだ」
名前を聞いて少し理解する。
「ダークマター。暗黒。そして暗黒剣……。
暗黒を切り裂く、だから暗黒剣って事か。
暗黒剣にそんな効果があったのね」
「ああ、そうみたいだ。
もちろん、自分も知らなかったけどね。
試してみる価値はあるかなと思ったんだ」
TAKASHIは、その剣がかっこよさに値する強さを秘めていたことに気が付けて、少し嬉しそうだ。
男の子はいつまでたっても男の子の目をしている。
その時だ。
太陽の光に照らされて黒光りしていた暗黒剣が急に輝きだした。
何か言葉が聞こえたかと思うと、暗黒剣はふっと消えた。
私には、世界を救ってくれてありがとう、と聞こえた。
優しい音楽と共にエンディングムービーが始まる。
村に戻った私たちを、お婆さんは笑顔で迎えてくれる。
村人総出でお祭りの準備をしていた。
冒険者と魔導士の二人はそっと抜け出し、また新しい冒険へと旅立った。
◇ ◇ ◇
日記を書き終えて、手を上げてぐっと伸びをする。
サーバー名は“光と闇の迷宮”。
光は私たちで、闇は敵の事だと思っていたけれど、違ったみたい。
もちろん光は私の事なんだけれど、TAKASHIが闇を打ち破ってた。
職業は二つしかないし、未完成かと思ってたけれど、全然そんなことなかった。
勇者と色彩魔導士の組み合わせ、悪くないわね。
この世界にはうぐいす色とかもっといろんな色がある。
もっと面白い物語が描けそうな気がする。
だから、このゲームはやめられない。
次はどのサーバーにしようかな?




