6話 全容不明の巨大組織のように
「なぜ高級な店に? 私は平民の服でいい」
ローブを羽織ったセルナが言った。
ここは貴族御用達の服飾店で、貴族向けの服の他にアクセサリーなども置いてある。
店員たちがセルナとタッカーを見て溜息を吐いた。
「イカレ女のところに行くなら、それなりの服を着た方がいい。僕もね」
タッカーが肩を竦めた。
この服飾店は婦人向けも紳士向けも両方置いてある。
「それに、そこまで高級じゃない。ここは既製品しか置いていない。本当に高い店は全部オーダーメイドなんだよ」
「それでも平民の皆様向けではありません」店員の女が寄ってきて言った。「まず服飾店に入るための服を別の店で購入してきては?」
女店員は明らかにセルナとタッカーをバカにしていた。
「不思議だ」セルナが店員を見ながら言う。「君は平民のはずなのに、なぜそんなに差別的な物言いをするんだい?」
セルナの言葉を聞いて、店員の数名がクスクスと笑った。
「もちろん私たちはもっと安い店を利用します」女店員が言う。「なぜなら身の程を弁えているからです。たとえ、あなたたち親子よりお金を持っていても」
「不倫をするような女に身の程を教わる気はないよ」
セルナが言うと、女店員が目を丸くした。
「なな、いきなり何を……」
女店員が明らかに狼狽しながら言った。
「他の秘密も話そうか? そう、たとえば窃盗とか」
セルナが言うと、他の店員たちが小声で「まさか……例の?」とか「宝石がなくなった件のこと?」などと喋り始めた。
セルナは女店員に【記録詠み】を使用しているので、不正は全て分かる。
ついでに、最近は【記録詠み】のレベルが上がったのか、望めば詳しい情報を得ることができるようになっていた。
「あれは帝国歴188年の夏」セルナが淡々と言う。「この店にはルビーのネックレスがあった。まぁ、そこまで高価な品ではない。ああ、貴族目線だと、ね。平民だとかなりいいものだ。盗品も扱う裏の質屋に流せば、1年は遊んで暮らせる」
「な、何を証拠に!」
「マイクに聞いてみよう。そう、君の不倫相手で、ネックレスを盗むようにそそのかした彼。治安維持隊にこの話をしてもいいよね? 大丈夫、マイクが派手に金を使ってないならきっと大丈夫」
ニコッと笑いながらセルナが言った。
その笑みに悪意は見えない。だけど、同時にその他のどんな感情も存在していなかった。
タッカーはその笑顔に寒気がした。
相手を言い負かした達成感でさえそこにはないのだ。
事務的な処理が終わったからとりあえず笑っておくか、という無機質なもの。
「や、やめて……治安維持隊は……」
女店員は狼狽しながら右手をセルナに伸ばした。
セルナはその手をパシンと叩いた。
「今のは自白に等しい。店長を呼んだ方がいいのでは?」
セルナが言うと、別の店員が店長を呼びに行った。
「ああ、そんな……どうして……」
女店員がその場に座り込んだ。
「私に喧嘩を売ったからだよ。ずいぶんと分の悪い賭けだったね。普通に接客していればこうはならなかったのに。そうだよね、魔法士様」
「ああ、そうだね」タッカーが店員たちを見回す。「僕は準貴族だよ。君たちを侮辱罪で訴えることもできるけど?」
「も、申し訳ございません!!」
奥から出てきた店長らしき中年の女性が慌てて頭を下げた。
「魔法士様を侮辱するなど、店員の教育をやり直します! どうかお許しを!」
店長が何度も深く頭を下げるので、店員たちも一緒に頭を下げ始めた。
タッカーがセルナを見る。
セルナは「興味がない。買い物をさせてくれ」と言った。
「実は僕もだ。僕とこの子の服を。伯爵低に呼ばれているから、それなりの服を出して。ああ、でもシンプルな方がいい。僕もこの子も」
◇
セルナとタッカーは服飾店の奥でソファに座ってお茶を飲んでいた。
服はすでに買ったものに着替えている。
別に頼んではいないけど、店長が半額にしてくれた。
その上でお茶まで出してくれたのだ。
「お嬢様、よく似合っていますね」と対面に座った店長が言った。
セルナの服は白のブラウスとピンクのプリーツスカート。どちらもヒラヒラの少ないシンプルな構造。胸元にはスカートと同じ色のリボン。
貴族が着るには安っぽいが、平民が着るには物がいい。
下級貴族か裕福な平民が着るのにちょうどいいものだった。
その上から柔らかそうな子供向けのジャケットを羽織っている。
「それはどうも」とセルナ。
ちなみにタッカーの服装は普通のフロックコート。こちらも下級貴族らしさのあるちょうどいい代物。
「ところでお嬢様、どうしてうちの従業員が宝石を盗んだことを知っていたのです?」
店長はジッとセルナを見つめる。
「ふむ。情報ギルドSIUというのを知っているかね?」
「いいえ。初めて聞きました。情報ギルドがどういうものかは知っていますが」店長が言う。「私たちが使うことはありませんから」
「まぁそうか」セルナはお茶を一口飲む。「覚えておくといい。SIUは全てを知っている」
もちろん嘘だ。
SIUはそんな大きな組織じゃない。
帝都に根を張ったばかりというか、現在進行形で根を張っている最中。
「何か情報が欲しければSIUを頼ればいい。何でも調べてくれる。窓口は私か、タッカーでもいい」
セルナは宿泊先のホテルを告げ、ついでにボニージャ伯爵低に滞在する可能性にも言及しておいた。
「もしまた何か事件に巻き込まれたらお願いするかもしれません。治安維持隊より役に立っていますからね」
店長がうんうんと頷いた。
「さぁ、僕たちはそろそろ行かなきゃ」
言いながら、タッカーが立ち上がる。
「見送ります」
店長も立ち上がって、セルナも立ち上がる。
そして店舗内を通って外に出た。
店員たちが頭を下げる。
店長が最後に「ありがとうございました」と言った。
セルナとタッカーは馬車乗り場を目指して歩いた。
「恐ろしいねぇ」とタッカー。
「うん?」とセルナ。
「エスアイユーだよ。こんな小さな服飾店の店員の秘密まで握ってる。一体、どれほど巨大な組織なんだい?」
「私にも全容は分からない」
「まぁそうか……。でも不思議だ。僕はさっきの服飾店に君を連れて行くとは言ってない。なのに、君はあの店の店員の情報を知っていた。いつ、誰が、どうして君に教えたんだろう? あまりに不思議だよ」
「不思議は不思議のままにしておくのがいい」セルナが言う。「そうでないなら、君もこっち側に踏み入れるしかなくなる」
セルナはすれ違う人たちに【記録詠み】を使ってみた。
どいつもこいつも、何か一つぐらいは不正に手を染めている。
今すれ違ったオッサンは『立小便』なんて表示されていた。
詳しく、とセルナが望むと、オッサンがいつ、どこで、どのように立小便をしたかまで表示される。
元から便利なギフトだったけど、今は更に便利になった。
そういえば、アレシアもあれはギフト持ちだろうか?
セルナはふとそんな風に思った。
◇
帝都ボニージャ伯爵邸の食堂。
アレシアは当主の席に座っていた。
入口からもっとも遠いテーブルの短い辺の部分のこと。
そしてアレシアの右手側にアレシアの弟である伯爵令息が座っている。
その令息の前にタッカー、そしてタッカーの左隣にセルナ。
料理はすでにテーブルに乗っていて、食堂の壁には給仕係のメイドたちが控えている。
「さて、ようこそ我が家へ」
アレシアが言って、ワイングラスを掲げる。
令息とタッカーがそれに倣ったのでセルナも目の前のワイングラスを手に持った。
「今日は良い日だ。乾杯」
そう言って、アレシアがグラスの中身を飲む。
令息とタッカーも飲んだので、セルナも飲んだ。
(……酒じゃないか! クソ! むせたっ!)
ゴホゴホと咳をするセルナ。
その様子をアレシアが楽しそうに見ている。
「……アレシア、君はいくつだっけ?」とセルナ。
「わたくしは14だが、誰もわたくしを罰したりしない。貴様はいくつだセルナ?」
帝国法によれば、飲酒が許可されるのは成人、つまり16歳以上なのだが。
「13だよ。酒はいらない。ジュースを」
セルナが言うと、給仕のメイドがそそくさとセルナのワイングラスを下げた。
「見た目通り子供だな」
ニヤニヤとアレシアが言って、セルナは「今すぐ消してやりたい」と思った。




