「あしがと」足跡
「ありがとうとか、そんな感じ?」
わざと、舞ちゃんの言い方をまねているのだろう、どこか大げさに”が”を強調して言う来栖の言葉に、”あ”と”が”が”だからとありがとだと思ったのだが……残念ながら違うらしい。
「いや、これは、ものの名前……ん? ものか? えーっと……」
「なんかあやふやな代物なのね」
もの、なのかどうかあやふやな白物で、あしがとに似ている言葉っていったら、なんだろう? あまりにあやふやすぎて、もっとわけがわからなくなった。
ともかく、ありがとうは違うのだろう。挨拶とかかわいいやえらいなんかのほめことばなんかも違うんだろう……でも、者かどうか悩むものというのがまた、よくわからない。
それこそ、霞をつかむような話になってしまい、頭がショートしかけてしまう。
「うーん、なんかこう、どういうシチュエーションで出てきた言葉なのかとかも教えてよ」
「うん、お風呂上りにだねぇ、びしょびしょの頭とか体とかを拭いてあげているときによく言うんだ」
「やっぱ、ありがとだろ?」
重ねてありがとうだと主張してみるが、来栖は首を振って見せる。どうやら本当に、ありがとうではないらしい。
風呂上りに体を拭いてあげて、ありがとう以外の何を言うというのだろうか。
「タオル、バスタオル、パンツ……あ、まだオムツ?」
「いや、もうパンツだよ」
「そうだよねぇ……着替え、パジャマ、かわかす?」
関係しそうな言葉をいくつもあげてみるが、それっぽい言葉が見つからない。
「ふふふ、着替えに着目するのはいいのだけれど、あしがとはもうちょっと前だよ」
「前? えぇっと……上がり湯とか?」
「それは前に行き過ぎたな」
上がり湯の後で、着替えの前……拭いてもらっている最中。そこに関係することで舞ちゃんが目にするものといえば……。
と悩んでいたところで、来栖がわざとらしく床を踏みしめた。来栖の足元を注目してみると、そこには来栖の靴からこぼれ落ちたのだろう土が少し残っていて、靴の溝の形に残っている。
「おい、汚いだろ、お店の人のためにも掃除しとけ」
「えっこれぐらい勘弁してよ」
「足跡残して……あぁ……あしあと……」
思わず口にした言葉で、合点がいった。あしがと、あしあと、”あ”が”が”になっているが、そのままじゃないか。
「うちさぁ、お風呂マットの代わりに珪藻土のプレートを置いてるんだ。あれ、速乾だってうたい文句のやつ」
「なるほど、そこに足跡がつくのが楽しいわけか」
小さな足跡をいっぱいつけて楽しんでいる姿が思い浮かんで、思わずほっこりしてしまう。
「かわいかろう」
それには頷いておくものの、とりあえず来栖のかわいくない足跡は、蹴飛ばして散らしておいた。




