16話 セルナは厄介客
「見てくださいこの神秘的な美しさを!」
競売人が興奮した様子で言った。
会場内は異様な熱気に包まれている。エルフの少女を見る人々の目には、羨望や欲望の色が混じっていた。
芸術品に魅入られたような目をしている者たちもいる。セルナが右隣をチラッと確認すると、ルシアノがそういう目をしていた。
エルフの少女の見た目の年齢は人間だと15歳前後だが、エルフの実年齢は本人に確認しないと分からない。なんせ寿命が全然違うのだから。
だけど精神年齢は見ため通りのはず、とセルナは思った。
エルフの肉体と精神はゆっくりと成長するらしい。セルナのエルフ知識はあまり多くない。以前タッカーに魔法が得意な種族として概要を教わった程度だ。
「さぁそれではみなさん! 2000万から始めましょう!」
競売人が本当に楽しそうに言った。
ちなみに2000万円はエルフの前に出品された女性の落札価格だ。人間一人に2000万も出すなんて酔狂を通り越してイカレている、とセルナは思ったのだけど、今回はその額が開始価格である。
正気の沙汰じゃない、とセルナは思った。
カルラも同じことを思ったようで、ドン引きしている。
しかし会場の熱気は冷めることなく、価格もどんどん吊り上がっていく。信じられないような速度で4500万まで価格が上昇。
「5000万出す!」
そう大きな声で言ったのは第二皇子。彼は目元を隠す仮面を付けているが、彼の顔を知っている者にはあまり意味がない。
「おおおおっっとぉぉぉ!!」競売人がわざとらしく言う。「5000万が出ましたぁぁぁぁ! 人という商品において!! 史上最高額です!! このオークション始まって以来の!! とんでもない金額だぁぁぁ!!」
果たしてエルフを人と呼んでいいのか。セルナは疑問に思った。セルナの中ではエルフと人間は完全に別種だ。
とはいえ、理想の社会を目指す上では種族の差はあまり関係ない。どうせ全員が平等なのだから。
「6000万」
セルナが手を上げて言った。
会場がどよめく。
「6000万!?」競売人が驚愕の声を上げる。「まさかの6000万!! さすがにここが限界か!? 他にありませんか!?」
「7……」
第二皇子が手を上げようとして、従者がその手を押さえた。不敬な行為にも見えるが、第二皇子は従者を咎めなかった。
ただ、エルフを購入できない悔しさで顔を歪めただけ。
「マジかよセルナちゃん……」
ルシアノが呆けたような声で言った。
「他にありませんね!? それでは6000万円でそちらのお嬢様が落札ぅぅぅぅ!!」
競売人がハンマーで何度も台座を叩いた。
◇
オークションが終わってからも、落札者たちは会場に残った。
小切手と少額商品を交換するためだ。まぁ、少額と言っても100万リブラ以下という意味で、100万を超える商品は小切手が換金できたあとに商品が届く。
落札者たちは次々に小切手を事務員に渡して、商品の引き換え券を受け取る。
「よぉセルナちゃん、エルフをどうする気だ?」とルシアノ。
「さっさと帰りなよ。君は何も買ってないだろう?」とセルナ。
「いや、6000万のエルフだぞ? 何に使うのか教えろよ。なんか好きな情報と交換でいいからさ」
ルシアノが言って、セルナが小さく息を吐いた。
「……あまりに美しいから私のメイドにしようと思って……」
「……なんだって?」
「……メイドにしようかなって……」
「冗談だよな?」
ルシアノが言うと、セルナがさっと地面に視線を移した。
「……マジかよセルナちゃん……。いくら希少で美しいからって、メイドに6000万? てか、そんな金あるのか?」
「あるから買ったんだよ」
もちろん嘘だ。セルナの口座にはその1割も入っていない。
でもセルナは思ったのだ。
そもそも、払う必要なくない? と。
どうせこれらは裏取引で、連中は治安維持隊には駆け込めないのだから。
「……半端ねぇな」ルシアノが呆れた声で言った。「で? 何か欲しい情報あるか? 約束だからな」
「今はない」
「そうか。んじゃあ、何かあったらまた来てくれ」
そう言って、ルシアノは眼鏡の女性を連れて一階へと戻った。
会場の人はどんどん減っていき、客はセルナとカルラが最後となった。
セルナは事務員の方へと移動し、折り畳みの机の上で小切手を切る。
「すごいお買い物でしたね」
事務員がニコニコと言った。
「ああ。早速だが商品を持って帰りたい」とセルナ。
「申し訳ありません。高額商品は換金の確認が取れてからの引き渡しとなります」
言いながら、事務員が引換券を渡す。
その券は無駄にいい紙を使っていて、手触りが滑らかだった。
「君じゃ話にならない。上の人間を呼びたまえ」
「いえ、お嬢様……」
「私が誰か知らないのかね?」
セルナは威圧するように事務員を睨みつけた。
「そう言われましても……」
「私は今日、商品を持ち帰る。どんな手段を用いても、だ」
セルナが言うと、競売人がセルナの方へと駆け寄る。
「お嬢様、オークションにはルールというものがありまして」
競売人が言うと、警備を担当していたチンピラ風の連中が4人集まってくる。
「私はセルナ・アルカサルだ」
「存じおりますお嬢様」競売人が笑顔で言う。「しかし、ルールはルールですので」
「本店の店長を呼びたまえ。私は彼の紹介で来たのだ」
セルナが言うと、競売人は警備の一人に店長を呼んでくるように言った。
店長が一階でワインを飲みながらどこかの貴族と談笑していたのを、セルナは知っている。
◇
(お姉様、厄介客の演技が凄いっ!)
カルラは心から感心していた。
していたのだが、ふと思い至る。
(……てゆーか、演技じゃなくて素なのかも?)
自分こそが唯一の指導者だと思っているセルナは、基本的に上から目線だ。その上、資本主義の豚たちのことを心から見下している。
カルラがそんなことを考えていると、警備に連れられた店長が降りてきた。
「セルナ様、困ります。高額でお買い上げ頂いたことはありがたいのですが、物事には決まったルールがあります」
店長の言葉に、カルラは少しムッとした。
この世界でルールを決めていいのはセルナだけだ。そして守らなければいけないのはセルナが決めたルールだけだ。
資本主義者の決めたルールなどに従う必要はそもそもない。
本来、セルナが秩序であって資本主義者が粛清されるべきカオスなのだ。同志ニーナがこの場にいたらその話題で盛り上がるのに、とカルラは思った。
「だが私は今すぐあのエルフの子を持ち帰りたい」
セルナは淡々と言った。
一歩も引かない所存だ。
「セルナ様、遅くても三日です。三日以内に我々は小切手を換金して商品を届けます。そのぐらいは待てるでしょう?」
「待てない。私はもうあの子を連れて帰って色々やりたい。歯向かうなら……」
セルナは左手を持ち上げる。その薬指にはクヌートに貰った共鳴の指輪がある。
セルナは迷うことなくその指輪に魔力を通す。
「クヌート、私だ。少し話したい」
「どうしたセルナ?」
指輪から聞こえた第一皇子の声に、オークション関係者の顔が強張る。彼らはクヌートの声など知らないはずなのに。
だがそんなことより、セルナは第一皇子であるクヌートを呼び捨てにして、更にタメ口を叩いたのだ。そして、それをクヌートが咎めなかった。
2人がどれほど深い仲なのかを彼らは一瞬で悟った。
(使える者はたとえ軍国主義者でも利用する! さすがお姉様!)カルラはまた感心していた。(むしろ本来は磔にするべき軍国主義者だから罪悪感もないっ!)
「陛下に頼んで竜絶を向かわせて欲しい場所がある、と私が言ったらどうする?」
セルナは悪意も何もなく、ただ事務的にそう質問した。
「陛下に頼まずとも、竜絶なら俺の意思である程度は動かせる」とクヌート。
店長が高速で首を左右に振っている。セルナの意図を理解したのだ。即ち、竜絶にバテリアン商会の本店を襲撃させるということ。
竜絶は治安維持隊と違って、白も黒も関係ない。証拠の有無も関係ない。徹底的に調べ上げ、徹底的に尋問し、徹底的に暴き、徹底的にぶっ潰す。そういう組織なのだ。
ぶっちゃけ、SIUにとっても竜絶は厄介な存在だ、とカルラは思った。
セルナは共鳴の指輪に魔力を送るのを止める。
「ところで私はエルフを連れて帰ってもいいかな?」




