第七話 「新人」
俺はロストラムに入隊して二年目の新米兵士だ。
所属は第一層本拠地で巡回警備を担当している。
一年目は第一層の中でもかなり田舎の僻地に配属させられてその地区の治安を維持することが任務だったが、居住環境が本当に最悪だった。
風呂に入ろうにも透明な水が出てくることはまずない。
僻地なので食事も満足に運ばれてくることはなく、一日一食も珍しくはない。
自分が男でなかったら間違いなくその不衛生な環境からリタイアしていただろうし、自分が新兵でなければ地底世界の治安を守っている偉大な存在であるにも関わらず平民よりも劣悪な生活を強いられるあの環境に怒りを禁じ得なかったであろう。
しかし聞いたところによると、あの配属は一年目新兵の通過儀礼のようなもので毎年新兵が配属されるそうだ。
今後あそこに行かないだけでも大分救いだが、二年目の完全抽選で決定した配属先の第一層本拠地は本当に居心地が良く快適だ。
第一層は第二層以降の各層とは違って四天王が管轄していない層なので、他の層と比べても管理が少し緩いらしい。
俺の上司もたまに勤務時間中に抜け出して酒を飲んでいることもあるほどだ。
そんな場所で軍歴を積むことができるのは、俺にとってはとても都合が良い。
実力を向上させたい場合は自己研鑽に励み、休みたい時は勤務時間中に羽を伸ばせる。
今のところ羽を伸ばしてばかりだが、その分修行の時はしっかりやろうと入念に計画を練っている最中。いつ実行に移すべきか熟考して気を伺っているのだ。
しかしそんな安寧の地にこれからひと嵐訪れる予感がしている。
今日は第一層の視察ということで第二層管轄四天王のキリア様がいらっしゃる。
そして俺はそのアテンド役の一員になってしまった。
今日も平和に今後の修行計画を立てようとしたのだが、乱されてしまったものだ。
ロストラムにある各層を行き来することができる隊員専用の昇降機、その前でキリア様をお出迎えする。
約束の時間の二分後、昇降機の扉が開いてキリア様と初めて相対した。
この顔を見た時に思ったこと。なんというか、たぶん去年自分が『不遇だ』と思った劣悪環境以上の地獄を味わってきたんだろうなというような目をしていた。
あれは地獄を見てきていないとできない目だ。
昇降機を降りて本人が近づいてくる。
周りには自分以外にもアテンドする兵士が何人もいるが、その場には自分とキリア様しかいないのではないかと思うほど没入させてくる存在感。
これが四天王か。
すると、昇降機を降りて流れるようにその頭が俺の目の前で下がった。
なんだ?なぜ自分よりも圧倒的強者が自分に膝をついて頭を垂れている?
するとゆっくりとキリア様が立ち上がって自分に微笑みかけた。
「よく掃除の行き届いている床だ。お前は勤勉だな」
俺はキリア様が千里眼の持ち主だと思った。
「ど、どうして......?」
「お前がこの中で一番の新米だ。掃除は新米の仕事だろう?」
昇降機の扉が開いてからわずか数秒で、ここにいる全員の力量を測ったというのか。
「これも私の仕事の一つだ。お前達の仕事ぶりを視察し、この世界の人々の顔を見る。それは武力だけではなく、日々の勤惰も同じことだ」
キリア様はきっと、時間を超越して見通すことができる千里眼をお持ちなんだとここで確信する。
「しかしもちろん私達が主として研ぎ澄まさなければならないのは武力だ。いざという時、お前を守るのは私。しかしお前にも守るべきものがある。そのために日々の仕事を怠るな」
そう言ってキリア様は視察に行かれてしまった。
俺は次の日が非番だったので現場にはいなかったが、キリア様が紛れ込んだ地上人と戦ったらしい。
惜しくも取り逃がしたそうだが、それでも凶悪な地上人を相手にUnderworldの住民は誰一人として怪我をしなかったそうだ。
あの時のキリア様の言葉を俺は生涯忘れることはできないだろう。
胸に刻んで、今日も来るべき日の為に剣を振る。




