15話 オークションは欲望の吹き溜まり
セルナはメイドと護衛2人を連れてドリクロ地区の建物の前で警備員と何か話している。
ヴォルフはそれを少し離れたところから監視していた。
(ワイン品評会?)
立て看板にはそう記されている。
セルナは護衛2人を置いて、メイドと2人で建物の中へと入った。警備員に護衛は連れて入れないと言われたのだろう、とヴォルフは察した。
建物は二階建ての大きな酒場のような場所で、外装はそれなりに綺麗だった。
(13歳のセルナ嬢にワインの味が分かるとは思えんが……)
ヴォルフは何気ない感じでその建物に近寄る。警備員がチラッとヴォルフを確認。ヴォルフも警備員を観察。
(チンピラかチンピラ上がりの警備、か)
胡散臭い、とヴォルフは思った。
「あの、すみません」ヴォルフは警備員に声をかけた。「ワインの品評会ですか? 実は私、ワインが大好きで……」
言葉の途中で、警備員がヴォルフを軽く押した。
「会員制です」
「では会員に……」
「あなたでは相応しくない。お帰りください」
警備員は威圧するようにヴォルフを睨む。一般人ならビビッて身が竦むだろうが、ヴォルフには通用しない。
だがこれ以上揉めても意味はない。
ヴォルフはビビった振りをしてその場を離れる。そしてまた監視する。
(客は貴族と準貴族か?)
ヴォルフは職業柄、多くの貴族と準貴族の顔と名前を記憶している。
貴族がメインの会員制の集まり。多くの場合、それらは退廃的な目的だったりする。たとえば、大麻吸引をしながら乱交パーティとか。
とはいえ、それは若い連中がメインだ。この品評会の客層は幅が広い。
(犯罪組織の幹部?)
各地区の犯罪組織の幹部の顔も、ヴォルフは記憶している。そいつらまでこの品評会に集まり始めたのだ。
(きな臭い……。治安隊を使ってガサ入れするか? いや、名分がない……)
犯罪組織の幹部がいる、という理由だけでは治安維持隊は捜査できない。少なくとも中で違法なことが行われているという確信がなければ。
情報局と竜絶なら自由捜査権があるので、無理やり踏み込むことも可能だ。しかし、どちらにしても一緒に踏み込んでくれる者はいない。
セルナ・アルカサルを捜査しているのはヴォルフだけなのだから。
(やはり一人では限界か)
普通なら上司に報告して正式な調査チームを組むのだが、相手がセルナでは許可されないだろう、というのがヴォルフの見立て。
なんせ皇太子にもっとも近いクヌートの婚約者なのだから。何も出なかった時のリスクが大きすぎる。
少なくとも、セルナが違法なことに手を染めている証拠が必要だ。それも軽犯罪ではなくそれなりの犯罪でなくては説得できない。
(ひとまず、この建物の所有者を調べるか)
ヴォルフは区庁舎へと向かった。
◇
ワインの品評会という名分でバテリアン商会主催の闇オークションが行われる。
実際、建物の一階部分ではみんながワインを飲んでいる。ついでに葉巻を吹かす者もいて、それらの香りにセルナは少しむせた。
「さっさと地下に行こう」
言って、セルナは地下への階段を降った。もちろんカルラも一緒だ。
この闇オークションには人間以外にも様々な商品が出品される。古代の魔道具、希少な魔物の身体の一部、禁書とされている本などなど。ちゃんとした品もあれば偽物もあって、それらを見極めるのは客の鑑定眼に委ねられる。
他にも明らかな盗品や情報なんかも出品される。
「あっれー? セルナちゃんじゃーん。何か目当ての品があるのか?」
「げっ、ルシアノ……」
セルナは嫌そうに顔を歪めた。
それを見てルシアノは傷ついたように胸を押さえた。
地下にはすでに多くの人が集まっていて、好きな席に座って談笑している。
「そちらの女性は初めまして」
セルナはルシアノと一緒にいた眼鏡の女性に挨拶をした。
「初めましてセルナ嬢。うちのマスターがいつも不快な思いをさせてすみません」
「君は話の分かる奴だね」
「え? 2人とも酷くない?」とルシアノ。
セルナはルシアノを無視して眼鏡の女性に【記録詠み】を使う。分かっていたことだが、この女性も白き翼のメンバーだとセルナは確信。スパイっぽい不正が多かったから。
「じゃあ、私たちはもう座るから」
言って、セルナはカルラを連れて空いている席に腰を下ろした。それからゆっくりと貴族たちに【記録詠み】を使おうと思っていたのだが。
「せっかくだし一緒にオークションを楽しもうぜ」
ルシアノがセルナの右隣に座った。
カルラはセルナの左隣に座っている。
眼鏡の女性がルシアノの右に座る。
「しっかしセルナちゃんが会員だとは驚いたぜ。一体、何回俺を驚かすつもりだ?」
ルシアノはニヤニヤと言った。
セルナは深い溜息を吐いた。
「相変わらずメイドちゃん可愛いね」
ルシアノはカルラに向けて言ったが、カルラは徹底的に無視を決め込んでいる。
「可愛い女の子でも買いに来たのかね?」とセルナ。
「おいおい、俺はそんな外道じゃねぇよ」ルシアノが言う。「ってか、その様子だとここが違法なオークションだってこと分かってんだな?」
「そりゃそうだろう君」セルナが苦笑い。「知らずに来るバカがいるのかい?」
「いや、いねぇな」
ルシアノが肩を竦めた。
と、オークションの進行役である競売人がハンマーを何度か叩いた。
競売人は前方のステージに立っていて、彼の前には机がある。机の上にはハンマーを叩くための台座がある。
客たちの雑談が止まり、競売人がオークション開始の挨拶を行った。
それから淀みなく最初の商品がステージに運び込まれる。魔物の牙だった。収集家の貴族が落札した。
それからしばらくは当たり障りのない商品が続いた。
6品目からは『情報』が連続で出品された。来年のアカデミーの試験に関する情報、ある貴族の性癖に関する情報、第三皇女ルビィの動向など。
「ルビィの情報を売ったのは君らだな?」
セルナは小声でルシアノに言った。
「かもな」とルシアノ。
情報の次は禁書などの少し危険な商品が出品され始めた。
「お姉様」カルラが小声で言う。「これは自分たちの理想から遠すぎます」
「ああ。金さえ払えば手に入る……」セルナはカルラの耳に口を寄せてから小声で言う。「必要な人に必要な物が届くのではなく、金持ちが欲望のままに欲しい物を手にするだけの仕組みだ。私が指導者になったらこんなクソみたいな仕組みは一掃する」
そのためには、セルナを殺そうとしているメリッサは確実に排除しなくてはいけない。セルナが死んでしまったら、そもそも理想の社会の実現が不可能になる。
オークションはそれなりに盛り上がっていたが、セルナもルシアノも何も買わなかった。
やがて見栄えのいい少年が出品され、会場が熱狂に包まれる。どこかの貴族の夫人が高値で落札した。
今度は見栄えのいい女性が出品され、今度は別のご婦人が購入した。同性愛者なのか、あるいは見栄えのいい女を嬲りたいのか。
「お姉様、本当に気分が悪いです」とカルラ。
「私もだよ」
平等で公平な社会からは程遠い。醜悪な欲望と金が渦巻く場所。
「さぁ次が最後の商品!」競売人が声を張り上げる。「エルフの少女です!!」
大きな鳥籠が台車で運ばれてくる。
鳥かごの中には銀髪のエルフが全裸で座っていた。そのあまりの美しさに誰もが息を呑んだ。セルナとカルラですらも。
銀髪の美しい少女をセルナは2人知っているが、その両方よりもこのエルフの少女の方が美しい。
ちなみに一人はアレシアで、もう一人は前世でセルナを殺した傭兵王。
エルフの少女は冷めた目で人々を見ていた。まるで檻の中の動物を見るように。
「カルラ、あの子を奪う」
セルナはカルラに耳打ちした。
「……長生きだからですか?」
カルラは一瞬にしてセルナの思考を読み取った。そのことにセルナは少し嬉しくなる。
セルナが考えたのは、万が一、億が一、セルナが理想の世界を創る前に死んでしまった場合、後継者が必要だということ。
エルフは人間より遥かに長く生きる。であるならば、セルナの次の指導者として君臨させるのに最適だ。




