17話 透明な水のように
「商品を持ってこい」
店長が競売人に言った。
「しかし……」と競売人。
「黙れ。いいから持ってこい」
店長は酷くイライラした様子で言った。
「はい!」
競売人は急いで商品を置いている裏へと移動。
セルナはニッコリ笑ってから共鳴の指輪に魔力を通す。
「ありがとうクヌート。確認したかっただけだよ。また今度話そう。任務お疲れ様」
「うん、ああ。分かった。ではまた」
クヌートは少し疑問に思ったようだが、深く追求せず話を終えた。
セルナは左手を下げた。
「セルナ様」店長が真剣な様子で言う。「言っておきますが、商品を購入した時点であなたも帝国法に違反している」
「ふむ。それで?」
「たとえ皇子殿下があなたを庇い、無罪になったとしても、あなたの評判は地に落ちる。アルカサルの評判とともに」
「それで?」
セルナがあまりにも淡々としていたので、店長は少し面食らったような顔をした。普通の貴族は評判が落ちることを酷く気にしている。もちろんセルナもそのことを知っている。だがもともと孤児であるセルナにはどうでもいいことだ。
「……あなたは皇子殿下の婚約者ではなくなり、それに伴って皇太子も第一皇子殿下以外の者が選ばれるでしょう。人を買ったあなたを国民は許さない」
「私は回りくどい話が嫌いだ。ハッキリ言いたまえ」
「二度とワシを脅すな。次は許さん」
「許さない? 私と一緒に竜絶に捕まるかい? まぁ確かに私の評判は落ちるし、普通に裁かれるかもしれないけど、でも君たちは脱税してるからなぁ」
帝国法において、人身売買なんかより遥かに重罪なのが脱税だ。
そして、ある一定以上の利益を上げている個人、団体は『売上税』を納めなくてはいけない。職種は関係ない、帝国の決めた売り上げの基準を超えたら絶対に払わなくてはいけないのだ。
意外と基準が高いので、その辺で小さな店を経営している平民には何の関係もない税金だ。
店長は怒りを嚙み殺しています、という表情を見せた。
「だってこのオークションの売り上げも、倉庫にいた商品の売り上げも、徴税官に報告していないだろう?」
セルナは冷たく無機質な声音で言った。
「……もういい。セルナ様、会員証を返してください。あなたは出禁です」
「分かった。二度と関わることもないだろう。お互い忘れよう。君は脱税で一族郎党処刑されたくないだろうし、私も牢屋に入りたくはないからね」
セルナは肩を竦めてから、会員証を店長に渡した。
そのタイミングで、競売人がエルフの少女を連れてきた。
少女は普通に平民の服を着ていた。
(まぁさすがに全裸で渡したりはしないか)
セルナは少女をマジマジと見ながら思った。
「今日からこのお嬢様が」競売人が言う。「あなたのご主人様です」
少女がコクンと頷いた。
「この子は命令を聞くのかい?」
「そのはずですが?」と競売人。
「よろしい。では私についてきたまえ」
言ってから、セルナが歩き始める。少女がそのあとに続き、カルラが少女の後ろに回った。
◇
「クソ! 生意気な令嬢が!」
店長は折り畳みの机を思いっ切り蹴っ飛ばした。
もちろんセルナたちの姿が見えなくなってからのこと。
「たまにいますよね、何でも自分の思い通りになると思っている底抜けのバカ娘」
競売人がやれやれと首を振った。
「クソ! なぜあんなクソが皇太子候補の婚約者なんだ! クソ!」
店長は床を何度か蹴った。
「見た目でしょう」競売人が言う。「わたくしに少女趣味はないですが、それでもあの美しさは目を見張るものがありました」
「犯罪組織で貴族令嬢の拉致をやるところは?」
「……店長?」
競売人が目を見開いた。
「……冗談だ」店長が深呼吸をしながら言う。「できるなら拉致してぶち犯して死ぬ寸前まで殴って大人の怖さを教えてやりたいところだが……」
セルナが第一皇子の婚約者でなければ。セルナが公爵令嬢でなければ。あるいはアルカサル公爵家が顧客なら、当主を通してある程度のお仕置きはできたかもしれない。
「生意気な令嬢でしたが、6000万で買ってくれたわけですし、ね?」
競売人は店長を宥めるように言った。
「ああ。そこだけは感謝だ」
ちなみにあのエルフの少女の購入額は1000万リブラ。その倍からオークションを始めたのだ。
店長たちは知らない。
セルナが1リブラたりとも支払う気がないことを。
◇
エルフの少女を自宅に連れて帰ると、そのあまりの神々しさに召使いたちが卒倒しかけていた。
ベンジャミンやテランスまで少女を見に来る始末だった。
セルナは「訳あって保護している」とだけ2人に伝えた。ちなみに帰りの馬車の中では護衛騎士の2人も少女を気にしていたが、何も問わなかったのでセルナも何も言わなかった。
少女は綺麗だったが、一応メイドたちが風呂に入れて、サイズの合うメイドの私服を貸し与えた。
近くこの子の服を買いに行かなくちゃ、とセルナは思った。
「すごぉい! 耳がぴーんってなってるぅ!」
リデアが少女の耳を無遠慮に触る。
ここはセルナの部屋。少女は床に座っていて、その背後にリデアが立っている。
セルナはソファに座り、セルナの膝の上にカルラが座り、エラストはセルナの対面に座っている。
少女は少し困ったような表情をしていたが、何も言わない。
「リデア、エラスト」セルナが言う。「私はその子を同志として迎えたい。だから仲良くしてあげてくれ」
「「アクセプト!!」」
リデアとエラストが元気よく言って、カルラがうんうんと頷く。
「私がアカデミーに行っている間、その子の世話をしてあげて」
セルナが言って、リデアとエラストが頷く。
これでリデアとエラストは、セルナがいない時に理想の社会についてせっせと語るはずだ。
「ところでその子の名前は?」とエラスト。
「知らない」セルナが言う。「君、名前はあるかい?」
「……ティーネ」
エルフの少女は消え入りそうな声で言った。
ほぉ、とセルナたちが感心する。少女の声は澄んだ透明な水みたいだったから。
いや、セルナは実際に水をイメージできた。
「ティーネは水属性か?」
「……はいご主人様」
「ふむ。ご主人様という呼び方は好まない。私の名前はセルナだ」
同志と呼ばせるのはまだ早い。
「……セルナ様」
「それでいい」
それからみんなで雑談をして夕食を摂って、また雑談に花を咲かせてから眠った。
ティーネはあまり喋らなかったし、セルナが一緒にベッドで寝ようと誘ったけど嫌がったので好きな場所で寝るように言った。
そうするとティーネは部屋の隅の方で丸まって眠った。猫みたいだとセルナは思った。
「ベッドの方が気持ちいいのに」
そう言ったのはカルラだ。
カルラはセルナのベッドでセルナと一緒に寝ている。実はカルラの部屋も使用人たちの寮にあるのだが、ほとんどの夜をセルナと過ごしている。
◇
「ヴォルフはまだ私を監視している?」
セルナは共鳴の指輪に向けて言った。
ここはニーナの新しい家のニーナの部屋。カノー男爵に相場の倍の金を払ってもらって引っ越したのだ。とはいえ、カノー地区を出たわけではない。
「ああ。ニーナの家を表から見張ってるぜ。ちなみにディープアイズはもう姿を見せねぇから、そっちは終わったみたいだ」
指輪からジャックの声。
この部屋にいるのはセルナ、カルラ、ニーナの三人。アカデミーの帰りに寄ったのだ。
「分かった。では裏から出よう」
「……重要度の低い任務にしては」ニーナが言う。「監視が長いですね」
「ああ。何かあるのかもしれないね。でも今は任務に集中しよう」
セルナ達は全員が戦闘服に着替えている。その上からローブを羽織って普通の服装っぽく見せかけている。ローブの中には仮面も仕込んでいる。
セルナたちは裏から外に出て、ジャックとの待ち合わせ場所に急ぐ。
そこにはSIUの仲間が手配した貸し馬車が用意されていた。ちなみに御者はジャックが務める。
セルナたちはサッと馬車に乗り込み、ジャックが馬車を走らせる。
目的地はバテリアン商会特務部長が少年たちを囲っている小さな民家。今日は部長が少年たちを愛でるために民家に来る日なのだ。
「到着と同時に突入し、速やかに見張りを制圧して対象の帰宅を待つ。少年たちは抵抗されない限り手を出すな」
「「アクセプト」」




