23話 露骨な嫌がらせ
他人の不幸は蜜の味。
メリッサは自分を不幸で可哀想な存在と認識して生きてきた。身体が弱く、ほとんどの時間を自室で過ごした幼少期は特にそう感じていた。
全てが不公平で世界を呪ったりもした。でもある日、母に怒られたと泣く第二皇女を見て心がスッとした。この心地よさは何だろう、とメリッサは考えた。
メリッサは人間を観察するようになった。メイドたちの話を聞くようになった。そして気付いたのだ。誰かが不幸を嘆く時、メリッサの心はスッとすると。
「ねぇバルドメロ」
「はいメリッサ様」
バルドメロは姿を現さないままで返事をした。
ここは帝都中央区の区庁舎。区長の執務室。
「わたくしね、クヌートお兄様には本当に心から不幸になって欲しいと思ってるんですよー」
全てを持っていたクヌート。丈夫な身体に第一皇子という立場。見栄えのよい容姿。それなりに回る頭、そして剣術。
不幸になってくれないと不公平だ。
「わたくしが皇太子になりたい理由はそれだけなのですー」
クヌートは自分が皇太子になれると信じている。それが叶わなかった時、彼はどんな顔をするのだろうか? 想像しただけでメリッサは気持ちよかった。
「ああ、もちろん、わたくしが皇帝になったらー、帝国民を全部不幸のどん底に叩き落としてあげますけれど」
まずは重税を課して、嘆く国民を見て気持ち良くなりたい。そのあとは、侮辱罪や不敬罪を拡大解釈して、ばんばん逮捕者を出して不幸にする。なんなら近隣諸国と大きな戦争を起こし、無意味に兵たちを死なせ、その家族を不幸にしたい。
他人の不幸だけがメリッサの心を癒してくれる。それだけがメリッサに快感を与えてくれる。それだけがメリッサに公平さを信じさせてくれる。
「とにかくまずはクヌートの絶望する顔が見たいのですー。そのためにも、セルナ・アルカサルは邪魔なのですよー」
セルナは見栄えが良く、有名な魔法士の弟子で、アカデミーの生徒で、第一皇子の婚約者。そしてアルカサル公爵家の人間。つまり、持っている人間だ。不幸になってくれなきゃ世界は間違っている。
「わたくしね? 一番の不幸は自殺だと思うのですよー。だって自らの命を捨てるほどに追い詰められた、ということでしょう? それって本当に心から不幸だと思うのです」
だからアカデミー時代はいじめを主導した。気に入らない相手をとことん不幸にしてやった。本当に本当に楽しかった。
「だからー、セルナ・アルカサルにも自殺して欲しいのですよ」
烈火はもう当てにならない。厳しい捜査で身動きが取れなくなっている。
ちなみに烈火の捜査は近隣諸国の捜査機関にも依頼していて、本当に烈火は帝国周辺から消えてしまいそうな勢いだ。それはそれでいい。
アサシンギルドの連中が不幸になるのは、割と面白いし気持ちがいい。いつもは他人の命を奪って悦に入っている連中だ。このぐらいの不幸は公平というもの。
「いじめていじめて、いじめ抜いてやるのですぅ」
メリッサは弾んだ声で言った。
バルドメロは何も言わなかった。
◇
この哀れな姫を誰か救ってやって欲しい。
バルドメロは心からそう思った。
本当に哀れなのは、くだらない理由でメリッサに人生を潰された者たちなのだが、それでもバルドメロが救いたいのはメリッサの方だった。
初めて会った時から、メリッサを守りたいと思ったから。
◇
お茶会当日。
今朝もメイドたちがセルナをお風呂に拉致し、綺麗に洗ってマッサージをして、いいドレスを着せた。
いい加減セルナも慣れたし、メイドたちの手際も良かった。だから出発まで時間が少し余る。
セルナは自室でソファに座って背伸びをした。
「今日のお姉様もいい匂いです」
カルラがスンスンとセルナの匂いを嗅ぐ。
「……今日は、どこ行くの?」
ティーネが寄ってきて言った。
セルナが家に居る時、ティーネはいつもセルナを観察している。理由は、本当にこの人が理想の世界を創ってくれるのだろうか? と懐疑的だから。
エラスト、リデア、カルラ、そしてセルナ自身もティーネに理想を説いた。誰もが平等な社会。ティーネは「エルフも……?」と首を傾げ、みんな強く頷いた。
ティーネは理想に共感しているし、そういう世界になって欲しいと思っている。だけど信じていいのかまだ分からない、という状態。
セルナの理想は苦しい思いをしている者たちと純粋な者たちには共感されやすい。反面、既得権益にしがみつく連中や今の帝国に満足している者には響きにくい。
「今日はね、私を暗殺しようとしているお姫様とお茶を飲むんだよ」
セルナが言うと、ティーネが目を丸くして驚いた。
「……危険……」
「そうだね。でも今日は殺されないだろうし、お姫様のお茶会を断る理由もないんだ。なんせ、今の帝国では皇族の権力が強いから。平等じゃないんだよ」
セルナはティーネの頭を撫でた。
見た目の年齢はティーネの方が上なので、少し妙な感じだなとセルナは思った。ちなみにティーネは精神年齢も別に低くない。あまり喋らないというだけ。
セルナとカルラは理想の社会と今の社会の歪さについてティーネに話した。そうしていると出発の時間になって、護衛騎士2人が呼びに来る。
「それじゃあ行ってくるよ。もうすぐエラストたちの休憩時間だから、続きはあの子たちと話すといい」
◇
今回のお茶会は帝城ではなくフェデーリ公爵家の客間で行われる。主催はメリッサだが準備はフェデーリ公爵令嬢が行った。
セルナはお茶会が開かれる客間に通され、護衛騎士たちは別室へ。カルラはメイドたちが集まっている部屋へと案内された。
「いらっしゃいセルナちゃん」
当然だが、メリッサはもっとも身分の高い者が座る席に座っていた。入口から一番遠い短い辺の部分。当主席とも呼ばれている場所。
そこから身分の高い順に座る。
集まっている令嬢は5人。メリッサとセルナを入れたら7人になる。
「お招きありがとうございますメリッサ殿下」
セルナは丁寧に礼をした。
「お堅い挨拶は抜きにしてー」メリッサが笑顔で両手を合わせる。「みんな簡単に自己紹介してあげてねー」
最初に自己紹介をしたのはフェデーリ公爵令嬢。彼女は19歳で、20歳で婚約者と結婚する。セルナは事前に白き翼でフェデーリ令嬢の情報を得ている。このお茶会の内容を教える、という条件で。
(こいつがバテリアン商会の顧客名簿に載っていた令嬢か。そういえば、オークションにいたか)
順番に令嬢たちが自己紹介をしていく。全員が未婚の令嬢。そういう集まりなのだろう、とセルナは思った。
最後にセルナが自己紹介をして、末席へと座る。そこしか空いていなかったから。
要するに、嫌がらせだ。公爵令嬢の座る席ではない。この場にいる者の中で、セルナより明確に格上なのはメリッサだけで、同格なのはフェデーリ令嬢だけ。
(本当の公爵令嬢なら屈辱を感じるのだろうけど、私ってば孤児だからなぁ)
知識としてここが末席だと知っているけれど、死ぬほどどうでも良かった。
セルナが特に何も言わずに末席に座ったので、令嬢たちは少し面食らっていた。
「さぁさぁ! まずはお茶を飲みましょう!」
メリッサが言うと、給仕のメイドたちがサッと寄ってきてティーカップに香り高い紅茶を注ぐ。
最初にメリッサが飲んで、他の令嬢たちも飲む。
「なんて美味しいのかしら」「さすが殿下の選んだお茶!」
「最高級品は違いますわね」「素晴らしいです」
令嬢たちが口々に紅茶を褒めた。
セルナもとりあえず真似しておくか、と紅茶に口を付ける。
しかし。
「辛いっ!」
セルナは口に含んだ紅茶を吐き出し、ティーカップを乱暴に置いた。
舌がヒリヒリしたけれど、毒ではない。
「あらあら? セルナちゃんはお気に召さなかったのぉ?」
メリッサがニヤニヤと言った。
「元平民にこの味は分かりませんわよ」
「そうですわね、平民生活が長かったらそうなりますわよね」
「しかも辛いだなんて、舌がおかしいんじゃありません?」
令嬢たちが悪意たっぷりに言った。
(こんな露骨にやってくるの!?)
セルナは本当に驚いていた。驚いただけで心にダメージはない。舌はまだ少しヒリヒリしているけれど、それだけだ。




