1話 民主主義革命
全ては順調に進んでいた。SIUは大きくなり、同志の数も増えた。
同志は大きく二種類に分けることができる。1つはセルナの理想に共感し、それを実現しようと思っている真の同志。もう1つは、不正などで脅され、仕方なく味方をしている仮の同志だ。
もっとも、仮の同志も長く行動をともにすれば真の同志に変化することもある。
全ては順調だ。問題があるとすれば、同志の数が増えるほどに裏切りの危険が高まるという点。セルナは定期的に【記録詠み】を使って裏切りの有無を確認するという作業が必須になっている。
なんだかんだ、ポツポツと裏切り者は出るわけで、当たり前だが全員粛清した。
「今日の教養の授業は私が担当します」
帝都アカデミー魔法科の教師であるステイシーが言った。
ステイシーは35歳の女性で、騎士科の男子たちの着替えを覗いていた過去がある。そのことは表には出ていないけれど。
アカデミーの生徒はいわゆるエリートで、どの学科でも教養の授業がある。将来、社会に出て困らないようにだ。
「早速ですが、フーリヤ王国で革命が起こりました」
ここはアカデミー魔法科3年生、Bクラスの教室。
セルナは「ほう」とステイシーの話に興味を持った。
セルナは15歳になっていて、漆黒の髪はセミロングに伸びていた。黄金の瞳は相変わらず全てを見通すかのように神秘的。
13歳の頃に比べ、明らかに女っぽい体つきになっていた。13歳の時はぺったんこだった胸が、少しだけ出ている。大きくはないが、あるものはある。背も数センチ伸びている。
「民主主義同盟という組織が起こした革命で……」
「民主主義だって!?」
セルナは机を叩きながら勢いよく立ち上がってしまった。
みんなの視線がセルナに向く。
セルナは少し照れたが、問題ない。どうせみんな同志なのだから。同学年の生徒は半分近く同志だ。このBクラスに限れば全員が同志。こつこつ増やしたのだ。
入学当時に思っていた同志100人作るという目標は達成した。
もっとも、最初に同志にしたニーナは成績が良くて3年生の前期が始まると同時にAクラスにいってしまったが。
「セルナさんは民主主義が何か知っているのですか?」
ステイシーが媚びるように言った。
ステイシーは今もずっとセルナの顔色を窺いながら生きている。セルナにとっては仮の同志以下の相手。何か使える時があれば使ってやろう、程度の相手。
ステイシーに理想を語るのはリスクが高い。なんせ、ステイシーは今もヴォルフと繋がっているのだから。そしてヴォルフは未だにセルナを監視しいている。
「もちろん知っている。由々しき事態だ」
言いながら、セルナは席に座った。
教室内がシンっと静まっている。みんなセルナがまだ何か言うと思っているのだ。その空気を察したセルナが、ステイシーに質問を投げかける。
「あ、フーリヤの王族や貴族はどうなった?」とセルナ。
「王族はギロチンです」ステイシーは資料を見ながら言った。「貴族も反革命派は漏れなくギロチンですね」
教室内が少し騒がしくなった。特に貴族の子息たちが「そんな……」などと呟いていた。ギロチンを恐れているのだ。
「最初の投票は行われたのかい? 為政者を選ぶための投票だけど」
「ええ、はい」ステイシーが言う。「新しい為政者のことを、大統領と呼ぶことにしたそうです。選ばれた大統領は民主主義同盟の盟主ヴィーラント・シェーレンベルクという男だそうです」
「……まぁそうなるか」
投票が正常に行われたかは不明だが、どうであれ革命を起こした人物が次の為政者になるのは当然と言えば当然。
「あの……為政者を選ぶ投票って何ですか?」
生徒の1人がおずおずと手を上げて質問した。
「先生もよく分かっていません」ステイシーが資料を読む。「どうも、民主主義というのは自分たちの代表を自分たちで選ぶらしいのです」
教室内がざわつく。みんなそれを理解していない。今まで選んだことがないのだから当然といえば当然だが。
「私が分かり易く説明してあげる」セルナが言う。「要するにね、スイーツ屋が一番人気のケーキを決める時みたいに、国民の人気投票で皇帝を決めるってことだよ」
更に教室がざわつく。
「それって大丈夫なの?」と生徒A。
「顔がいい奴が皇帝になるんじゃね?」と生徒B。
「君たちの疑問はもっともだ。結論から言うと、最低最悪の政治体制だよ」セルナが淡々と言う。「まず、多数決で物事が決まるという点が最悪。必ずしも多数派が正しいわけじゃない。でも投票によって数が多い方が正しいとされてしまう」
「法律も多数決で決まってしまう?」と生徒C。
セルナが頷く。生徒たちは困惑していた。
「賛成多数で可決、なんてね」セルナが肩を竦めた。「次に為政者を人気投票で決める点。見た目が良くて話が上手くて金をバラまく奴が支持を集めやすい。政治手腕はほとんど関係ない。たとえばだけど、投票前に『減税するぞ!』と声高に叫ばれたら投票してみようかなって気になるだろう?」
みんながコクンと頷いた。
「でも選ばれたあとは別にそれを実行しなくてもいい」
「ええ!?」と生徒たちが驚きの声を上げる。
「もちろん、言ったことを実行しないと死刑、なんて法があるなら別だけどね」
そんな法を民主主義国家の為政者が通すわけがない。
「いかに上手く国民を騙すか、が肝心なんだよ。そしてまだまだ問題点はある。何の知識もなくても投票が可能な点。まぁこれは投票できる人間をアカデミー卒業者のみに限定するなりすれば解決できるけど、バカな民衆を騙したい為政者たちはたぶん誰でも投票できるようにするんだよね」
生徒たちはゴクリと唾を飲んだ。
「あとは、みんなが政治に参加している気になってしまうこと。そしてそれを権利だと思うことだよ。あとで民主主義は間違っていると思っても撤回するのが難しくなる」
「ずいぶんと詳しいですね……」とステイシー。
「まぁね」セルナが肩を竦める。「間違った政治体制を選ぶわけにはいかないからさ。とはいえ、革命が起こったならその熱は必ず伝播する。帝国にも入ってくるだろう。でも君たちは騙されないでくれ。そしてよく耳を澄ませておくんだ。民主主義同盟の連中がいたら教えてくれ」
排除するから、と言外に込めた。
ステイシー以外は全員がそれを理解した。ステイシーがいなければ大声で「アクセプト」と生徒たちは応えただろう。
セルナの目指す理想の世界に民主主義は不要。それどころか理想を後退させてしまう。
◇
「民主主義革命の話は俺も聞いた」
共鳴の指輪からクヌートの返事が聞こえた。
ここはセルナの自宅のセルナの部屋。
「なら良かった」セルナが言う。「そのイカレた主義主張を帝国に入れないようにしてくれ。私たちの理想のために、ね」
「もちろんだが、今すぐにどうこう、というわけでもないだろう?」
クヌートはセルナのことを軍国主義だと思っている。セルナもそう思わせているが、実際にはクヌートを操ることで軍国化を制御している。
ちなみにクヌートはすでに皇太子に指名されていて、セルナがアカデミーを卒業したら正式に結婚する予定になっている。
「そうだね。今日や明日に帝国で革命が起きるわけじゃない。でも対処は早い方がいい」
「分かった。次にそちらに戻った時、陛下に話してみよう」
「よろしく頼むよ」
のんびりしてるなぁ、とセルナは思った。たぶんクヌートには実感がないのだ。革命が起こったのは遠い国の話に過ぎないというわけ。
SIUにはすでに民主主義に注意するよう言ってある。
セルナの現在の計画では、このまますんなり皇太子妃になって権力を得る。得た権力で色々と根回しを行う。未来のために。理想のために。
それから皇后になったらクヌートを粛清し、セルナが実権を握る。そうして理想の国へと変えていく。
「それはそうと、人気投票なら君は為政者になれそうだがな」
クヌートが冗談を言った。
「そうかもね」とセルナ。
もちろん民主主義を受け入れる気は毛頭ない。
3章開始です。2日に1回更新でいきます。
3章はコンパクトにまとめようと思っています。




