20話 いい物を持っているんだ
店長と事務員はアルカサル公爵邸の応接室でソファに腰かけていた。
「いいソファだ。さすがは公爵家」
店長がソファを撫で回しながら言った。
「そうですね。素晴らしい品です」
店長の隣に座っている事務員も同じようにソファを撫でている。
店長と事務員はセルナを訪ねて公爵邸に来たのだが、セルナはまだアカデミーから帰っていなかった。そのことを完全に失念していたので、やはりワシは頭に血が上っていたのだろう、と店長は思った。
店長たちに対応したのは執事の一人だったが、セルナが戻るまで待つか問われて頷き、ここに案内されたというわけだ。
「こちらも良い品ですね」
テーブルの上に置かれている紅茶を飲んで、事務員が目を瞑って小さく頷いた。
「見るからに金が有り余っている、という様子だな」
店長はグルっと室内を見回してから言った。
「ええ。ですから今回の不渡りもすぐ解決するでしょう」
「だろうな。そうでなくては困る」
本当に困るのだ。普通の客なら暴力で従わせることが可能だが、セルナにはクヌートが付いている。そしてクヌートは竜絶を動かせる。
暴力という意味では、竜絶が帝国の頂点だ。なんなら大陸のあらゆる組織の中でも上位に位置している。
「最悪の場合は」事務員が言う。「第二皇子の助力が必要ですね」
「ああ。フェデーリ公爵家にも助けを乞う」
当然、犯罪組織の連中にも動いてもらう。ほぼ全面戦争のような形になってしまうので、店長も事務員も円満解決を望んでいるけれど。
店長たちがしばらく待っていると、唐突に応接室のドアを開けてエラストが入室した。
店長と事務員が立ち上がる。
「これはエラスト坊ちゃん、初めまして。ワシは……」
言葉の途中で、エラストが右掌を見せる。挨拶はいい、という意味のジェスチャ。
エラストは店長たちの対面に座った。
「お前らが誰かは知ってる。バテリアン商会だろ? 執事が言ってた」
「は、はぁ……そうでございますか」
言いながら、店長が座って事務員も座る。
一体、エラストは何をしに来たのだろうか、と店長たちは疑問に思った。
「用件を聞こう」
エラスは偉そうに足を組んだ。しかし7歳のエラストの動作はどこか可愛らしかった。少なくとも事務員と店長はそう思った。
「あ、いえ、我々はセルナ嬢に用があるのでございます」
店長が言って、エラストが店長を睨む。
「小公爵であるオレが用を聞くと言っているんだぞ?」
小公爵とは、次の公爵という意味だ。正式な後継者がそう呼ばれる。もちろん店長たちはそのことを知っている。だから7歳のエラストに丁寧な口調で話しているのだ。
「そう言われましても、セルナ嬢のプライベートな買い物に関することですので……」
「セルナ姉様が何か購入したのか?」
エラストが質問し、店長はどう言うべきか迷った。顧客との取引は秘密だ。そしてその秘密は守らなくてはいけない。
店長が迷っている間に、エラストが溜息を吐いた。
「まぁいい。それで? セルナ姉様の買い物の件で来たというのは分かった。何が問題だ?」
エラストは頭の回転が速く大人びている。
(公爵家の後継者として厳しく育てられていると聞いていたが、これほどとは……)
おおよそ、子供らしさというものを感じない。
店長は自分の息子であるジェイソンにもこうなって欲しかったのだが。
「問題についても、やはり当人と話したいと思います」と店長。
「そうか。そこまで秘密にするとなると、姉様が何を買ったのか気になるところだ」
「いえいえ、単に顧客の情報を流す商人など成功しない、というだけです。買ったものがヘアピンでも関係ありません」
「なるほど分かった。セルナ姉様はもう帰ってくるだろう。ゆっくりしていろ」
そう言って、エラストはさっさと応接室を出た。
「うちに欲しい人材だな」と店長。
「ええ。強いて欠点を挙げるならやや生意気な部分。ですが小公爵なら当然とも言えます」
「セルナと違って物分かりもいい」
「成長が楽しみな子ですね」
◇
「姉様、話してきましたー」
エラストはセルナにギュッと抱き着いた。
セルナはエラストの頭を撫でる。
「どうだった?」
「はい。かなり冷静でした。それに、資本主義の豚にしてはちゃんとしているというか、7歳のオレにも丁寧だったし、姉様がエルフを買ったことも言わなかった」
「そうか。でも騙されちゃいけない。連中は自分を守るためにそうしているだけだよ。いいかい? 彼らは人身売買をしているクズだ」
「はい。ただ、それを思わせない技術があるんだな、って」
エラストが言って、セルナが大きく頷く。
「豚どもは自分を偽るのが上手なんだよ。口先や見た目に騙されてはいけないよ。連中はそのいい例さ。優秀な商人に見えただろう?」
セルナが質問して、エラストが大きく頷いた。
「それじゃあ、連中の本性を見せてあげよう」
◇
セルナはカルラを連れて応接室に入った。
カルラは肩からカバンを斜めにかけている。
店長と事務員が立ち上がり、形式的な挨拶をした。セルナも軽い挨拶を交わしてから店長たちの対面のソファに腰を下ろす。
カルラはセルナの右斜め後ろに立った。
店長と事務員がソファに座る。
「それで私に用だって?」
セルナは非常に軽い感じで言った。
店長たちはその軽さを見て安堵した様子だった。
「実はセルナ嬢の小切手が不渡りだったんです」と店長。
「ん?」
セルナは驚いた風に首を傾げた。
「残高不足でして」店長が言う。「今日は一緒に銀行まで行って、入金して頂ければと思っております」
「ああ、それは悪かったね。ははっ、すっかり忘れていたよ」
セルナは楽しそうに笑った。
「では早速……」
「まぁ待ちたまえ。実はいい物を持っているんだ」
セルナが言うと、カルラがカバンから顧客名簿を取り出してセルナに渡す。
「これ、見覚えないかい?」
セルナが言うと、店長は顧客名簿をジッと見詰める。数秒見詰めたのち、目を見開いた。セルナが持っている物が何なのか気付いたのだ。
「な、なぜ貴様がそれを!?」
「貴様?」
セルナが急に真顔になって言った。
「あ、いや、セルナ嬢がなぜそれを……」
店長が言い直した。
「なぜだろうね? でも大切なのは私が持っている、ということだよ」
「……返して頂けるんですかねぇ?」
店長はセルナを睨みつけていた。拳を握って微かに震えている。激しい怒りが渦巻いているが、公爵邸でセルナに暴言を吐くわけにもいかないという苦しい心情が読み取れた。
「これを持っていた人物のことは心配じゃないのかい?」
セルナは悪意も何もなく、淡々と、ただ淡々と質問した。
あまりにも無機質で事務的な口調に、店長が一瞬だけ驚いた。
「……それはジェイソンが持っていたはずだ……ワシの息子で、特務部の部長だ。今日は無断欠勤していたが……まさか、誰かに襲わせたのか?」
「違うよ」
セルナは嘘を吐いていない。誰にも襲わせていない。自分たちで襲ったのだから。
あまりにもアッサリ否定されたので、店長はやや面食らったような表情を浮かべる。
「彼は少年たちと旅に出ると言っていた」
「なんだと!?」
店長が勢いよく立ち上がり、だけどすぐに冷静になって座り直す。
「旅の準備を少し手伝ってあげたら」ジェイソンは死出の旅、少年たちは新しい人生の旅だ。「これをくれたんだ。理解のない父親にダメージを与えて欲しかったのかもね」
「バカな……いくら出来損ないのクズでも……やっていいことと悪いことの区別ぐらい……」
店長はさっきより強く拳を握りしめて身を震わせた。
(ふむ、店長は未だかつてないほど頭が沸騰しているようだね。だから私を疑わないし、私とジェイソンがなぜ知り合いなのかも、旅の準備を手伝うほどの仲だというのも疑問に思えないようだ)
人間、怒りに呑まれると簡単なことすら理解できなくなる。やはり冷静沈着が一番だな、とセルナは思った。
「まぁそんなわけで、商人らしく取引をしよう。ああ、私は商人じゃないけどね」セルナが顧客名簿を自分の隣に置く。「これ、6000万で買うよね?」




