32話 特技は暗記と洗脳
「なんだお前たちは?」
ルビィの部屋の前に集まっている近衛の一人が言った。
「あーしらはセルナ様のメイド。使用人の待機室で待ってたけどぉ、なんかあったみたいだから、様子見に来たー」
メイド服のレーテがヘラヘラと言った。
「セルナ嬢、あなたのメイドですか?」
近衛の一人が言った。
ちなみに近衛たちはルビィの部屋の中には入ってこない。ドアを開けたまま、廊下で守備を固めている。
近衛の数は3人なので、アンシェル一家の2人が殺そうと思えばすぐ殺せる。もちろん、そんなことはしないけれど。
セルナは椅子に座ったままメイド姿のアンシェル姉弟を確認。
「大丈夫、私のメイドだよ。ルビィ、部屋に入れてもいいかな?」
「え、ええ。どうぞ」
「お邪魔しまーす!」
レーテは堂々と、スタースは少し緊張した様子でルビィの部屋に入った。
「ドアを閉めてくれるかな? 男性の諸君に見られているのはちょっと恥ずかしいんだ」
セルナは頬を染め、照れた風を装いながら近衛たちに向けて言った。
「あ、はい」近衛が返事をする。「廊下にいますので、何かあったら叫んでください」
言い終わったと同時に、近衛がドアを閉める。
この部屋は造りがしっかりしている。壁も厚くドアだって頑丈。つまり、普通の声量で喋れば外の連中に会話内容が漏れることはない。
「首尾は?」とセルナが鋭い表情で言った。
「余裕っしょ♪」レーテが言う。「てかセルナっぴさっきの表情良かったよー♪」
「近衛を何人か殺した」スタースが言う。「隠密行動してたけど、警備が厳重だったからさ……」
「移動中に姿を見られたから仕方なくって感じ~? あとメリッサの部屋を守ってた奴は邪魔だったから殺した」
「必要な犠牲だろう? 気にしなくていい」
「そ、そんな」ルビィが焦ったように言う。「ここ、近衛の皆さんはメリッサお姉様と違って、真面目に任務をこなしていただけなのに……」
ルビィは微かに震えていた。
セルナはそれを見て立ち上がり、ルビィの背後に移動。そのまま後ろからルビィを抱き締める。
「仕方ないんだよルビィ」セルナは囁く。なるべく甘く。「大義にはいつだって犠牲がつきもの。それに近衛たちは死ぬことも任務のうちなんだよ。これが一般人なら、私も悲しんだと思う。でも彼らは帝国軍の最精鋭だ」
「で、でも……」
「でもじゃない」セルナは吐息のように言う。「君は正しいことをしたんだ。メリッサが生きていたら、この先どれだけの人が不幸になると思う? 追い込まれた被害者、その遺族、そして私たち」
「で、でも……」
ルビィは右手でセルナの手に触れた。
セルナはすぐにルビィの手を握った。
「大丈夫。君は間違ってない。それでも苦しいなら、私に委ねればいい。何も考えなくていい。全部私が考えて、君は言われた通りにしただけ。これから先も、全部私が決めてあげるから」
◇
(こ、こえー!)
スタースはセルナを心から恐ろしいと思った。明らかにルビィを洗脳しようとしている。
能天気なレーテは「これ百合? ねぇ百合?」と楽しそうにしている。
(平気で弱った心に付け込んでいる。『君は悪くない』とか『君は正しい』とか、洗脳する奴の常套句だろ)
「セルナ……」と泣きそうな顔のルビィ。
「大丈夫。私がいつだって味方だから」
そう言った時のセルナの表情は、完全に無表情だった。そこに何の感情も入ってない。あまりに事務的。だけど声だけが優しい。
(こえー。親父やジジイより、セルナの方がこえーよ)
「ありがとうセルナ……」
「いいんだ。早速だけどルビィ、君はこれを公開してバルドメロとメリッサの側仕えを潰すんだ」
セルナがテーブルの紙束を指さした。もちろん背後からルビィを抱いたまま、繋いでいない方の手で。
「全てを公開する必要はない。あの2人が関わっているものだけを選別しよう」
「ど、どうして?」
「数が多すぎたら、捜査機関が調べるのも大変だし、なんで知ってるのって話になる。普通の情報ギルドはここまで調べられない」
「そ、そうじゃなくて、なぜ2人を潰す必要があるの?」
「理由は2つ。1つは、彼らがメリッサに手を貸していたから。彼らだけ罪を免れるなんて、被害者たちは納得するかな? ニーナの家と孤児院を襲うよう直接チンピラに指示したのは側仕えだしね。こんな犯罪者を帝城メイドとして残すつもりかい?」
「い、いいえ、そんな人がメイドとして帝城にいるなんて……」
「そう、つまり正義のためだよ」セルナが言う。おおよそ正義の味方とは思えないような淡々とした表情で。「そしてもう1つの理由は、君を守るためだよ」
「あたくしを?」
「そう。特にバルドメロは君に呼び出されている間にメリッサを殺された。君が手引きしたとまでは思わないだろうけど、怪しむ可能性はある」
(一番怪しまれるのは、その時一緒にいたあんただろセルナ)
スタースはそう思った。
セルナはルビィのためと言っているが、基本は保身のためだ。もちろん、ルビィのためも少しはあるだろうけど。
「やってくれるね?」
セルナは有無を言わさぬ感じだった。
「……そうね。バルドメロ卿は厄介だから、帝城から追い出しておきたいわね」
「うん。竜絶に戻られても困るしね」
言いながら、セルナがルビィから離れる。
「いい百合だったよ♪」
レーテが的外れな感想を口にした。
「君たちはこれからどうするんだい?」セルナが言う。「ここを出たら、ってことだけど」
「そりゃしばらくは地下に潜るだろうね」スタースが言う。「ほとぼりが冷めるまで数年、アンシェル一家の名前は使わないし、帝都からも離れるかな、たぶん」
「でもこれであーしら、皇族も殺せる最強のアサシンって噂になるっしょ♪」
レーテはとっても嬉しそうだった。
「そうか、まぁそうだね」
言いながら、セルナがスタースに歩み寄る。そして右手でスタースの肩を叩き、左手でメモをスタースのポケットに入れた。
セルナは次にレーテにハグをした。
スタースはレーテに見られないよう、メモの内容を確認。
『うちで執事をやらないか?』
そう書かれていた。
レーテには何も渡していないので、誘われたのはスタースだけ。
(姉貴よりオレを評価してくれてるのか?)
あるいは、パッションで動く姉は扱いにくいというだけかもしれないけど、とスタースは思った。
(このメモ、いつから用意してたんだ?)
一瞬だけ疑問に思ったが、すぐにどうでもいいかとスタースは思い直した。
セルナは怖い。だけど、だからこそ、惹かれる。この令嬢がどこまでやるのか、これから何をするのか、興味は尽きない。
「さぁ、告発する事件を選別しよう」セルナが椅子に座る。「と言っても、すでに決めているんだけどね」
言ってから、セルナは紙の束の中から数枚を選んでルビィに渡した。
そして残りは自分のカバンに仕舞う。
「どこで入手したか問われたら、情報ギルドに渡されたと言えばいい。それらの事件はメリッサの側仕え、またはバルドメロが関わっていて、裏取りが比較的容易なものだよ」
◇
「告発ならクヌートにやらせた方が効果的だったのでは?」
カルラが首を傾げて言った。
セルナが自宅に戻り、今日のことを報告した時のこと。
「そうだね。でもカルラ、私はルビィを引き込みたいんだよ。それにクヌートにばかり手柄を挙げられてはね」
クヌートにはバテリアン商会の裏帳簿を渡すのだから。原本ではなく、セルナが記憶を頼りに写本しているものだ。もうすぐ完成する。
「なるほど」カルラが頷く。「ではルビィは近く同志になりますね」




