18話 命の値段
バテリアン商会特務部長であるジェイソンは20代後半の男性だ。スラッと背が高く顔立ちも悪くないので、アカデミー時代から女子にモテた。
モテたのだけど、ジェイソンは一度も女子と付き合ったことはない。アカデミー時代だけではなく、卒業して今日に至るまで一度もない。
なぜなら、ジェイソンは男が好きだったから。
そのことに気付いたのは、アカデミー経済学科の同期の少年に対して性的な興奮を覚えた瞬間だった。
ジェイソンは自分の性的対象が男であることをずっと隠していた。22歳になるまで。
ジェイソンが22歳の時、商会の裏の仕事を父と祖父から教えられ、そこで働くように言われた。最初は部長ではなく、部長の補佐から始めた。
そこでジェイソンが目にしたのは人身売買。ジェイソン好みの少年が売られているという事実。
ジェイソンは歓喜し、興奮し、歯止めが効かなくなった。身内価格で少年を購入し、愛でた。愛でる少年の数が3人になった時、彼らのために家を購入した。
普通の民家だが、壁を厚くリフォームして声が外に漏れないようにした。ジェイソンにとっての愛の巣が完成したというわけだ。
そして毎週、決まった日にその愛の巣を訪れ、一晩中少年たちを愛でるのがルーチン化していた。
だから今日もジェイソンは愛の巣へと向かった。愛の巣に行く日はいつも早めに業務を終えるのだが、今日はサムが無断欠勤をしていたせいで早めに上がれなかった。
サムの家に人をやったが不在だった。
ジェイソンは少しイライラしていたが、普段通りに自宅で風呂に入る。召使いに身体を丁寧に洗わせ、よい香りを漂わせる。
それから軽い食事を摂って馬車で愛の巣へと向かった。
ジェイソンはどこに行くにも必ずカバンだけは持って行く。別に少年たちを愛でる道具が入っているわけではない。それらの道具は全て愛の巣にある。
このカバンは業務で使うあれやこれやが入っているもので、ジェイソンの命と少年たちの次に大切な物だ。
愛の巣に到着して、ジェイソンは馬車を降りる。
愛の巣には少年たちが逃げないように見張りを雇って住み込ませている。少年たちは足枷と鎖で繋いでいるので、彼らの世話係も兼ねている。
愛の巣に到着したら、まずは見張りたちに金を渡し、しばらく家を空けてもらう。それから少年たちに【クリーン】をかけて綺麗にする、という流れだ。
ジェイソンが愛の巣に入る。
いつもなら見張りの誰かが寄ってくるのだが、今日は誰もジェイソンを出迎えなかった。
「おい、いないのか?」
ジェイソンが言った。
もし見張り連中が仕事をサボったなら、解雇して別の見張りを雇わなくては、と思った。
ジェイソンは寝室へと向かった。寝室は1階で、この家で一番広い部屋であると同時に、少年たちを監禁している部屋でもある。
ジェイソンが寝室のドアを開けて中に入ると、見張りも少年たちもいなかった。
だけど。
代わりに仮面の少年少女がそこにいた。
ソファに座っている少女の仮面はSの模様が描かれている。
ジェイソンは即座に逃げようと踵を返したのだが、目の前にCの仮面の少女が立っていた。まるでジェイソンの逃走を予測し、逃げ道を塞ぐように。
「中に入りたまえ」
Sの少女が凛とした声で言った。
Cの少女が複数の【マナアロー】を浮かべた。【マナアロー】が使えるのは2星以上で、複数使用は3星以上。そして、その数が5個を超えたら4星以上。
(バカな!? 最低でも4星以上の魔法使いだと!?)
ちなみに4星魔法使いとは、ごく一部の天才がアカデミーを卒業する時のレベルだ。しかしCの少女は小柄で、とてもアカデミーを卒業しているような年齢には見えない。
もし見た目通りの年齢でこの実力なら、人類最強レベルに成長することは間違いない。
「早く入って」
Cの少女が幼さの残る声で言った。
ジェイソンはジリジリと後退するように寝室に戻った。それを見てCの少女が【マナアロー】を消す。
「カバンを」
壁にもたれていたNの仮面の少女がジェイソンに近寄って言った。
ジェイソンは反射的にカバンを抱き締めた。
その反応が気に入らなかったのか、Nの少女はジェイソンの玉を蹴り上げた。
ジェイソンは声にならない悲鳴を上げながらその場に崩れ落ちた。
「玉蹴りのエヌ……」とJの仮面の少年が呟いた。
床に落ちたカバンをNの少女が拾い上げ、Sの少女に渡す。
Sの少女がカバンの中を漁って、裏の顧客名簿一冊と裏の帳簿二冊を取り出した。迷わずそれを盗ったので、最初からそれが狙いだったのだとジェイソンは理解。
Sの少女は名簿をパラパラ捲ったあと、帳簿もパラパラと捲った。
「うん。これより前の帳簿は?」
「……滅多に見ることのないものだ……オレは持ってない……本店の金庫だ……」
最近の帳簿と名簿は何度も見るし、取引がある度に書き加えることになるので、ジェイソンは持ち歩いていた。
「まぁそうか。直近数年の分だけあれば十分だよね」Sの仮面の少女が言う。「私たちにとってもね」
「オレの……少年たちは?」
仮面の連中が帳簿と名簿をどうするのか、このあとジェイソンをどうするのかよりも、そのことが気になった。
「君が凌辱していた少年たちは逃げ出したよ」
「凌辱じゃない! オレたちは愛し合っていた!」
ジェイソンは蹲ったままだが、声を張り上げた。
「そうかい? でもあの子たちはここにいるより浮浪者になった方がマシだと言って出て行ったよ?」
「男のモノをしゃぶるなんて冗談じゃねぇ、とも言ってたな」
Jの仮面の少年が肩を竦めた。
「ちくしょう……オレの可愛い少年たち……なぜだ……」
ジェイソンは泣いていた。玉が痛いからではなく心が痛いから。大切なモノを失ってしまったから。
それは帳簿でも名簿でもなく、少年たちのこと。
「……泣きたいのは少年たちの方だったと思いますけど」Nの少女は怒ったように言う。「凌辱の限りを尽くしておいて、純愛だったとでも言うつもりですか? 同志、もう粛清してもいいでしょう?」
「待て。まだ使い道がある」Sの少女が言う。「ジェイソン、君の命に君はいくら払う?」
ジェイソンはただ泣いていて、質問に答えなかった。
Nの少女がジェイソンの顔を蹴った。
「死にたいのか?」Sの少女が言う。「私は資本主義者に慈悲を施すほど優しくない。命の値段を言え。折り合いが付けば生かすかどうか検討してやる」
「……2000万……」ジェイソンが言う。「オレに出せるのは……そのぐらいだ」
実際、ジェイソンの貯金はその程度だ。少年たちの生活費に、見張りへの報酬など、毎月それなりの額を使っている。
それだけではなく、一流の商人としてあらゆる持ち物にも拘っている。Sの少女が帳簿と名簿を抜いたあと床に落としたカバンですら15万リブラだ。
「君の父や祖父なら? 君の命にいくら出すと思う?」
「……ゼロだ」ジェイソンは小さく首を振った。「奴らにとってオレは、後継者すら作れない変態の失敗作だ。オレには妹がいて、将来会長になるのも妹だろう」
「分かった。小切手を書け」
Sの少女が言うと、Jの少年がカバンを拾ってジェイソンの目の前に投げた。
ジェイソンはカバンの中に手を入れ、小切手と万年筆とクリップボードを取り出す。
それから小切手をクリップボードに乗せて万年筆で金額を書き込んだ。
描き終えるとNの少女が小切手を受け取り、Sの少女に渡した。
Sの少女は微笑み、小切手を仕舞った。
「さてジェイソン。約束通り君を生かすか検討したんだけど、君ってばレイプ犯で人身売買に手を染めていて、その上、バリバリの資本主義者だろう?」
Sの少女の声はどこまでも事務的だった。
「残念だけど、やっぱり君の席は用意できそうにない」
「な……どういう意味だ!?」
「こういう意味です」
Nの少女が【マナアロー】でジェイソンの胸を貫いた。
「この……薄汚い強盗どもが……」
それがジェイソンの最期の言葉になった。
「ま、資本主義者で長年少年たちを凌辱して」Jの少年が言う。「その上、人間を商品として売るような奴を生かす理由があるなら教えてくれってなもんだな」




