3話 聖女について
セルナが自室のベッドでゴロゴロしていると、共鳴の指輪に魔力反応があった。
セルナは共鳴の指輪を複数持っていて、よく使うものはネックレスにして首から下げている。
しかし今反応があったのは左手の薬指だ。
「セルナ、俺だ。話せるか?」
「いいともクヌート」
セルナは身体を起こしてから左手を口に近づける。
セルナはアカデミーから帰ってすぐにベッドにダイブしたので、まだ部屋着に着替えていない。
「帝室で聖女の歓迎パーティを開くことになった」
「ほう。帝室は教会とは微妙な距離感だったと思ったけど」
現皇帝があまり宗教を好いていない。だから教会を優遇するようなことはないし、媚を売ることもなかった。もちろん敵対する気もないのでほどほどの距離感に落ち着いていたが。
「だが帝国に聖女が来るのは20年ぶりだ。無視はできん」
教会側も帝国での活動はあまり活発ではなかった。宗教に理解を示さない皇帝と揉めないためだ。
「なるほど。それで私にも同伴しろって?」
「ああ。俺の婚約者だからな」クヌートが言う。「俺も今、帝都に戻っている最中だ」
「分かったけど、聖女は民主主義の信奉者だよ」
「ほう」
「つまり私たちの敵ってことだよクヌート」
「そうは言っても、聖女をどうこうできんだろう」
「まぁそうだね。だから陛下に民主主義禁止令を出して欲しいんだよ。教会の奴らが信徒に民主主義を広めようとしている」
「……言うだけ言ってみるが、別に最後には武力で潰せばよかろう?」
革命の恐ろしさを理解していないな、とセルナは思った。帝国軍や竜絶から民主主義に鞍替えする者だって出てくるはずだ。
「ま、君の武力に期待しておくよ」
セルナはこれ以上の問答は無意味だと思って話を打ち切った。やはりSIUが主体となって民主主義の防波堤になるしかない。
とはいえ、教会が後ろ盾なら民主主義をすぐに根絶することは不可能に近い。精々、セルナたちにできるのは民主主義の浸透を遅らせること。
そして遅らせている間にセルナが帝国の実権を握り、帝国内の教会ごと速やかに弾圧するのが現実的。
まぁその場合は教会が聖戦を仕掛けてくる可能性が高いので、よく考えてから実行しなくてはいけないが。
「任せておけ。俺の理想の軍国は教会などには負けぬ」
クヌートは自信満々に言ってから、聖女歓迎パーティの日時を告げて会話を終えた。
セルナは小さく溜息を吐いてからベッドを降りる。
ちょうどティーネがお盆を持って部屋に入って来た。セルナが頼んでいた冷たいジュースを持ってきたのだ。
ティーネはテーブルにお盆を置き、ジュースのコップをいつもセルナが座るソファの前に置いた。
セルナはいつものソファに座ってジュースを飲む。よく冷えたリンゴジュースで、ふんわり甘くて美味しかった。
セルナは半分残してティーネに「残り飲んでいいよ」と言った。
ティーネはパッと笑顔になってリンゴジュースの残りをゴクゴクと飲む。見た目の年齢はセルナと同じぐらいだが、妹のような感じで可愛かった。
ちなみにカルラには休暇を与えている。といっても休んでいるのはメイド業だけで、カルラは今、SIUの新規人員の訓練を行っている。
もちろん、カルラが訓練するのは真の同志の方。仮の同志はいずれ切り捨てる可能性が高いので、本気で育てる意味はない。
「ティーネ、民主主義革命と聖女のことは頭に入ったかい?」
セルナが聞くと、ティーネがコップを置いた。全部飲み干していた。
「……はい、同志」
「では話して」
セルナはティーネを自分の後継者に考えている。エルフは寿命が長いので、セルナが死んだあとのことを任せられるからだ。
「ん……。フーリヤ共和国での革命は……教会と民主主義同盟の合作で……」
ディープアイズから買った資料の内容を噛み砕いてティーネが言った。
ティーネは革命について間違うことなくセルナに伝えた。しかもちゃんと自分なりに理解しているのだとセルナには分かった。
「大統領には……ギフトがある……。演説が熱を帯びるような……。非公開だけど、人々を扇動するような効果……恐ろしい」
「そうだね。帝国で演説されたら最悪だね」
まぁそんな機会はないだろうし、あったとしても阻止する。
フーリヤの革命は思っていたよりも短期間で成った。教会が協力したのも要因だが、一番はやはり大統領の演説だ。それがないだけ、帝国での革命阻止はやりやすい。
「聖女は……熱心に民主主義を広めていた……」ティーネが言う。「反対する者には……聖騎士を差し向けて……神罰だと言って粛清していた」
「まったく酷い奴だよ。聖女のくせに人の心がないんだよ」セルナが淡々と言う。「反対する者を粛清していいのは私たちだけだ。なぜなら私たちの理想だけが正しいのだから」
ティーネがコクコクと頷く。
「聖女には……ギフトがあるけど……民主主義や革命とは……あんまり関係ない」
聖女にしろ聖者にしろ、何かしら特別なギフトがあるからその地位に就いているのだ。
「ギフト名は……【祝福】。どんな怪我も、病気も……治せる。奇跡のギフト……。ただし、一日に治せるのは……1人だけ」
「とんでもなく有用なギフトだね」セルナが言う。「仲間に欲しいぐらいだよ。もちろん、民主主義の尖兵でなければ、だけど」
ティーネがコクコクと頷く。
「……聖女は、間違いなく……この帝都でも、民主主義を広げるはず……」ティーネが言う。「ティーネたちは……民主主義の浸透を遅らせるため……聖女を排除する……」
「その通り。正しい判断だよ」
セルナが笑顔を向けると、ティーネは少し照れたように頬を染めてから頭をセルナの方に差し出した。
セルナがその頭を撫でる。
と、共鳴の指輪に魔力反応。それはジャックと繋がる指輪だった。
「セルナ、報告がある」
「なんだいジャック」
セルナはティーネを撫でるのを止めた。
ティーネはコップをお盆に戻し、お盆を持って部屋を出る。
「民主主義同盟らしき人物を見つけたぜ」
「それはいい報告だね」
「ああ。酒場で民主主義について語ってるらしい。俺も現場に向かってるけど、どうする? 攫うか?」
「いや、監視を付けろ。他にもきっと仲間がいる。接触するまで徹底的に監視しろ」
「分かった。けど、攫って尋問した方が早くねぇか?」
「尋問に屈しない奴なら? 捕まると分かって自決するタイプだったら?」
「なるほど。それも含めて確認するんだな?」
「そういうこと。民主主義同盟の連中は革命を起こすような奴らだ。自分の命を大事にしない可能性が高いし、尋問への耐性も高いだろう」
革命とは本来、命を懸けて行うものだ。失敗したら間違いなく死が待っている。
一度成功させたらそれで満足する場合が多いのだが、連中はまた革命を起こそうとしている。
それも自分の国ではない、他人の国でだ。しかも帝国だけでなく、色々な国に工作員を送っているとディープアイズの資料にあった。もはや正気の沙汰じゃない。どっかおかしいに決まっている。
そんな連中の一人が、ちょっと痛めつけたぐらいで情報を漏らすはずがない。
「確かに。俺もちょっと考えが浅かった。監視は徹底させる」
ジャック自身は監視には参加しない。なぜなら、ジャックは今アカデミーの騎士科2年生という表の立場があるからだ。
「うむ。ところでジャック、聖女様の資料は見たかい?」
セルナと公爵家の子供たちが複製した資料をSIUの主要メンバーに配ったのだ。ちなみに見て覚えたら破棄するように伝えている。
「ああ。面白い悪癖があるじゃねーか、って思ったぞ」
「私もだよ。帝国でもその悪癖を出してくれれば、攻略しやすい」
「だな。どう攻略する?」
「聖女が悪癖を発揮したら、君がオーソドックスな方法で接触したまえ」
「その時に消すか?」
「いや、君が危険だからひとまず接触だけでいい。そこから仲良くなって、コントロールすることを考えてみてくれ」
「ああ。それはそれとして、今度カフェに行こうぜ」
「いいとも」
「じゃあまた!」
ジャックとの会話が終わり、セルナが背伸びをする。
着替えないとなぁ、と思っているとティーネが戻って来た。




