26話 秘密があれば暴きたい
「知っての通り」ヴォルフの上司が言う。「ギフトは多種多様。素性を確認する系のギフトを持った者がいたなら、それは仕方ない。であれば、お前のミスは張り込みがバレたことだけだ」
「……そもそも」ヴォルフが言う。「張り込みがバレたことすらオレは納得がいかない」
「だが現実にバレている」局長が言う。「セルナ・アルカサルの調査はもう終わりにしろ」
「……そんな、まだ何ほども……」
「分かっている。張り込みが実を結ぶには長い時間が必要だ。しかしながら、クヌート殿下から直接、終わりにするよう言われたんだわたくしは」
「バレないよう対策を……」
ヴォルフの言葉の途中で、局長が右手を軽く上げる。黙れ、という意味。
「まず、なぜそこまでセルナ嬢にこだわる? 本当にただの素行調査か? 何か私情が絡んでいるのではないかね?」
「いえ、ただ、少しだけ怪しい点がないこともない、という感じでして」
「どんな点だね?」
「バテリアン商会主催のワインの品評会に参加していました」
「それがどうした?」上司が呆れた様子で言う。「未成年飲酒は厳重注意程度だ。大きな問題にはならんだろう? 常習だとしても、何度か捕まって初めて軽い鞭打ち程度の罰だ」
「公爵令嬢なら鞭打ちもあるまい」局長が補足する。「もっとも、公衆の面前で盛大に酔っぱらって激しい迷惑行為をしたというなら別だが」
「……ええ、まぁ、そうですね」
ヴォルフは苦い表情で言った。
結局のところ、セルナが怪しいとする根拠がないのだ。全てはヴォルフの勘に過ぎない。
「ではセルナ嬢の素行調査は打ち切りたまえ」局長がピシャっと言う。「そしてヴォルフ君はいつどこで誰に張り込みを気付かれたのか考え、原因と対策を提出したまえ」
「分かりました。ただ、詳しく原因を調べるとなると、やはりまた公爵邸の周囲に行くことになりますが……」
「なるべく行くな」局長は溜息混じりに言った。「そこまでキッチリしたものでなくていい」
「……分かりました」
ヴォルフは拳を握った。途中で捜査が打ち切られたことが悔しいのだ。
「さてヴォルフ君、ここからは非公式の会話だ」局長が鋭い瞳でヴォルフを見る。「君ほどの人間が捜査していたのだ、本当は何かもっとあるのだろう? 正直に話してくれたまえ。わたくしも君と同じ自由捜査権を持った局員だったのは知っているね?」
局長の言葉に、ヴォルフは目を見開いた。普通に驚いたのだ。まさか非公式の会話が続くとは思っていなかったから。
「セルナ・アルカサルは電撃的に表舞台に出てきました」ヴォルフが言う。「そしてすぐに大きな事件の中心となった」
「ボニージャ令嬢の連続殺人事件だな?」
局長が確認のために言って、ヴォルフが頷く。
「そして今度は大規模な暗殺未遂事件の中心にいます」
「偶然では?」
「ええ。ですが、セルナ嬢はアレシア・ボニージャを自ら処刑しています。多くの者が目撃していますし、公爵家も特に否定していません。その上で、セルナ嬢はアレシア対策にアンシェル一家を雇っていました」
「なるほど。セルナ嬢は倫理観が壊れている可能性があるな」局長が言う。「普通の貴族令嬢は自ら処刑しないし、殺し屋一家を雇ったりもしない。確かに素行調査が必要だ」
「更に、セルナ嬢は白き翼と懇意にしていて、謎の秘密結社とも繋がりがあるという噂です」
「秘密結社? それは我々も把握していない結社という意味か?」
「はい。まったく聞いたこともない組織です。今の時点では実在するかも怪しいですが」
「しかし火のない所に煙は立たぬ」と局長。
ヴォルフがニヤッと笑う。ヴォルフも同じことを思っていたから。
「そしてここからは完全に勘でしかないのですが、セルナ嬢には、あるいはアルカサルには裏の顔があり、もしかしたら暗殺未遂事件にも何らかの形で関わっているのでは、と」
「暗殺未遂事件に関わる動機はなさそうだが……」局長が言う。「しかしセルナ・アルカサルは確かに怪しい。皇太子妃にするにはグレー過ぎる」
「その通りです。皇太子妃とは未来の皇后」ヴォルフが言う。「我々は帝国に忠誠を誓っています。裏の顔を持つ者を皇后にするわけにはいきません」
「ふん、そんな建前はいい」局長が楽しそうに言う。「わたくしや君のような人間はね、そこに秘密があれば暴かずにはいられないのだよ」
「きょ、局長……」
ずっと黙って話を聞いていた上司が、引きつった表情で言った。
「よろしい。ヴォルフ君、捜査を続けたまえ。だがこれは最高機密だ。情報局は正式にセルナ嬢の調査を打ち切った。よって、君を直接助けることはできない。それでもいいかね?」
「は、はい局長! 感謝します!」
ヴォルフはその場で勢いよく頭を下げた。
「裏金をいくらか持たせてやる。それでなんとかやりくりしたまえ」局長が言う。「それと、何か分かったら必ずわたくしに報告するのだ。いいね?」
「もちろんです局長」
「あと、見つかるなよ? 我々は捜査を終えている。組織として君を庇えない」
「それも分かっています」
「よろしい。では行きたまえ」
「はっ! 失礼します」
ヴォルフは局長室を出て、小さくガッツポーズ。
やはり長く現場に出ていたものがトップに立つと融通が利く。ヴォルフは局長に感謝しつつ、今後の方針を考えた。
◇
「セルナっぴ~♪」
マルガレーテがセルナをギュッと抱きしめた。
ここはアンシェル一家と会う時に使う路地裏の民家、その一室。
「……苦しいんだが?」
セルナが苦笑いしつつ言って、マルガレーテがセルナを解放する。
「まぁ座ってよ」
すでに椅子に腰かけているスタースが微笑みを浮かべて言った。
セルナはスタースの前に座る。
カルラはセルナの右斜め後ろに立っていて、マルガレーテはスタースの横に移動して座った。
「さて」セルナが言う。「約束通り私が来たよ。これで依頼は受けてくれるね?」
「もちろんっしょ♪」マルガレーテがハイテンションで言う。「セルナっぴに会えてあーし超うれぴー♪」
「あ、ああ。そうかい……」
セルナは少し引いた様子で言った。マルガレーテは少し苦手だ。
「監視されてるって言ってたけど」スタースが言う。「上手くまいたか?」
「いや、今日はいなかった。たぶん終わったんだろう」
クヌートにチクった効果が出たのだとセルナは思った。
「そうか。そいつは良かった。じゃあ早速、例の小切手を貰おうか」
スタースが言って、カルラが小切手をテーブルに乗せた。
「殺すのはメリッサ第一皇女で間違いないね?」
「間違いない。確実に殺してくれ」
「分かった」とスタースが頷く。
「それじゃあ、私たちはこれで」
セルナが席を立とうとしたら、マルガレーテがナイフをテーブルに突き刺した。その動きで、セルナが立つのを止める。
「せっかく会えたのにぃー、もう帰るとかないっしょ」マルガレーテが言う。「あーし冷たい奴きらーい」
(一体、私にどうしろと!?)
セルナは戸惑った。本当に、心から、どうすればいいのか分からない。
「……もう一回ハグしとく?」
セルナが恐る恐る言うと、マルガレーテは笑顔で頷いた。
仕方ないのでセルナは立ち上がってマルガレーテの方に移動。マルガレーテも立ち上がったので、セルナは渋々マルガレーテをハグした。
「うーん、セルナっぴいい匂い♪」
スーハ―スーハ―とマルガレーテが深呼吸。
その後、しばらくマルガレーテと触れ合ってからセルナは帰ることを許された。
「あいつの席は絶対にない」
帰りの馬車の中でセルナが言った。
カルラが強く頷いた。
とはいえ、今はまだ利用する。アンシェル一家を滅ぼせるほどSIUが力を付けたら、その時は躊躇なく消すけれど。
「とにかく、これでメリッサの件は解決だ」
セルナは護衛騎士に聞こえないように口の中でそう言った。




