13話 本拠地を見に行こう
バテリアン商会の本店はドリクロ地区にある。
ドリクロ地区は中央区の南東に位置していて、芸術街、あるいは変人街と呼ばれていた。この地区には劇場、音楽ホール、博物館、美術館などが数多く立ち並んでいる。
それに伴って俳優、音楽家、作家に画家なども多く住んでいる。そして彼らの半分は変人か社会不適合者。
人口密度が高く、商業区と呼ばれるカノー地区の次ぐらいに店舗の数が多い。
バテリアン商会の本店は地上三階建ての巨大な建造物で、1階は一般客向けのフロアで、ここで何でも揃うと言われている。仮に欲しい物が売り切れでも、他店舗からの取り寄せなんかも可能だ。
セルナがそのフロアに足を踏み入れた瞬間、女性の店員が駆け寄って来た。
「いらっしゃいませアルカサルご令嬢!」
「私を知っているのか?」
セルナは店員の顔を見ながら言った。
ついでに【記録詠み】を使ったが、この店員は特に何も悪いことはしていない。商会の裏の事業にも無関係だ。
セルナの側にはメイド服のカルラ、執事服のジャック、それから護衛騎士が二人。
ジャックは別にアルカサルの執事になったわけじゃなく、セルナがその服を着せただけ。
「もちろんでございます! 本日はどのようなご用件でしょう!?」
「ただのショッピングだと言ったらどうするんだい?」
「もちろんご案内いたします!」
店員は元気よく言った。
「案内はいい。店長を呼んでくれ」
「店長ですか?」店員が驚いたような表情を見せる。「しかし店長は忙しく……」
「ほう。君は私の祖父、つまりアルカサル公爵にも同じことを言うのかね?」
「い、いえ! 失礼しました! すぐに店長を呼んできます」
店員は急いで駆け出した。
商会の幹部は三階にいる。そこに連中の執務室がある。住み込んでいる者も数名。
ちなみに二階は事務所と商談を行うための談話室や会議室がある。他には社員専用のシャワーや食堂、ロッカールームなど。
「セルナは偉そうだから貴族令嬢がピッタリだな」とジャックが楽しそうに言った。
「でも私は孤児院生活の方が好きだよ」とセルナが肩を竦める。
今日のセルナは制服ではなくドレスを着ている。ヒラヒラして好きではないが、だいぶ慣れた。
「しかし公爵家というのは便利ですね」カルラが言う。「孤児ではこうはいきません」
「まぁね。その点は私も同意」
バテリアン商会の幹部はみんなアカデミーを卒業した準貴族だし、仲の良い貴族家や裏を通じて親しくなった貴族家も多数ある。
故に、下級貴族などは店長に会うことは叶わない。
「まだ待ちそうですし、情報の確認でもしておきましょうか」
カルラが言って、セルナが頷く。
カルラとジャックがセルナの両サイドにピッタリくっつく。
「店長は商会長の息子で、確実に黒」とセルナが小声で言う。
「会長の息子は三人でしたが、すでに二人が死亡」
「間違いなく店長が殺してるぜ。自分が将来会長になるために」
「店長は50代の小太りの男で、酒好き」とセルナ。
「子供は二人いて、長男が裏の部門を仕切っています」
「ああ」ジャックが頷く。「そして、この本店のどこか、たぶん地下倉庫に秘密の区画があって、そこにヤバい品が隠されている」
「私たちの目的は、まずはその区画に入ること」
セルナがそう言ったところで、さっきの店員と店長が駆け寄って来た。
「初めましてアルカサル令嬢」
店長が息を整えてから言った。
「ああ、初めまして」
セルナは笑顔を浮かべて言った。
「早速ですが、ワシ……いえ、わたくしを呼んだ理由を聞いてもよろしいですか?」
「普段通りの一人称で構わんよ。私は丁寧な言葉がそもそも嫌いでね」
「そうですか……令嬢にしては珍しいですね……」
「そうかもね。さて本題はここで話すことでもないから、談話室にでも行かないかい?」とセルナ。
「分かりました、ご案内します」
店長が歩き始め、店員も続く。
セルナ達もあとを追って歩いた。
店長は真っ直ぐ階段に向かい、そのまま二階へ。そこから廊下を少し進んで、近い談話室へと足を踏み入れる。
談話室は広く、落ち着いた雰囲気の空間だった。大きな窓から十分な光が入っている。
長テーブルあって、それぞれ一人用のソファが3つずつ置いてある。
護衛の2人も一緒に中に入ろうとしてので、セルナが2人を制する。
「君たちは外で待ってて」言いながら店員に視線を向ける。「悪いけど君、別室でこの2人にお茶でも出してあげて」
「はい! すぐにご案内します!」
店員はセルナの護衛2人を連れて違う部屋へと移動。
セルナの護衛2人は素直に従った。なんせ、セルナに待たされることには慣れているのだ。
「どうぞご令嬢」
店長は真ん中の席を示した。
セルナは特に逆らうこともなくそのソファに座る。両サイドにカルラとジャックも座った。そのことに店長は少し驚く。普通、使用人は立って待つものだからだ。
しかしセルナが何も言わないので、店長も何も言わない。そしてゆっくりとセルナの対面のソファへと腰を下ろした。
「それでご用件は?」と店長。
「私は無駄話が嫌いだから単刀直入に言う。奴隷を見せろ。良さそうなのがいたら購入する」
「は、はい? 人身売買は帝国法で……」
店長の言葉の途中で、セルナが右手を持ち上げて掌を店長に見せる。黙れ、という意味。
「無駄話は嫌いだと言ったはずだよ」
セルナは店長に【記録詠み】を使う。
店長は数多くの不正を犯している。その中に殺人教唆が2件あった。詳しく見ると、やはり兄弟の殺害だった。烈火に依頼して殺させていた。
「……そう言われましても」
「ある筋からの紹介で来たんだよ私は」セルナが言う。「別に正義のために君らを治安隊に売ろうなんて考えちゃいない。私は自由に遊べる奴隷が欲しいだけ」
「……ある筋というのは?」
店長は警戒している。その緊張がセルナにも伝わった。
「帝室関係者だ」
その言葉で、店長が目を見開く。
店長の不正の中には人身売買が含まれていて、第二皇子に少女を売ったことをセルナは今知った。
今も【記録詠み】は継続中で、セルナはせっせと店長の不正を確認しているのだ。
「私が誰の婚約者か知っているだろう?」
「も、もちろんです」
すでにセルナとクヌートの婚約は大々的に発表された。
「であるならば、当然、ここの常連である彼とも……」
「ええ! ええ! もう結構です、お名前は出さないでください」
店長が慌てた様子で言った。
「誰が聞いているわけでもあるまいし」とセルナ。
「それでも、です。ご令嬢」店長が真剣な様子で言う。「この商売は、顧客の情報を絶対に口にしてはいけないのです」
「なるほど。そいつは安心だね。私も世間では善人で通っているからね」
「ええ、もちろんご令嬢のことも口外いたしませんとも」
「よろしい。では早速、商品を見たい」
「分かりました。まずは地下倉庫に移動しましょう」
店長が立ち上がり、セルナたちもそれに続く。
店長を先頭に談話室を出て、地下倉庫へと移動する。
地下倉庫は区画が細かく分かれていて、どこに何があるのかすぐ分かるようになっていた。
更に奥に進むと、護衛が2人立っている扉があった。
(分かり易いな……)とセルナ。
護衛が店長に頭を下げる。
店長が「開けろ」というと護衛の1人が扉を開けた。
店長が先に入って、セルナたちが続く。
そこは地下牢のような空間で、廊下の片側に鉄格子で区切られた部屋が並んでいる。
廊下の逆側にも部屋がいくつかあるが、それはこの秘密倉庫を管理している者たちの休憩室だ。こちらは当然、鉄格子はないし普通のドアになっている。
セルナはおもむろにそのドアを開いた。中にいた人相の悪い男たちが驚いた様子でセルナを見た。
「ご、ご令嬢! 勝手に開けられては困ります!」
店長が慌てて寄ってくる。
「何があるのか気になってね、悪い悪い。従業員の休憩室だったか」
ニコニコと笑って、セルナはドアを閉めた。
「覚えたか?」と小声で言うセルナ。
「もちろん」とジャックも小声で返した。
覚えたのは連中の顔だ。これがセルナたちの本命。最初から奴隷を買う気などない。




