8話 私の秘密を教えてあげる
「どど、どうやってここに?」
フレットは警戒した様子でそう言った。
「あの怪物がいなければ、住宅に侵入するぐらいは難しくないです」
ムフー、とカルラが鼻息荒く言った。腰に手を当てて、小さな胸を反らして。
「怪物……?」とフレット。
「あなたの姉のことです。あの飢えた野獣みたいな女を怪物と呼ばずして、一体この世の何を怪物とするのか」
カルラがやれやれと肩を竦める。
「飢えた野獣とはいい表現だ」セルナが言う。「でも、必要以上に彼女を恐れる必要はない。いずれ消えてなくなるのだから」
「はいお姉様!」
カルラがキリっとした表情で返事をした。
「さて、そろそろ出てきたまえジャック」
セルナが言うと、柱の陰から緑髪の少年が出てきた。
フレットはまたまたビックリして目を丸くする。
「ういーっす」
ジャックが右手を上げなら挨拶。
ジャックは14歳の少年で、顔立ちは普通。可もなく不可もないのだが、人当たりがよく、工作員に向いている。
髪の長さはミディアムで、前後左右にカールしたくせっ毛。
ジャックは全体的に、気さくで親しみやすい雰囲気をまとっている。
「ではまず報告から聞こう」
セルナが言うと、カルラとジャックがそれぞれの孤児院の現状を話す。
二人とも孤児院はしっかり把握したので、孤児たちを情報収集のために街に放ったところだった。
「つっても、セルナのアレが欲しいな」
ジャックがニコニコと言うが、フレットの存在を気にしている。
「フレットはすでに同志。私の秘密を教えよう。驚くなよ?」
「今も僕、十分ビックリしてるけども……」
「ふふっ、私は実はギフト持ちなんだ」
セルナがフレットの頬に自分の顔を寄せてから言った。
フレットが頬を染める。
「ぐぬぬ……」
その様子を見ていたカルラが拳を握る。
「な、なるほど……。セルナのギフトがあると、その、セルナたちがやろうとしてることに役立つんだね?」
「その通り」
言ってから、セルナは自分のギフトについて詳しく教えた。
それから。
「でも同志フレット。私は裏切り者だけはどうしても許せないんだ。これだけは、本当に、本当に、許せない。だからどうか、私を裏切らないで」
「も、もちろんだよ……えっと、同志セルナ……」
フレットが照れながら言った。
セルナが満足そうに頷く。
「では諸君、今後の方針をまとめる」セルナが言う。「アカデミー入学の前に、一度君たちの孤児院を訪れ、裏切りの有無を確認する。情報収集は、とりあえずできる範囲で行ってくれたまえ。特別なターゲットは私が入学してから決めよう」
「「アクセプト」」
カルラとジャックが声を揃えた。
「ある程度お金を稼いだら、通信用の魔道具を購入しよう。あると便利だから」
ちなみに、タッカーとクラーラにはそれで連絡が取れる。
もちろんタッカーに買ってもらったのだが、彼はかなり渋っていた。
通信用魔道具は意外と高いのだ。
「あ、僕が買うよ。2セットあればいい? 3セット?」とフレット。
「とりあえず2セット」
「任せて!」
フレットが右手で自分の胸をポンと叩く。
貴族の仲間は便利だな、とセルナ、カルラ、ジャックは思った。
「私たちの最終目標はユートピアを作ることだが、そこに至るのはまだずっと先のことだ」セルナが言う。「その過程の一つとして、SIUの拡大は急務。私はフレットと同業者について調べてみようと思う。できれば入学前に」
「じゃあ、午後から探そう!」フレットが言う。「ついでに街で買い物して、通信魔道具を買うよ!」
「うん、じゃあそうしようか。他、特になければ今日は解散」
言ってから、セルナはまずカルラの頭を撫でた。
カルラは嬉しそうに目を細めてから、その場から姿を消す。
セルナは次にジャックに寄っていき、ジャックの二の腕を軽く叩く。
「頼むよジャック」
「ああ。任せとけって!」
ジャックは嬉しそうにそう言ってから、その場を去った。
◇
セルナとフレットは伯爵家の馬車で帝都内を移動し、魔道具専門店を訪れた。
そこで通信用魔道具『共鳴の指輪』を2セット購入した。
共鳴の指輪は対になっていて、双方向の通信が可能。
人間の魔力を自動的に少しずつ吸収して常時受信可能状態になっている。送信する時には少しだけ多く魔力を入れる必要がある。
セルナはすでにそれを2つ(タッカー用とクラーラ用)持っていた。
指にははめず、紐を通してネックレス状にして首にかけている。
ちなみにリングの色やデザインがそれぞれ違うので、それで区別ができるようになっていた。
「さぁて、例の酒場に行ってみようか」
馬車の中でセルナが言った。
セルナの前に座っているフレットがコクンと頷く。
これから2人が向かうのは、伯爵邸の執事から聞いた情報ギルドの窓口だ。
「帝都には2つの大きな情報ギルドがある」情報の整理がてら、セルナが言う。「1つは帝国全土に根を張っている『白き翼』」
「貴族の顧客が多くて」フレットが言う。「帝都でも盛んに動き回っている」
この情報も執事から聞いたもの。
「もう1つは大陸全土で活動している超巨大な組織『ディープアイズ』」セルナが言う。「正直、大きすぎて誰も全容を知らない、と執事は言っていたね」
「僕たちが向かうのは白き翼の方」
ちなみに帝都の情報のみに限定するなら、白き翼の方が情報量は多い。
白き翼は元々の発祥が帝都なのだ。
「今言った2つは民間の業者で」セルナが言う。「帝室の意思決定に用いられる『帝国中央情報局』という公的な機関も存在する」
「それに我が家にも小さいけどそういうことをする部隊がある」フレットが言う。「ということは、他の貴族家も独自のネットワークを持ってると考えた方がいいね」
「ただし、それらは白き翼やディープアイズ、中央情報局に比べれば取るに足らない物だ」
貴族家独自の諜報部隊は、最終的には民間の情報ギルドに調査を依頼することがほとんど。
「確かに」フレットが頷く。「それでセルナ、僕たちは白き翼で何をするの?」
「特に何かをするわけじゃないよ。実際の調査能力を少し体感しようってだけ」
「なるほど。何を調査してもらう?」
「アカデミーの新入生で注目すべきは誰か、とかでいいんじゃない?」
「そっか、僕たちがアカデミーで接触するべき人間を絞るんだね」
「そういうこと」
まぁ入学すれば自然に分かることなのだが、事前に知っておいて損はない。
「ちなみに支払いの方は頼むよフレット」
「任せて! お小遣いの使い道がなくてずっと貯まってたから、まだまだ使えるよ!」
フレットがキラキラした瞳で、まだまだいくらでもセルナに貢げる宣言をした。
「ああ、余剰資産を理想のために惜しみなく使いたまえ」
そしてセルナもそれを肯定する。
「僕たちの目指す社会が早く訪れたらいいなぁ」フレットは夢見る乙女のような表情で両手を組んだ。「そこには姉さんの席はないんだよね?」
「もちろんだとも。ただ、今すぐに排除というわけにもいかない。どう排除するか検討しないとね」
単純に挑んだらまず負ける。
「そうだね。姉さんを殺すなら、ドラゴンを殺すつもりじゃないと……」
「そのレベルの毒を手に入れるか……?」
ちなみに、普通の毒は魔力で分解できるのであまり意味はない。
2星のセルナですら弱い毒は効かないし、それなりの毒も時間をかければ解毒可能。
「あるいは、帝国の敵にするか……」
いくらアレシアが強くても、帝国そのものよりは弱いはず。
ただ、そうなるとボニージャ伯爵家も大きな打撃を受ける。
「暗殺者を雇うのが一番か……?」
そんなことを考えていると、馬車が酒場に到着した。




