9話 白き翼
セルナとフレットは酒場に入って真っすぐカウンターへと向かった。
客たちがセルナとフレットをチラッと見たが、特に声をかけたりはしなかった。
「店主、情報を買いたい」
セルナがカウンターの椅子に座って言った。
フレットがセルナの横に座る。
「どんな情報だ?」
50代のマッチョな店主が皿を磨きながら言った。
セルナは店主に【記録詠み】を使用。
不正行為・無許可での情報売買が多数、国家機密情報の売買3件、不法侵入多数、傷害多数、不正教唆多数、エトセトラ、エトセトラ。
まるで不正のバーゲンセール。
バリバリのスパイ。
とはいえ、酒場で情報の売買をやっているのだから、工作員や諜報員は引退したのだろう、とセルナは思った。
「アカデミーの新入生について」とセルナ。
「ああ、そいつはホットな情報だぜ嬢ちゃん」店主が磨き終わった皿を食器棚に戻す。「情報は三種類売ってる。一番安いのは『各学科の主席と次席の情報』だ」
「残り二種類は?」
「1つは」店主が指を一本立てる。「『各学科のAクラスに所属する者の情報』」
アカデミーのクラスは成績の良い者から順にA、B、C、D、Eと振り分けられる。
ちなみにセルナとフレットは真ん中のCクラスだ。
「もう一つは、更に『我々がピックアップした生徒の情報』」
「価格は?」
「リブラと聖貨どっちで?」
「リブラだ」
リブラは帝国が発行している通貨で、硬貨や紙幣に天秤が描かれている。意味は『等価交換』だ。
聖貨は教会が発行している通貨で、大陸全土で使用できる。価値は100リブラで1聖貨ほど。
「主席と次席の情報だけなら100万リブラ」
一般的な平民が一か月働いて得られるリブラはだいたい15万~30万ぐらい。
それを考えると、かなり高価だ。
「Aクラスの情報は1000万リブラで、ピックアップ情報は追加で500万」
「なら1500万か。払えるかい?」
セルナはフレットに視線を移してから言った。
「……こ、小遣い全部なくなるけど……買……」
「待て。ここで全部使うのはまずい」
買うと言いかけたフレットを、セルナが制する。フレットのお小遣いはSIUの活動資金なのだ。ここで0にするのはセルナ的にはナシだ。
というか、伯爵家の令息が数年貯めたお小遣いが消し飛ぶレベルの情報料は高すぎる。
SIUが同じ情報をもっと安く販売すれば客を奪えるな、とセルナは思った。
「ピックアップ情報だけ400で売ってくれ」
セルナは店主に視線を戻してから言った。
「バカ言うな、値引きはきかねぇ。嫌なら消えな」
「でもディープアイズは同じ情報を400で売ると言っていたよ」
もちろん嘘だ。
けれど、普通に考えればこの時期にアカデミーの新入生を調べていないはずがない。
「ふざけるな、連中と俺らの情報は同じじゃねぇよ。ピックアップした人物だって同じかどうか分からん」
「ほう。君らディープアイズの情報は持ってないんだね?」
ちなみに、セルナも持ってない。
「だったら何だ? ディープアイズが好きならそっちで買えばいいだろうが」
「なら、ディープアイズのピックアップ情報と交換なら?」
「横流しするってのか? ディープアイズに殺されるぞ嬢ちゃん。悪いことは言わねぇ、そういう危ない橋を渡るのはよせ」
「冗談だよ。私だって命を惜しい」
まぁそうなるよね、とセルナは思った。
セルナだって情報を横流しした裏切り者を殺したのだから。
あれは客ではなく内部の人間ではあるけれど。
「嬢ちゃんが何か売れる情報を持ってるなら、100万で買ってやってもいい」
「たとえば?」
「嬢ちゃんの正体」
「そうか、私はピックアップされてるんだね?」
セルナが言うと、店主が目を見開いた。
「なるほどなるほど。なんせ私は魔法士タッカーの弟子で、アルカサル公爵家の特徴を持っていて、今はボニージャ伯爵家に世話になっている。かなり興味を引く存在だね」
クラスは真ん中だけど、とセルナは心の中で呟いた。
「実際どうなんだ? アルカサルなのか?」
「それを100万で買うと?」
「ああ。ただし嘘だと分かったら倍にして返してもらう。そういう流儀なもんで」
そして払えなければ殺すのだろう、とセルナは予測。
セルナなら嘘だと分かった時点で殺害するが、白き翼は儲け重視。金で解決可能ならそうするタイプの組織。
「ふむ。私がアルカサルかどうかは話せない。悪いね」
公爵家を騙れば命はない。だが、相手が勝手に勘違いする分には都合がいい。だからセルナはあえて否定しなかった。
「話せない、か……」店主がジッとセルナを見つめる。「かなり特殊な状況にいる、と推測されるが……」
「だから何も話せないってば。もういいよ。500で買うから持ってきて」
セルナが言うと、店主がふぅ、と息を吐いた。
それからミルクを二つグラスに注いでセルナたちの前に出した。
「飲んで待て、すぐに持ってくる」
店主はカウンターから出て二階へと移動した。
「む、このミルク、美味いじゃないか」
「セルナ、口の周り白くなってるよ」
「君もね」
そうして2人はほのぼのと笑い合った。
◇
「あれ絶対アルカサルだぞマスター」
店主は二階のギルドマスター室で言った。
「順を追って説明しろよタコ。入室早々んなこと言われても分かるかよ」
マスターは執務机に脚を投げ出していて、右手には書類を持っている。
マスターの大きな執務机とは別に二つの執務机があって、そこでは女性二人が書類に何かを書き込んでいる。
「セルナとフレットが揃って酒場に来た」
「……えっと、俺はあれか? 何でも記憶できる超人か? 違うよな? 前代はできたかもしれねぇけど、俺は無理だぞ?」
マスターは20代後半の男性で、最近代替わりしたばかり。
「アカデミーの新入生でピックアップされてた子たちよ」
眼鏡をかけた女性が溜息混じりに言った。
「あ、あれか、確か魔法士タッカーの弟子! アルカサルの特徴を持つ謎の少女!」
「それだそれ」と店主。
「フレットの方は?」とマスター。
「ボニージャ伯爵家の長男」と眼鏡の女性。
「あー、あのイカレ令嬢アレシアの弟か……って、そいつらが揃って?」
「昨日更新された情報で」眼鏡の女性が言う。「セルナはボニージャ伯爵家に滞在してるとありましたが?」
「だから全部の情報を覚えてるわけねぇじゃんって! つか伯爵家にいるならもう貴族じゃん! アルカサルじゃん!」
「だからワシがさっきからそう言ってるんだが?」と店主。
「そうかよ。それで? 何の用で来たんだ? 酒飲みに来たわけじゃねぇよな?」
「アカデミーの情報でしょ、この時期なら」と眼鏡の女性。
「それだ」店主が頷く。「出してくれ。ピックアップ情報だけでいい」
「少し待ってくださいねぇ」
もう一人の女性が、奥の部屋へと移動する。
少し待つと、女性が分厚い封筒を持って出てきた。
ピックアップ情報の複写だ。
女性はそれを店主に渡す。
「ちっと気になるから、俺が持って行こう。話しておきてぇな、噂のセルナちゃんと」
「ロリコン」
眼鏡の女性がボソッと言った。
「ちげぇよ! 俺ロリコンじゃねぇよ!? 本当にちょっと実物見ておこうと思っただけよ!?」
「分かったから早く行け」
店主が言って、マスターが立ち上がる。
それからマスターは店主の封筒を奪って部屋を出て、一階を目指す。
そして。
「おい、マッチョな店主がなぜ貴様のようなニヤケ面の軽薄男に変わったんだ?」
「セルナちゃん辛辣ぅ!」
マスターが言うと、セルナは「ふむ」とマスターを見つめた。
その瞳はどこまでも深く、全てを見通しているようでマスターはゾッとした。
幼い頃から情報ギルドで育って多くの死線を超えてきたマスターが、まるで深淵に覗かれているような、そんなよく分からない不安感を覚えた。
(なんだこの子? 普通に怖いんだが?)




