25話 バレるはずがない
「何もなかったかい?」
帰りの馬車の中でセルナが言った。
セルナの隣にカルラが座っていて、セルナの前には護衛騎士の2人が座っている。
「そうですね、特にはないです。ちょっと殴ったんですけど、解決したので問題ありません」
「そっか。問題ないなら良かった」
カルラもセルナも淡々としていて、護衛騎士の2人が目を丸くした。
「え? ちょ、殴っ……え?」
護衛騎士はいつもの男女だが、男の方がセルナを見てカルラを見てまたセルナを見てから、隣の女騎士を見た。
女騎士が男騎士の横腹を肘で突く。黙ってろ、という意味だ。
「お姉様の方はどうだったんです? ずいぶん早く終わったみたいですけど」
「こっちも特にはないかな。ネチネチと貴族的な嫌味を言われたぐらいで」
「言い返さなかったんですか!?」カルラが驚いて言う。「喧嘩を売られたらとりあえず買うのが趣味みたいなお姉様が!?」
「!?」
セルナはその評価に酷く驚いた。おかしい、私は普段から冷静沈着なはずだが? と。
「まぁメリッサがいるから何を言っても意味がないと思ってね」セルナが肩を竦めた。「あいつが庇うだろうからねぇ。あの場ではメリッサが正義だから」
「ああ、それは確かにそうですね」
うんうんとカルラが頷いた。
「だからまぁ、予定通りに進めよう」
セルナは護衛たちに聞かれないように、小さな声でカルラに耳打ちした。
メリッサは不正で脅して屈するようなタイプでもないし、理想を共有できるタイプでもない。そもそもセルナに暗殺者をけしかけているのだ。やはり消す以外に道はない。
もちろんセルナやSIUが消すわけではなく、予定通りアンシェル一家に依頼する。
◇
「セルナちゃんはあの程度の嫌がらせには屈さないみたいですー」
メリッサは帰りの馬車の中で言った。
メリッサの前には側仕えとバルドメロが座っている。
バルドメロはお茶会の会場にも姿を消して立っていた。
「アカデミー時代、ほとんどの子はあれで心を病みましたけれどー、確かに当時も通用しない子いましたねー」
メリッサはかつて自分が不幸にした者たちの顔を思い浮かべて、少しだけいい気分になった。
「でもでもー、そういう心の強い子の心を折る方法も、わたくしは知っているのですー」
メリッサは両手を組んで笑顔で言った。
側仕えとバルドメロは特に相槌をうつでもなく、ただ聞いていた。
「それはぁ、ズバリ家族や友人を攻撃することです!」メリッサが元気に言う。「そうするとみんな、『狙うなら自分だけにしろ』という感じのことを言います。もちろん無視して執拗に周囲を攻撃すれば、次は泣きながら『もう許してください。私が何をしたと言うのでしょうか? 何でもするから止めてください』と言ってくるんですー」
メリッサはバルドメロと側仕えの顔を見る。
バルドメロは何を考えているか分からない。完全に無表情。
側仕えは少し怯えている様子だった。
「それでですねー、何でもするといった相手にわたくしはこう言うんです」メリッサが指を一本立てる。「自害しろって」
みんなすでに心を病んでいて、大きな抵抗もなく数日以内に自害した。それを確認したらいつも心がスッとしたものだ。
メリッサは視線を側仕えに合わせる。側仕えがサッと目を伏せる。
「ところであなた」メリッサが側仕えに言う。「わたくしの命令は遂行しましたかぁ?」
「あ、はい……。ただ、思った以上に相手が強く……」
「ふぅん。主人と同じようにメンタルが強かったわけですかぁ」
「あ、いえ……メンタルと言いますか……物理的に……」
「はい?」
メリッサが目を丸くした。セルナのメイドは11歳の少女だ。
「いえ……その、とにかくあまり上手くいきませんでした……申し訳ありません」
「そうですかー。まぁいいでしょう」メリッサは笑顔で言う。「それよりセルナの友人について調べておいてください。さすがにアルカサルを狙うのは大変なのでー、友人を狙おうと思います」
「はい。白き翼に聞いてみます」
中央情報局は使わない。あそこを使うと他の皇族に話が伝わる可能性がある。
◇
ヴォルフは報告書の件で局長に呼び出され、局長室へと向かって歩いていた。
ここは帝国中央情報局の本部。
(最近提出した報告書は『セルナ・アルカサル素行調査』の途中経過だけ。何か問題があったのか?)
普通の報告書だったはずだが、とヴォルフは思った。
局長室のドアの前で立ち止まり、一度小さく深呼吸をしてからドアをノック。
「入りたまえ」という局長の声で、ヴォルフがドアを開ける。
中には局長とヴォルフの直属の上司がいた。
ヴォルフは中に入ってドアを閉める。
局長は40代後半の女性で、眼光が鋭い。元はバリバリの諜報員だ。かなり優秀で、瞬く間に成り上がった女傑だ。
局長は執務机に座っていて、上司はその隣に立っている。
ヴォルフは気を付けの姿勢で立った。
「楽にしたまえ」
局長が言って、ヴォルフが姿勢を崩す。といっても、脚を開いて楽な立ち方をしているというだけ。
「オレの報告書に問題がありましたか?」
ヴォルフは真っ直ぐに局長を見詰めた。
「いや。報告書に問題はない」局長が言う。「セルナ・アルカサルの素行調査は誰に頼まれた?」
「は? いえ、オレの独断であります」
「独断?」
「はい。オレには自由捜査権があったと記憶していますが?」
「ああ。別にセルナ・アルカサルを捜査したことを咎めているわけじゃない」局長が言う。「本当に独断なんだな?」
「そうですが……」
「理由を聞いても?」
「クヌート殿下の婚約者として相応しいか、各方面から疑問の声が聞こえましたので、オレが独自に調査をしていました」
ヴォルフはセルナを怪しいと思っているのだが、そのことは言わなかった。今のところ、何の証拠もないからだ。
「各方面とは?」
「誰というわけではなく、酒場での噂やちょっとした雑談でのことです」
「なるほど」と局長が頷く。
「あの、なぜこのような質問を?」とヴォルフ。
「クヌート殿下から申し入れがあったのだ」局長が言う。「婚約者を調査しているのはなぜだ? 詳細を調べて報告しろ、と」
「バカな……」
「そうだヴォルフ」局長がギロリとヴォルフを睨む。「わたくしもバカな、と思ったさ」
「お前」上司が言う。「何をしくじった? 情報局員が調査をしていると、なぜバレた? うん?」
そう。それがまさに『バカな』である。ヴォルフはヘマをした覚えがない。
「待ってください」ヴォルフが右手を自分の額に当てた。「殿下がなぜオレの調査を知っているのか聞きましたか?」
「もちろん聞いたとも」局長が言う。「なんと! セルナ嬢が直接! 見張られていると訴えたそうだ!」
「そんなバカな……」ヴォルフが頭を振る。「令嬢にバレるような張り込みはしていません……」
「ああ、そうだろう」上司が言う。「セルナ嬢ではなく、アルカサル関係者の誰かにバレたと考えた方が自然だろうな」
「それも考えられない。オレはアルカサル関係者の顔はだいたい覚えています。オレの張り込みに気付いた様子はなかった」
「だが現実として」局長が言う。「わたくしはクヌート殿下に詰められた。ヴォルフ君、君は何かをしくじったのだ。本当に心当たりはないかね?」
「……ありません……訳が分からない……」
こんなことは初めてだ。
「どんな些細なことでもいい」上司が言う。「何かないか?」
「……オレ以外にも見張っている連中がいたが……すぐ引き上げた……たぶんディープアイズか白き翼だろう……」
「そいつらにバレた恐れは?」と上司。
ヴォルフは首を振った。
「仮に見られていたとしても、オレが情報局所属だと分かるはずがない。それはアルカサル関係者にも言えることですよ」
そう、おかしいのだ。仮に張り込みがバレたとしても、素性までバレるはずがないのだ。
「であるならば」局長が言う。「何らかのギフトだ。ヴォルフ君を見つけた者がそういうギフトを持っていた、と考えるのがもっとも自然」




