「いさぎ」兎
「潔しとかそういうこと?」
絶対違うだろうなぁと思いつつ問いかえした言葉に、当然かな来栖は首を振って見せる。
普通、耳慣れぬ言葉を聞いた際、初めの一音は印章が高いせいで正しくなるもの。そして、中ほどが怪しくなり、最後が耳に新しいせいでまた正しくなるもの。と思うのだけれども……舞ちゃんは、見事に一語目から明後日の方向に行くことがおおいよう。つまり、この”いさぎ”の”い”も信用できるものではない。
さらに言うと、3文字という文字数も同じかどうか怪しい。
「ん? でも、いさぎ? いーさーぎー、いー……あ、ウサギ?」
「おう、ライもそろそろ舞ちゃんマスターに近づいてきたな」
「いらんわい、そんな称号」
なんとなぁし意味がとれないでもないのが、幼児の間違い言葉というものか。いやもう、前後の状況とか、見てるものとかわからないと、ちょっとわからないでしょ。
とりあえず、無駄に得た舞ちゃん語の経験のおかげで、いさぎはすんなり理解できたが、そうなると、気になるのはそうなった理由である。
「なんでいさぎ? うはそんなに発声しにくい? うーん、うー、うーうー」
唸っていると、ふるふると来栖が首を振って見せる。
「うちのお風呂場には、今、幼児向けの五十音の表が張られているんだ」
「あ、水で壁にひっつくやつ?」
「そう、そこには、あなら飴の絵、いなら犬の絵が描かれていて、その文字が想像しやすいように表現されているんだけれど……絵が、でっかいんだ」
まぁ、絵がでっかいほうが……というか、かわいいイラストがいっぱい描かれていたほうが、子供にはうけがよかろう。マス目いっぱいに描かれているのだろう犬の絵を想像して、うんうんと頷いて見せる。
「そして……犬とか猫とかなんかは、普段から散歩している人をみかけるからなじみはあるけれど、ウサギはそこで初見だったんだ」
「まぁ、ウサギを散歩させることはそうそうないだろうからねぇ」
最近、公園でリードをつけてピクニック中の人をみかけたのだが、やはりそうそうしているものではなかろう。
「あいうえおを理解して、イラストを見て……ウサギイラストのそばにあった”い”を頭につけてしまったんだ」
「なんでだよ~」
続く来栖の説明に、思わずひたいに手を置いた。さすがは舞ちゃん、来栖の姪っ子である、発想が斜め45度をいっているらしい。
「んじゃ、あれか? いぬも下手したらあぬになってたのか?」
「まぁ、可能性がかなったわけではないんだろう」
「とりあえず、その表は即刻ひっぺがせ」
その表が悪いとは言わないが、とりあえずそう指示を出しておくことにした。




