30話 アサシン、帝城に入る
帝城には大きく分けて2つの区画がある。
1つは国家の中枢としての帝城。謁見の間があって大臣たちがいて官僚たちがいる、帝城の本来の姿。各国の使者が訪れるのもここ。パーティや式典もこちらの区画で行われることが多い。
大きな城門があって、多くの馬車が行き来しているのだが、クヌート暗殺未遂以降はかなり厳しく入場制限が設けられている。
官僚たちや大臣ですら全員が身分証を提示しなくては中に入れない。当然ながら、大臣の秘書や補佐官たちも全員が漏れなく身分証を提示する必要がある。
出入りの業者も許可証と身分証が必須で、身元が分からない者は絶対に中に入れないよう徹底されている。
このルールは皇帝が承認しているので、皇族でも曲げることができない。よって、特別扱いは一切ない。
その上で、馬車や持ち物の簡易検査が行われていて、危険物は持ち込めないようになっている。
さて、帝城のもう1つの区画は皇族の住居としての区画だ。綺麗な庭や宮殿、噴水、小さな森まで作られている。
中枢区画とは違う城門から出入りするのだが、こちらも暗殺未遂事件以降は制限が厳しくなっている。
皇族か皇族に招待された者しか入れないのは前からだが、今は招待を受けた者と同伴者2名までしか一度に入城できないようになっている。
以前なら、たとえば伯爵が招待された場合、伯爵は自分の夫人と子供、それから召使いを伴って入城することができた。
当然だが、持ち物検査なども行われていなかった。
「申し訳ありませんが、ボディチェックを行いますので馬車から降りてください」
城門を守っている近衛隊員が言った。
セルナはピョンと馬車から飛び降り、近衛隊が目を丸くする。普通の貴族令嬢は護衛騎士か執事にエスコートされて降りるものだ。
セルナに続いて2人のメイドが馬車を降りる。
「では失礼します」
女性の近衛隊員が軽くセルナの身体を触る。危険物を隠していないかざっくりとチェックする。一応、セルナが肩から提げているカバンの中身も確認した。
カバンの中に紙の束しか入ってなかったので、女の近衛隊員は少し怪訝な表情をした。しかし危険な物は何もないのですぐ普段の表情に戻る。
「はい。問題ありません。ルビィ殿下の招待ですよね?」
「ああ。迎えに来てくれるはずだよ」
「分かりました。こちらのメイドたちもご一緒ですか?」
「そのつもりだよ」
帝城には帝城メイドがいるのだが、彼女らはあくまで帝室のメイド。招待された貴族たちは基本的に、気心の知れた自分の召使いを連れてくる。
「ではチェックしますね」
女性の近衛隊員は頷いたあとセルナのメイドに寄っていき、同じようにボディチェックをした。
「メイド2人も問題ありません」
女性の近衛隊員が言って、他の近衛隊員たちが頷く。
と、城内から馬車が城門へと向かってきていた。
その馬車は城門で停まり、中からルビィが降りてくる。
「ようこそセルナ、こちらにどうぞ」
ルビィが言って、セルナは自分の馬車の御者に「2時間後に迎えに来て」と告げる。
それからメイド2人を連れてルビィの馬車に乗った。
馬車はすぐに帝城内へと引き返す。
「……なんでオレまでメイドの恰好なんだよ」ムスッとした様子でメイド服を着たスタースが言う。「執事じゃダメだったのか?」
「似合っているよ」とセルナ。
「マジそれー」メイド服のレーテが楽しそうに言う。「スタちゃん女の子でもいけるっしょ! 玉とっちゃう?」
「取るわけねーだろ」
「えっとセルナ……この2人が……」とルビィ。
「そう。とある殺し屋」とセルナ。
「皇女様よろぴー」
レーテがダブルピースでニコニコと言った。
「しっかし、皇女様が手助けしてくれるとは助かるよ」
ちなみに、アンシェル一家の方からセルナに接触があった。正確にはカルラに接触があって、追加料金をぼったくられそうになったのだ。バルドメロがやばすぎる、という理由だ。
セルナはバルドメロをどうにかする上、安全に帝城に入れてやるから追加料金なしで仕事をしろと提案し、アンシェル一家がそれを受けた形だ。
ルビィは自分の胸に手を当て、何度か深呼吸をした。
「大丈夫だよルビィ。万が一失敗しても、彼らは何も言わずに死ぬ、だよね?」
「ああ。依頼人のことは話さない」スタースが言う。「だから心配無用」
「そーそー、心配無用っしょ」レーテが言う。「あ、帝城の見取り図もありありー♪ メリッサはずっと自分の部屋にいるの?」
「ええ」とルビィが頷く。
「ターゲットの居場所も分かっていて、帝城にも入れて、あの騎士もいないってんなら」スタースが言う。「簡単な仕事だね」
◇
「ルビィちゃんに呼ばれたんですかー?」
メリッサがいつもと変わらない口調で言った。
ここは帝城のメリッサの私室。
「はい。メリッサ様に関する重要な話があるそうです」
姿を見せているバルドメロが淡々と言った。
メリッサは椅子に座って紅茶を飲んでいて、バルドメロは少し離れた位置に立っている。
「ふぅん。ルビィちゃんがねぇ」
「断ってもよろしいですか?」
「どうしてー?」
「我は今、メリッサ様から離れたくありません」
バルドメロが言うと、メリッサがクスっと笑った。
「バルドメロは心配性ですねー。今の帝城に賊が侵入するのは不可能ですよー。仮に転移魔法なんかで無理やり入ってきても、わたくしの部屋に辿り着く前に殺されるでしょー?」
近衛隊と竜絶が帝城内を巡回している上、メリッサの部屋の前には常に2人の近衛隊員が立っている。
「しかし、区庁舎で襲ってきた2人なら……」
「ここまで辿り着くと?」
「……転移した場所にもよりますが、有り得るかと」
「じゃあ大丈夫ですねー」メリッサが笑顔で言う。「わたくしの部屋に転移できるわけありませんしー。そもそも内部の手引きでもなければ、わたくしの部屋の位置さえ分からないでしょうからー」
メリッサは滅多に自分の部屋に他人を入れない。ここ数年はバルドメロと側仕え以外は誰も入れていない。掃除も側仕えに任せている。
その分側仕えの仕事は増えるが、見合った給金を払っている。
「……メリッサ様、ご自身が以前、その手引きをしたことをお忘れですか?」
クヌート暗殺未遂事件のことだ。烈火に所属する6星魔法使いをお茶会の会場に入れたのはメリッサだ。転移は一度訪れた場所にしか行けないから、事前に一度会場に入れる必要があった。
「そうでしたー」メリッサが笑顔で言う。「でも、仮に内部の手引きがあったとしても、たまたまあなたが離れている時間に襲ってはきませんよー」
「ルビィ殿下が手引きしたなら話は別ですが」
「それはないと思いますよー」メリッサが言う。「ルビィちゃんにそんな度胸はないですー。仮にわたくしがこのあと襲われても、ルビィちゃんは無関係だと断言できますー」
「……そうですか」
「あの子はとにかく平和に平穏に過ごしたいんですよー。自分が政略結婚で嫁ぐまで」
「我も本気で言ったわけではありません」
長いことメリッサの護衛をしているバルドメロは、嫌でも他の皇族たちと顔を合わせるし、その人格も理解している。
「まぁとにかく、ルビィちゃんが何を言うのかわたくしとーっても気になるので」メリッサがパンっと手を叩く。「バルドメロは話を聞きに行ってください。命令です」
「……分かりました。なるべく早く戻ります」
「本当に心配性ですねー。わたくしも部屋から出ませんし、急いで戻らなくてもいいですよー」
区長としての仕事も、現在は補佐官たちに任せている。メリッサは少なくとも今年いっぱいは引きこもる予定だ。当然、皇帝の承認も得ている。
「では行って参ります」
バルドメロがメリッサの部屋を出た。
メリッサは小さく息を吐いた。
「そんなことより、ニーナ襲撃を失敗して、孤児院の襲撃も失敗した上、行方不明になるなんてやっぱりチンピラはダメですねー。かと言ってバルドメロはそんなことはしないでしょうし、困りましたねー」
セルナを追い込むことをメリッサは諦めていなかった。




