24話 バーサーカー?
カルラが通された部屋には、お茶会に参加している令嬢たちの側仕えが集まっていた。
みんなクッキーを食べながら談笑をしていたが、カルラが部屋に入ると明らかに空気が変わった。
カルラは全員をゆっくりと観察する。みんな明らかに悪意を持った目でカルラを見ていた。
(自分をいじめるように指示されている? だとしたら、お姉様も今頃いじめられて困っているかも……ああ、お姉様の困った顔見たかったです……)
そんなことを考えながら、カルラは全員を観察し終える。
1人だけ明らかに上品なメイドがいた。制服もみんなと少し違っていて、それが前に見た帝城メイドの服だとカルラはすぐに思い出す。
帝城のメイドは全員が上級メイド課程を修了しているレベルの高いメイドだ。そしてその課程を受けるのに5年以上のメイド歴が必要。
(なるほど、メリッサの側仕えですね)
ちなみに側仕えというのは専属メイドのことだ。カルラはセルナの専属メイドなので、セルナの側仕えでもある。
専属メイドはいつも主の側に仕えているから側仕えと呼ばれるようになった。どちらの呼び方が正しいとかはなく、好きな方を使えばいい。少なくともこの帝国ではそうだ。
カルラは側仕えの方が好きだ。いつもセルナの側に仕えていたいから。
「おチビちゃん。年下なんだからみんなに挨拶しなさいよ」
ツインテールのメイドがカルラの前に立って言った。
ツインテールメイドの年齢は16歳か17歳ぐらい。
「どうも。カルラです」
カルラが言うと、他のメイドたちがクスクスと笑った。
「誰のメイドなのか言いなさいよ。バカなの? あんたみたいなのが専属ってことは、きっとあんたの主人もバカ……」
ツインテールメイドが最後まで言う前に、カルラは彼女の腹部にパンチした。
(あ、やってしまった……)
カルラは正直かなり焦った。ウッカリ殴ってしまったが、これはあとで問題になる可能性がある。
ツインテールメイドが「ぐえっ……」と潰れたカエルみたいな声を出しながらその場に蹲った。
(くっ……本来ならムカつく相手はコッソリ消すべきなのに……)
カルラは大いに反省した。したのだが、やってしまったものは仕方ない。半端に引くべきではない。このまま突き進もうとカルラは決意。あとのことは……セルナがきっとなんとかしてくれると信じて。
他のメイドたちは一瞬何が起こったのか分からず目を丸くした。
けれどすぐにカルラが殴ったことを理解し、喚き始める。
「な、なにするの!?」「いきなり殴るとかおかしいんじゃない!?」
カルラがファイティングポーズを取ると、みんなシンっと静まった。
「一応聞いておきますが、自分のことをいじめろと指示されましたか?」
カルラの質問に誰も何も言わなかった。
「返事がないので全員順番に殴ろうと思います」
カルラは笑顔で言って、一番近くのソファに座っているメイドに視線を向ける。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ちなさい」カルラが視線を向けたメイドが慌てて言う。「こんなことして困るのはセルナ・アルカサルよ!?」
「え? なんでお前如きが偉大なお姉様を呼び捨てにしたんです?」
言ったと同時にカルラはそのメイドの顔面に飛び蹴りを入れた。
もちろん死なないように手加減しているが、メイドは鼻血を出して蹲った。
「だ、誰か護衛騎士を……」
眼鏡のメイドの言葉の途中で、メリッサの側仕えが右手を上げた。それでみんなの視線が彼女に向く。
「私たちはあなたをいじめるよう指示されています。ですが分が悪いので降参します。許してくれるならあなたの暴力を問題にはしません」
メリッサの側仕えは淡々と言った。
(なるほど。忠誠心はそれほど高くない。自分が殴られてまで命令を遂行するつもりはない、と)
まぁそんなものだろう、とカルラは思った。メイドはあくまで仕事である。それが側仕えだろうがお掃除メイドだろうが関係ない。普通に考えて、職場の上司に忠誠を誓っている奴なんて聞いたこともない。
アルカサル公爵家のメイドたちもそうだった。お金のためにメイドをしているのであって、アルカサルに忠誠を誓っているわけではない。
「そんなこと関係なくみんな殴ると言ったらどうします?」とカルラ。
「あなたはそんなに愚かではないでしょう?」とメリッサの側仕え。
「……いいですよ、許します」
カルラが肩を竦めた。
(なんだかよく分からないけど解決しましたっ!)
「分かりました。私たちはもう何も言いませんので、座って休むといいでしょう。お茶会が終わるまで、どうせやることはありませんから」
◇
(こっわぁぁぁぁぁぁ!!)
メリッサの側仕えは心の中で激しく動揺していた。
(なんなのこの子!? バーサーカーなの!? セルナ・アルカサルの側仕えはバーサーカーなの!? 止まってくれて良かったぁぁぁぁ!!)
ちなみに他のメイドたちも似たようなことを思っていた。同時に、こんなヤバい奴をいじめろと指示した主人に腹を立てた。
◇
セルナはカルラを心配していた。
(私にこれほど露骨な嫌がらせがあるなら、私のメイドであるカルラにも何かしている可能性がある)
セルナは知っているのだ。カルラが実は短気であると。
カルラは信頼する右腕だし、愛すべき妹分だし、理想を追う同志だ。でも知っているのだ。最近は大人しいけれど、カルラは意外とすぐに手が出るのだ。
まだ前世の記憶が戻る前、カルラの愛称は『狂犬カル公』だった。そしてカルラと仲の良かったセルナは『カル公の主人』なんて呼ばれていた。
(……まぁ殺しはしないか)
殺すならコッソリとだ。堂々と人前で殺してはいけない。そして、殺しさえしなければなんとかなる。
「ちょっとセルナさん、聞いてますの?」とフェデーリ令嬢。
「ごめん。何も聞いてなかった」
セルナは正直に言った。その言葉で、令嬢たちは目を丸くした。
令嬢たちはずっとネチネチと嫌味を言ってセルナを攻撃していたのだが、セルナは完全にスルーしていた。
なぜなら令嬢たちの攻撃はセルナが平民として生きていたことに対するものばかりだったから。貴族令嬢を貶めるためのものだったから。
貴族の矜持への攻撃は無意味だ。なんせ、セルナに貴族の矜持はないのだから。それどころか、この世界から貴族制度を消滅させようと思っているわけで。
「はっ! 元平民は人の言葉も聞けませんの?」
「むしろ言葉が分からないんじゃありません?」
「そんなんでよくクヌート殿下と婚約できましたわね?」
令嬢たちがクスクスと笑いながら言った。
実に悪意に満ちた空間だ。ダメージは受けていないが、喧嘩を売られているので買ってもいい。うーむ、とセルナは悩む。
(どうせこいつらの席はないし)
セルナは令嬢たちに【記録詠み】を使用。
どいつもこいつも街のチンピラのような不正が並んだ。恐喝、恐喝教唆、暴行、暴行教唆、侮辱、名誉棄損、自殺教唆、脅迫、などなど。
理想の世界には不必要な人間なのだ、ここに集まった令嬢たちは。であるならば、いつかは世界から消す。
「ちょっと、なんとか言ったらどうですの?」とフェデーリ令嬢。
(君が買った奴隷は何に使ったんだい? と普段の私なら言いそうだけど……メリッサの存在が厄介なんだよね)
この場ではメリッサが白だと言ったらきっと黒いものも白くなる。効果的ではないのにカードを切るのはもったいない。
「今日はいい天気だね」
セルナは無難なことを言った。
場がシンっと静まり返る。
令嬢たちは不気味な怪物でも見るかのようにセルナを見ていた。
「セルナちゃんは本当に動じないですねー」メリッサが言う。「これだけ悪意を向けられても、悲しい顔1つ見せない」
だって別に悲しくないし、とセルナは思った。
「興が冷めましたのでー、今日はお開きにしましょー」
メリッサがパンっと手を叩いて言った。




