2話 聖女と民主主義
フーリヤ共和国、初代大統領となったヴィーラント・シェーレンベルクは玉座に腰を下ろしていた。
ひとまず王城の名称を大統領府に変更し、そのまま政治の中心地として再利用することにしたのだ。
「さぁ、聖女リベラータよぉ! 君は帝国にぃ! 民主主義を広めるためぇ! 出向してくれぇぇ!」
ヴィーラントは独特のイントネーションと巻き舌で言った。
玉座より一段低い床に、聖女リベラータが立っている。
リベラータは20歳の女性で、美しいブロンドヘアと白い肌が透明感と儚さを演出している。多くの者はリベラータを一目見ただけで守りたいと感じる。
「もちろんです大統領閣下」
リベラータがその白く美しい腕を広げる。
その場にいた衛兵や民主主義同盟の仲間たちがリベラータの動作に見惚れた。
この先、議員選挙を行って民衆を代表して政治を行う者たちを決めるのだが、今はとりあえず民主主義同盟の仲間とかつての王国の文官たちが政治を行っている。
「民主主義こそがぁ! 神が与えたぁ、最高の政治体制であぁる!」
ヴィーラントは28歳の男性で、黒髪にちょび髭がチャームポイント。美男子ではないが、清潔感があってパッと見の印象はいい。
「その通りです閣下!」リベラータが右手を胸に当てて言う。「我々教会は民主主義を全力で肯定し、全ての人間に行き渡るよう協力します!」
民主主義革命には教会も一枚嚙んでいる。なぜなら、投票なら聖職者は議員に選ばれる可能性が高いから。政治の中枢に入り込めるというメリットがあるのだ。
当然、フーリヤ共和国で行われる議員選挙にも司教が立候補する予定だ。
「すぅでにぃ! 我が同盟のメンバーが各国に散っているぅ! 世界を民主主義に染め上げるのだぁ!!」
「「大統領万歳!」」
謁見の間にいる者たちが足を踏み鳴らした。
「特にぃ! 帝国は地域大国であるからしてぇ! 帝国で民主主義が広まればぁ! その影響はぁ、すぅこぶる大きい! 故にぃ! リベラータが征くのだぁ!」
「お任せください! この世で最も素晴らしい主義ですから、誰もが心を打たれるでしょう! もしそうでない愚か者がいたならば! それは速やかに神罰を与えるべきです!」
リベラータが拳を握って突き上げる。
「「愚か者に神罰を!!」」
周囲の者たちが足を踏み鳴らす。それはまるで狂信者のようだった。
◇
よく晴れた休日。
アルカサル公爵邸の中庭には色とりどりの花が咲き乱れ、芝生の緑は長さがキッチリ揃えられている。小さな池には元気で煌びやかな魚が泳いでいた。
中庭は四方を屋敷に囲まれているので、外から覗かれることもない。
「厄介なものですね、民主主義というのは」
芝生の上で、セルナを攻撃しながらカルラが言った。
「まったくだよ」
セルナはカルラの攻撃を防御し、躱し、たまに手首を捻って転がしたりした。
2人は戦っているわけではなく、護身術の訓練をしているだけだ。セルナは自分の身を守ることに余念がないので、定期的に護身術の訓練をする。
カルラは本気ではないが、それなりの強さで攻撃している。
そんな2人の攻防を、エルフのティーネが芝生に座り込んで見ていた。ちなみにティーネはカルラと同じメイド服を着用している。
ティーネはすでに同志となっていて、カルラと同じく表の身分はセルナの側仕えだ。
「あいたっ!」
カルラのパンチがセルナの顔面にヒットしてしまう。
「あ、ごめんなさいお姉様」
「いや、いいよ。防げなかった私が悪い」
セルナはそう言ったが、鼻血が出ている。
ティーネがサッと立ち上がり、ハンカチでセルナの鼻を押さえた。
「セルナって弱くはないけど強くもねぇな」
執事姿のスタースがいつの間にかセルナの隣に立っていて言った。
「ご心配どうも」セルナが言う。「お茶の準備は?」
「完璧ですよ、お嬢様」
スタースが丁寧に礼をしながら言った。
スタースはさっきまで中庭の真ん中辺りにある東屋でお茶の用意をしていた。
セルナの「あいたっ」の声でサッと寄って来たのだ。
「もういいよティーネ。止まった」
セルナが言うと、ティーネがスッと離れる。それから、ティーネは新しいハンカチを出してセルナの顔に付いた血を綺麗に拭う。
セルナが「ありがとう」と笑顔を向けると、ティーネは照れて頬を染めた。
セルナが東屋に向けて歩き始め、みんなもあとに続く。
東屋にはテーブルが1つと、そのテーブルを囲むような形のベンチが設置されている。
セルナがテーブルの長い辺の真ん中に座ると、セルナの右手側にカルラ、左手側にティーネが座った。まるでそこが指定席であるかのように。
スタースはみんなのティーカップにお茶を注いだ。
「民主主義革命の波は必ず帝国でも起こる」セルナが言う。「我々はこれを阻止する必要がある」
「当然ですね」カルラが頷く。「人気投票で全てが決まる制度なんてクレイジーです」
「その通り、私が唯一の指導者として立った方が絶対に素晴らしい世界を創造できる」
「まぁでもさ、今すぐ革命が起こるわけじゃねーし、焦んなくてよくねぇ?」
スタースは自分のお茶を注いでからセルナの対面に座った。
「そう思っていたが、どうも事情が変わったようだ」セルナが言う。「本来、こちらで本格的に民主主義が広まるのは5年は先のことだと分析していたのだけど、あえて帝国を狙って革命を起こそうとしている節がある」
「でもさ、革命が起こって人気投票やるなら、お前ら3人が為政者になれるんじゃない?」
スタースはセルナたちの顔を順番に見ながら言った。
「ま、自分たちは美人ですからね」
13歳になったカルラが自信満々で言った。
カルラの髪型はずっと同じサイドテール。桃色の髪は公爵家で生活するうちに気付いたら艶やかになっている。まるで貴族令嬢のようだ。
ただ、13歳の頃のセルナと同じように胸はぺったんこだった。
しかし残念な胸と違って、戦闘能力と魔法は信じられないレベルで向上している。特にカルラが『セルナシリーズ』と名付けたオリジナル魔法は目を見張るものばかり。
「カルラは美人って言うか、可愛いが先に来るけどね」
スタースがニコニコと言った。
スタースは帝国で最凶のアサシン一家の息子なのだが、全然そんな風に見えない。
「ふふっ、そんなに褒めても何も出ねーですよ」
ニヤニヤとカルラが言った。
最近のカルラは油断すると昔の口が悪かった頃の名残が出るようになった。
カルラが気取って一人称を『自分』にして丁寧に喋るようになったのは、セルナがSIUを作ってからのこと。
「話を戻すが」セルナが言う。「どうも大聖堂の聖職者たちが信徒に説教する傍ら、民主主義について話しているようなんだ」
直接確認したわけではない。SIUから上がって来た情報だ。
「革命に教会が噛んでるって?」とスタース。
「疑惑段階だけど、私はそう思ってる。彼らは人気投票なら選ばれる可能性が高い」
「今でも強力な教会の力が」カルラが言う。「国家の中枢にまで食い込んで更に強まるわけですね」
「そういうこと」
「あ、もしかして」カルラが思い出したように言う。「帝都の大聖堂に来るっていう噂の聖女様って……」
「ああ、お察しの通りだよカルラ」セルナが言う。「その聖女、フーリヤの大聖堂の所属らしいよ」
「一気にきな臭くなったなぁ」とスタース。
これが偶然であってたまるか、とセルナは思った。
「アカデミーの連中はミーハーだから純粋に聖女を楽しみにしてるんだよね」セルナが溜息混じりに言う。「一応、軽く注意するようには言っているけども」
同志が大勢聖女に寝返って大量粛清なんて洒落にもならない。
「まぁそれはそれとして、このあと聖女の情報と革命の情報を買いにディープアイズに行こうと思う」
最近のセルナはディープアイズからも情報を買うことがある。ただ、白き翼ほど仲良くはなっていない。
「最悪、聖女を排除する」セルナが言う。「聖女は民主主義の尖兵だろう、どう考えても」




