22話 カオスな殺し屋
「わぁ、本当に1億持ってきたじゃーん♪」
アンシェル一家の長女、マルガレーテ・アンシェルが弾んだ声で言った。
マルガレーテは水色の髪を低い位置でツインお団子にしている。服装はヒモで留めるタイプのスリットドレス。
ここは路地裏の民家、その一室。テーブルと椅子が並んでいて、その一つにカルラが座っている。
カルラはいつものメイド服に、桃色の髪をいつものサイドテールに括っている。
カルラの前にはアンシェル一家の長男、スタースが座っていた。
スタースは長い赤毛に細身の男で、遠目だと女の子に見える。
マルガレーテは立ったままで、テーブルの周囲をクルクルと歩き回っている。その動きをカルラは警戒した。いきなり襲われても対処できるように。
テーブルの上の小切手をスタースが手に取る。
「バテリアン商会の小切手? なんでバテリアンが1億も出すんだよ?」
「それはこっちの事情なので気にしないでください」
カルラはセルナを真似して淡々と言った。
ちなみにセルナは今頃、普通にアカデミーで授業を受けている。
「てかサイドテール超かわっ!」
マルガレーテはカルラのサイドテールに触ろうとしたが、カルラがサッと頭を動かして回避。
「ほほん?」マルガレーテが少し驚く。「もしかしてメイドちゃん、強い?」
「さぁどうでしょう。それより、お金は用意したのでメリッサを殺してください」
カルラは淡々とした態度を崩さなかった。
「メイドちゃんうちの子にならない?」
「なりませんが?」
「……姉貴、気に入った相手をうちに誘うの止めろよなぁ」
スタースが苦笑いしながら言った。
「可愛くて強いなんて我が家向きっしょ」
「……暗に自分は可愛いって言ってんの?」
「あーしは可愛いっしょ?」
しばしの沈黙。
まぁ可愛い部類だろうか、とカルラは思った。
しかしセルナに比べたら月とスッポン。もちろんセルナが月でマルガレーテがスッポンだ。
「それでメイドちゃん」スタースが言う。「名前は何ていうの?」
「カルラです。スタースさん」
「あーしの名前も呼んでカルラっぴ♪」
「マルガレーテさん」
「きゃー! ちょう可愛い!」
マルガレーテがカルラに抱きつこうとしたので、カルラはサッと席を離れて避けた。
「今のも避けちゃうんだぁ? やるぅ!」
マルガレーテは上機嫌で言った。
(こいつらの相手するの面倒なんですけど……)
カルラは早く帰ってエルフのティーネに理想を説きたいと思った。セルナがティーネを後継者にしようとしているので、カルラも全力でティーネを教育する所存なのだ。
「あの、依頼は受けてくれるんですよね?」とカルラ。
「えー? どうしよっかなぁー?」
「言われた通り、1億を用意したはずですが?」
「んー? でもでも、こーんな厄介な仕事、メイドを介して依頼するとかセルナっぴは軽く考えてるのかなぁ?」
「いえ、お姉様は単にアカデミーに行っているだけです。それに監視も付いているので、今はあなたたちと接触しない方がいいというだけです」
「監視?」とスタース。
「はい。お姉様を見張ってる奴がいるんです」
帝国情報局のヴォルフのことだ。別にまこうと思えばまけるが、そこまでしてセルナがアンシェル一家に会う理由はない。カルラで十分。
セルナもカルラもそう思ったからこそ、今日はカルラが小切手を持ってきたのだが。
「あーしはさぁ、セルナっぴにも会いたいわけよぉ」マルガレーテが言う。「こーんなヤバい仕事持ってくるわけだしぃ? 抱き締めてナデナデする権利ぐらいはあるっしょ?」
「ねーよ」
カルラはうっかり丁寧語が消えて真顔で言ってしまった。
その発言に、アンシェル姉弟が目を丸くする。
「いえ、お姉様は娼婦ではないので、そういうサービスはないです」
カルラは小さく咳払いしてから言い直した。
「カルラっぴって本当は口悪いっしょ?」
「だよね。オレもそう思う」
カルラは何も言わない。自分の口が悪いとは思っていないが、強く否定するほどでもないからだ。
「とにかくさぁ、あーしはセルナっぴが自分で依頼に来てくれなきゃ受けなーい」
「な……なんでですか?」カルラは少し焦る。「お金は用意しました。自分でもお姉様でも一緒でしょう? なんなら自分のサイドテールを触ってもいいですよ」
カルラが頭を差し出したので、マルガレーテはカルラのサイドテールに触れる。
そして揉み揉みしたり揺らしたり撫でたりした。
やがて満足したマルガレーテが頷き、カルラから離れる。
「じゃあカルラっぴ、セルナっぴを呼んできてね♪」
「触るだけ触っておいて!?」
カルラは驚いて大きな声を出してしまった。
「なんか悪いね」スタースが言う。「姉貴ってパッションで生きてるから……」
なんて厄介なアサシンなんだ、とカルラは思った。
きっとマルガレーテの言葉に深い意味なんてないのだ。本当にただセルナに会いたいだけなのだ。
カルラは前に、セルナにこの二人のことを聞いていたのだけど、実際に会って話して確信した。
姉の方の席はない、と。利用できるだけ利用したら必ず粛清する。
マルガレーテはルールを守るタイプじゃない。セルナの嫌うカオスそのものだ。
いや、セルナの好み云々よりも、そもそも理想の世界にカオスは不要。
資本主義者、帝国主義者、軍国主義者と並んで処すべき存在。
「とりあえずこれは一旦返すね」
スタースが小切手を差し出したので、カルラはそれを受け取った。
◇
「つまりヴォルフをどうにかしないといけないわけか」
セルナがやれやれと小さく首を振った。
「ごめんなさい、上手くできなくて」
カルラがシュンとして言った。
「いやいや、カルラは悪くないよ。あのカオスなアサシンのせいだから」
セルナは急いでカルラを抱き締めて、背中と頭をナデナデした。
カルラはそのことに満足してニヤニヤしているのだが、セルナは気付いていない。
ここはアルカサル公爵邸のセルナの部屋。セルナとカルラは立っていて、部屋の隅にティーネが座っている。
セルナはティーネに部屋を与えたのだが、なぜかティーネはずっとセルナの部屋に居座っている。
「ま、ヴォルフは適当にまこう」
すでに一度まいているので、それほど難しくはない。
「それにしても本当、いつまで監視を続けるのでしょう?」
「ああ。クヌートに聞いてみよう」
言って、セルナはカルラから離れる。カルラは名残惜しそうだったがセルナはさっさとソファに座った。
セルナは共鳴の指輪でクヌートを呼び出す。
「やぁクヌート。ちょっと聞きたいんだけど、私の素行調査はいつ終わるんだい?」
「素行調査? 何の話だ?」
返って来たクヌートの声は、本当に何のことか分からないという雰囲気だった。
「君じゃないのか? 帝国中央情報局の奴が私を見張っている。皇太子妃に相応しいか素行調査をしているのでは?」
「少なくとも俺は指示していない」
声の調子から、事実だとセルナは判断した。
「たぶんだが」クヌートが考えながら言う。「父か母だろう。心配するな。仮に問題があっても、俺はお前と婚約する。俺たちの共同戦線は壊れない」
「そいつは嬉しいね。ともに帝国を導こうじゃないか」
「ああ。帝国を世界最強に導こう」
クヌートの発言を聞いて、セルナとカルラが苦笑い。
セルナが導くのは理想の社会であって最強の国ではない。だからセルナは肯定の言葉は返さずに話題を変える。
「あ、素行調査のことなんだけど、誰が私を調べているのか正確に知りたいのと、できれば終わらせて欲しい」
「分かった。対処しよう」
「ありがとうクヌート。助かるよ」
「いいんだ。それより、次の休日にメリッサとお茶会をするんだって?」
「ああ。そうなったね」
「気を付けろ。あいつはアカデミー時代から他人をいじめるのが趣味のような奴だ」
「忠告どうも。上手く躱すさ。それじゃあまた」
「うむ。ではまた」




