episode06
六日目。
謁見の間の王座にて三人のプレイヤーから報告を受ける。
物語が動き出している。私自身少し緊張してきた。
一人目は、オッドアイの女の子。
しばらく見ないうちに立派な冒険者になっていた。
前回見つけた洞窟から気になる物を見つけたとの報告だ。
一見、ただの白い紙きれに見える。
けれど、魔法を使える私にはわかる。
この紙切れには、誰かの意志が込められている。
――誰か……、俺の話を聞いてくれ……――
白銀の兜の隙間から漆黒のマントが見える。
手ごわい相手だ。
勝てるかどうかわからない。
俺の渾身の一撃も、簡単に腕で防がれる。
この剣だって国で一番の職人の特注品なのに、なんて固い腕をしてやがるんだ。
それに、相手にはまだまだ余裕がありそうだ。
笑ってしゃべりかけてきやがる。
それにしても暗い……。
俺は魔力を剣に込める。剣がうっすらと光を放つ。
俺はそのかぼそい光を頼りに目を凝らす。
……そこから先は覚えていない。
夢中に剣を振りかざしたはずだ。
無我の境地に至ったのかもしれない。
次に気が付いた時には暗闇は晴れていた。
人々は笑っていた。
壊された都市を捨て、笑顔で新しい場所を探している。
魔王との戦いによって半身を失った俺を思って笑顔を作っているに違いない。
……。だから、俺は言えなかったんだ。
俺は時々夢を見る。
そのたびに、魔王の言葉を思い出す。
「俺を倒しても無駄だ。俺は再び暗黒の日によみがえる」
「俺の配下に加われ。
どうせ退屈な世界だ。余興としてこの世界の半分をくれてやる」
悪魔のささやきが頭にこびりついて離れない。
魔王の恐怖は去っていない。
もう一度、皆で、対応を考えないといけない。
けれど……。
笑顔を振り絞って街を復興する人々を見ると、やっぱり言い出せない。
魔王の恐ろしさなんて忘れた方がいいに決まっている。
ついに、俺は言えなかった。
人々は俺を勇者だなんていうけれど、俺なんてただの普通の人だ。
この紙に託す。
この紙の意志が見えたあなたになら、きっと何とかできるはずだ。
どうかこの世界を救って欲しい。
魔力の強い女の子。当然、彼の意志に気が付いたはずだ。
もちろん、恐ろしい魔王の存在にも。
謁見の二人目は、歴史家。
彼は民間の立場から、この国の歴史を調査している。
「数えきれないぐらいの遺跡を調査してきました。
果ては北の湖から、南の孤島まで。
それはそれは、大変な冒険でした。
いや、小さなスライムなんかならいいのですよ。
それが出てくるのは、大きな体をした蜘蛛の群ればかり。
中には、攻撃の効かない目玉もいましたな。
それはそれは、大変で……」
……。……。……。
そうだ。この人は物書きだった。
小説家とやらはごく簡単な事柄を、さも大げさに、さも大変だと騒ぎ立てる人種だ。
そして長くなり始めると、つい期限に間に合わなくなってしまう……。
……これは長くなりそうだ。
でも、今は公務中。ゆっくり聞いている暇はない。
私は親衛隊の兵士長に目を向けると、ちょうど目が合った。
兵士長はコホンと大げさな咳ばらいをする。
「女王様の御前であるぞ。手短に話せ」
「おっと、失礼しました」
不敵に笑うと、歴史家は先ほどとは多少手短に話し始めた。
この国の遺跡を調査していると、必ず魔王という文字が登場します。
どんな遺跡でも、不思議と魔王というキーワードが現れるのです。
私は、魔王について調べることにしました。
魔王と言えば、時折、民間伝承にもありました。
有名なものは“光を消さないと魔王に食われるぞ”でしょうかね。
子供を寝かしつける時の言葉なのですが、女王様だってご存じでしょう?
雷を見たら腹を隠せ。雷様にへそを取られるぞ。
夜の学校のトイレには、花子さんが現れる。
この国には数多くの言い伝えが残っています。
しかし、不思議なことに、魔王という言葉には、必ず合わせて、光という言葉が続きます。
それも……、光を消せという具合です。不思議じゃないですか?
そう思って遺跡に残った文献を読み返すと…、魔王はよほど光が嫌いだったようですね。
太陽が隠れた時に現れ、残った光を次々と消していった。
そんな姿がありありと浮かび上がります。
遺跡の文献を読めば読む程恐ろしい魔王、そして、再来を恐れるかのように伝承が残っている。
私がここに参りましたのは、先ほどの勇者の意志と同じように、この事実を世に発表してよいか迷ったからでございます。
本当はさらに5倍ぐらい長かったのだけれど、うまくまとまったんじゃないかしら。
最後は、研究者の番だ。
彼は話し始める前に、私に目配せをする。
魔王の存在については、古い蔵書に記録が残っており、もちろん国も把握している。
国の存亡にかかわるかもしれない。私と研究者は秘密裏に慎重に調査を進めている。
今回のお話も当然、魔王についてだ。
彼は、その魔王について民間人の前でお話してもよろしいですか?と目で確認しているのだ。
「この者たちであれば問題ない」
私の言葉に軽く頷くと研究者は話し始めた。
「
この星は太陽を中心に回っている事は皆さんご存じかと思いますが、
実はその太陽自体も別の何かを中心に回っている事が、長年の天体観測により判明しました。
そして、太陽の公転軌道の先に霧のように暗いエリアが存在します。
長年、城に存在する古い書物を調べてまいりましたが、定期的に世界が闇に包まれる事象が発生しているようです。
書物では暗黒期と呼ばれておりました。
そしてどうやら、太陽が宇宙の霧と重なるタイミングと、次に暗黒期が来るタイミングは一致しているようです。
その宇宙の霧が、暗黒期の原因となっていることは間違いないと判断いたしました。
」
「次の暗黒期はいつになる?」
「ずばり……、10年以内に」研究者はゆっくりと、そして丁寧に言葉を返した。
研究者の厳しい目が私に突き刺さる。
10年……。現実世界の時間で二日後だ。
ゲームがついに最終局面に突入した。
私は目を閉じて、3人の話を振り返る。
魔王の恐ろしさは、民間には伝承として国には蔵書として残っていた。
勇者はずっと隠していたようだけれど、思いは皆に伝わっていたようだ。
皆、勇者の気遣いに気が付いていたのかもしれない。
優しい世界が想像できた。
定期的に訪れる暗黒期。
定期的と言っても千年に一度程度。なかなか調査は進んでいない。
正直、何が起こるかわからないのが現状だ。
けれど、勇者さん。安心して欲しい。
皆に思いは伝わっている。
私なら……、この国なら大丈夫だから。
「魔王については国民には伏せる。
国の威信にかけて、魔王を打ち破って見せる。
よければ、そなたたちも協力をして欲しい」
私の言葉に冒険者と歴史家はこくりと頷いた。
謁見は終わり、私は公務に戻る。
机には多くの報告書の束が並べられている。
いつもの通り飲み物を口にし、読み進める。
この国の進化は素晴らしい。
特に魔法だ。
炎、雷、氷という多彩な攻撃魔法と共に、身体強化、回復魔法も合わせて進化した。
日々、ばたばたと動き回る研究者の姿が思い浮かぶ。
忙しすぎて自身の魔法習得ができていない事が悩みの種らしい。
進化する魔法の中でも、特に素晴らしい進化だと思ったのは別にあった。
私が女王という戦闘をしない職業だったという事もあるかもしれない。
ライトという光魔法が通信技術として応用されている。
そのきっかけは、国立学校の生徒がライトの魔法を練習している時に起きた。
「ライト!わっ、光った……。やった……。成功だ!」
まだ魔法初心者だった生徒は、魔法学の基本に忠実に、左手には魔導書を持ち右手をかざしていた。
研究者は、初めて魔法を発動させて喜んでいる生徒を褒めると同時に、一つの異変に気が付いた。
「おめでとう。ところで……、これは、なんだね?」
「えっ。ただのブレスレットですけれど…、あれっ、光ってる!?」
左腕に身に着けていたブレスレットが、淡くて白い光を放っている。
少しの間発光した後、何事も無かったかのように消えた。
「もう一度、魔法を発動してもらえるかい?」
「他の人でも、光らせられるのかな?」
「魔法が使えない自分には光らせられないか……」
初めての事象に興味が尽きない研究者は、生徒から腕輪を借りて様々な実験を始めた。
しまいには、彼自身もその腕輪を購入した。
入学祝いとして外国からとりよせた物らしく、非常に高額だったけれど、彼の好奇心には無関係だった。
「そうか。魔法の発動にばかり目を向けていた。
魔法が物質に与える影響については考慮していなかった」
どうやらこの物質は魔力を伝達する性質を持つらしい。
研究者はそのような性質を持つ物質を、魔力を導く物質――魔導体と呼んだ。
まだ他にもいろいろな性質があるかもしれない、そう考えた彼は世界中から様々な物質を取り寄せた。
魔法の得意な研究生と日夜、研究室にこもった。
多くの物質は魔力に対して無反応だった。
地道な研究の結果、その中からいくつか特殊な反応を示す物質を見つけた。
一つ目の特殊な反応は、二人の学生のささいな言い合いから見つかった。
「これは、魔導体です!」
「いいえ、これは魔導体ではありません!」
まるで外国語の教科書のようないがみ合いが起きていた。
研究者は急いで仲裁し、二人に再度実験させる。
すると不思議なことに、どちらの言い分も正しかった。
研究者は未知なる事象に喜び、これだから実験は面白いとその物質の詳細な調査に乗り出した。
結果、面白い事が分かった。
その物質は、魔導体と同じように魔力を流していた。
けれど、より強い魔力にさらされた時、一切の魔力を受け付けなくなり魔力が流れなくなった。
魔導体は通常、大きさや太さに比例して魔力を流す最大量が決まる。
どんなに強力な魔力にさらされても、決まった量までしか魔力は流さない。
しかしこの物質は、一定量を超えた魔力の場合、逆に魔力を流さなくなるようだ。
一般的な生徒が実験した時は魔導体となり、魔力の強い生徒の時は魔導体ではなくなる。
とても変わった性質に思えた。
研究者はこの性質を、特定の条件下の場合のみに魔力を導く物質――半導体と名付けた。
「私は魔法をうまく扱えないけれど、もしかしたらそんな私でもお役に立てるかもしれない」
そう信じた研究者は、根気よく研究を続けていく。
研究の中でもう一つ、変わった性質を見つけた。
半導体の追加調査、魔力を流し続けられる限界値がどれくらいか、学生と一緒になって調査していた時の事だ。
「あれ?この魔導体、魔力の供給が止まったのにまだ光ってますね……」
目的は半導体の調査だったから気づかなかったが、確かに、生徒の指摘の通りまだ光っていた。
多くの魔導体は、魔力の供給が止まると魔力はすぐに失われ光は消える。
しかし、いくつかの物質はしばらくの間、光り続ける事がわかった。
どうやら、魔力の消失には物質によって差があるようだ。
もちろん手持ちの全ての物質に対して再調査が行われた。
当時の学生は語る。
「その実験は三日三晩にわたって寝ずに行われました……。
学生達は眠くて死んだような目をしているのに、先生の目はイキイキとしていて怖かったです……」
一つだけ、放置されていてもほとんど魔力を喪失しない物質が見つかった。
光を放つことは無く魔導体ではないと考えられていた物質だった。
魔力を流さないのではなく、蓄え続けるため、光らないようだ。
研究者は、いつまでも魔力を保存し続ける物質――記憶媒体と命名した。
魔力を維持できる物質の発見に、一番喜んだのは意外にも学生だった。
夜通し研究を続けている研究者のために、昼間のうちに記憶媒体に魔力をため込んでおくことができるようになった。
学生は十分な魔力量を注ぎ込むと「お疲れさまでした」と帰宅していった。
授業に使われる魔導書を見て、もしかして、と思った研究者は魔導書を詳しく調査した。
魔導書の表面は特殊な素材でコーティングされていた。
ついにその素材が何か判明できなかったけれど、その素材は記憶媒体と同じ性質を持っている事は分かった。
この星の物ではないかもしれないと研究者は考えていた。
魔導体、半導体、記憶媒体の発見が、魔力を持たない研究者の研究を加速させた。
うまく並べると簡単な計算ができた。研究者はそれを基礎理論として確立する。
さらに、高密度に集積し組み合わせて並べることで複雑な計算も可能になった。
それは“機械”と呼ばれた。
やがて、視認できない魔力と組み合わさって、通信機器へと進化した。
今では、国民の多くに携帯電話として普及している。
魔力を持たなくても使える、非常に便利な優れモノだ。
現実世界では電気を使って機械を動かすけれど、この世界では魔力で機械を動かしている。
この国の発展については、いつ読んでも心が軽くなる。
私は口角を上げて、報告書を机に戻した。
不意に、例の大臣と目があった。
気が付かなかったけれど、読み終えるのを待っていたようだ。
顔はすぐに真顔に戻る。
「国は順調に発展しているようですな」
大臣は手にした資料を机に置いた。
よかった。今日は増税のお話じゃないみたい。
私は、大臣が持ってきた資料にも目を通していく。
前回、被災して一つ考えたことがある。
国には、最低限必要な生産力というものがある。
それは、復興時に必要な建築や土木だけじゃない。
食料や生活必需品だって必要なはずだ。
世界は常に発展している。
農業国だった国が、急に工業化するかもしれない。
今、輸入できている物をいつまでも輸入できるとは限らない。
それに、何らかの原因で輸送ルートが閉ざされることだってあるかもしれない。
通常は他国に頼っている製品だとしても、いざという時には自国でも生産できた方がいい。
そんな事を考えながら、資料を確認していった。
一見、バランスよく問題なさそうに見える。
けれど、若者の就職先には明確に差があった。
若者の職業のばらつきはそのまま未来の職種の偏りにつながる。
厳密に理由を確認しておく必要があるかもしれない。
「随分と、若者の就職先に偏りがあるようですね」
「ええ、そのようですな」
「なぜだかご存じ?」
「今、成長無くして賃上げなしという風潮が国内で広まっているようですな」
実にその通りだと私も思うのです、と大臣は言葉を続けた。
この国の成長は目覚ましい。
けれど、全ての産業が一律で同じように成長しているわけではない。
農業や製造業は、消費に限界がある。
輸送業や土木などの肉体労働は成長性に限界がある。
それに対して、新しい通信業の分野の成長は目を見張るものがある。
それを知ってか知らずか、若者はちゃんと仕事を選択しているようだ。
華やかな職業を選びがちかと思ったけれど、そればかりじゃない。
給料の伸びに陰りの見えるような職業は明確に避けていた。
経済の成長に伴って、生活水準は上がる。
それを維持するためのお金も当然増える。
携帯電話だけじゃない、皆、おしゃれにも気を使うようになっている。
そんな中で“成長無くして賃上げなし”という言葉が一人歩きしていた。
インフラを支える輸送や製造業、農業の賃上げが十分にされなくなった。
もちろん、国にとって成長産業は必要。
けれど、国を支えるインフラを守る仕事も同じように必要だ。
成長産業ほど華やかではないかもしれない。
毎日淡々と仕事をこなす、地道な仕事と敬遠されるかもしれない。
けれど、国を支えている立派な仕事であることには違いない。
私は、そんな人達にもこの国の成長の恩恵を受けられるようにと、努力してきたつもりだった。
にもかかわらず……。
こんな言葉のせいで、成果の上がらない人には賃上げ不要、という理屈が広まってしまっている。
若者が皆、成長産業のみを志すようになってしまっている。
成長産業は、あたりはずれが大きく、ギャンブル要素が強い。
それに、少しでも成長が遅れると、すぐに時代に取り残されてしまう。
そんなリスクある職に、若者の多くをつかせるわけにはいかない。
若者の大半には、堅実な仕事についていてもらった方が国としても安定する。
そもそも本当に成長するべきなのは、会社であって個人ではない。
個人の成長に伴って、会社も成長しなくてはいけない。
成長した個人に頼りきった会社になってしまうと、会社が不安定になる。
どんな個人でも安定した成果を発揮できる会社を、会社が目指すべきだ。
そして、それこそが個人ではない会社としてのメリットのはずだ。
私は、税制を見直すことにした。
労働人口の割合が、私の理想とするバランスになるように税を変える。
インフラや農業、製造業など、成長の見えづらい産業もしっかりと給料が上がるように税制を整える。
補助金や給付金ではだめだ。
手続き自体が負担になるし、他業種と比較しひけめを感じることにつながる。
業種ごとに税率を変える、そんな仕組みが必要だ。
どんな業種でも、国の成長に伴って給料は上がっていく。
そんなメッセージとして伝わってくれればいい。
そしてそれが、新しい産業を生み出す原動力にもつながるはずだ。
しばらくの間、若者の就職状況と税制をにらめっこする日々が続きそうだ。




