11話 社会主義と理想
「そんなわけで、私についている見張りの一人は情報局らしい」
セルナは共鳴の指輪に向けて言った。
ここはセルナの自宅のセルナの部屋。セルナはいつも通りソファに座っていて、カルラがセルナの膝の上に座っていた。
セルナは右手で共鳴の指輪を持っていて、左手でカルラが落ちないように抱いている。
ちなみに指輪にはヒモを通して首からぶらさげている。紛失防止のためだ。
「なんで情報局が?」指輪からジャックの声。「セルナは被害者でしかも皇子の婚約者だろ?」
「そう。だからなぜ情報局が私を監視しているのか分からないんだ。もし可能ならでいいんだけど、どいつが情報局か特定してくれないかな?」
現在、セルナを見張っているのは5人ほど。連中は外から見ているだけなので、セルナは特に問題視していなかった。
「分かった。やってみる」とジャック。
「一応教えておくけど、教師に私の監視を頼んだのはヴォルフという名の男で、年齢は33歳。見た目に特徴はないらしい」
「分かった。つっても、そいつが監視してるかは微妙だけどな」
「そうだね。情報局は大きな組織だからね。私も一応教えただけだよ」
「了解だ」
「自分、1つ思ったのですが」カルラが言う。「お姉様が皇子の婚約者に相応しいか内偵しているのでは?」
「その可能性もある」セルナが言う。「ただ、国家機関が動いているというのが少し引っかかるんだよ。目的を知りたい。ただの内偵なら問題ないけど、何か別の思惑があるなら対処しないとね」
「確かにな」ジャックが言う。「国家を敵に回すには俺たちはまだ弱い」
「その通り。いつか敵対するとしても、今ではない。悪徳商会探しはモニカを中心にやってもらって、ジャックはこの件を集中的に頼む」
「アクセプト」
ジャックが言って、セルナは指輪を服の中に戻す。
それからカルラのお腹をナデナデ。
「お姉ちゃーーーん!!」
ドアをバァンと開けてリデアが入って来た。
「こら、ちゃんとノックしないか!」
リデアのあとからエラストも入室。
二人はセルナとカルラの状態を見て、一瞬固まる。
「いいなぁ! リデアもお姉ちゃんに抱っこして欲しい!」
「いいよ。カルラ」
セルナが言うと、カルラはムスッとしながらもセルナの膝から降りた。それを確認してから、リデアがダッシュでセルナの前に移動し、セルナの膝に座る。
カルラはセルナの背後に移動し、そこに静かに立った。
エラストはセルナの対面のソファに腰を下ろす。
「さて子供たち、今日は社会主義と理想の世界について話す約束だったね」とセルナ。
リデアとエラストが頷く。
「社会主義には色々な潮流があるんだけど、私が目指すものを話そう」
セルナの前世の世界では、細かな定義や目指すべき先が違う社会主義が氾濫していた。もちろんどれもセルナにとっては偽物だ。唯一正しいのはセルナの理想の途中にある社会主義だけだ。
「今の搾取構造では個人がお金や色々なリソースを管理しているけど、社会主義では国がお金やその他のリソースを管理するんだ。そして平等に分け与え、貧富の差を失くす」
「びょーどー!」
リデアがニコニコと笑顔で言った。
「そう。平等な社会こそが社会主義の基盤となる」
「でも姉様」エラストが言う。「管理する人が独占してしまう危険があるのでは?」
「いい質問だエラスト」
セルナは右手でリデアを抱っこして、左手でリデアの頭を撫でながら言う。
「しかしそれは問題ない。なぜなら管理するのは私だからだ。私が唯一の指導者となるのだから、不正が起きるはずがないし、独占するはずがない」
「確かに」エラストが頷く。「でも姉様が死んでしまったら?」
「その頃には、世界は地上の楽園となっているから平気だよ」セルナが笑みを浮かべる。「そう、社会主義のその先。私たちの目指す理想の世界では全てが完璧に機能していて、誰も不正を行わない」
「それはどんな世界なんです?」とエラスト。
「まず貨幣制度は廃止され、個人の所有という概念も消えている。能力によって働き、必要な時に必要な物を必要なだけ持って行くことができる社会なんだ。仕事は強制されるものではなく、自発的な奉仕となる」
「なるほど……国はどうなるんです? 社会主義の時はまだ国が存在していました」
「楽園に国は存在しない。世界は大きな共同体となっているから、国は存在しないんだよ。であるならば、軍隊は必要なくなっている。戦う相手がいないからね」
ただし、不穏分子が生まれる可能性は捨てきれない。だから徹底した監視は必要だ。そして不穏分子を処分するための戦士も。
「世界へーわ!」
リデアが嬉しそうに言って、セルナがうんうんと頷く。
「そう。結局のところ、目指す先は世界平和なのだよ。平等で公平な繁栄。私の目指す世界の姿さ」
「素晴らしいです姉様!」エラストが目をキラキラさせて言う。「必ず実現させましょう!」
「リデアも協力するー!」
「ああ。よろしく頼むよ。資本主義者は?」
「「豚!」」
「帝国主義者は?」
「「吊るせ!!」」
「軍国主義者は?」
「「磔だぁぁ!!」」
子供たちはもう完全に同志だ、とセルナは満足した。
◇
それから数日後。
セルナはモニカの孤児院へと向かった。モニカたちが発見した悪徳商会についての話を聞くためだ。
共鳴の指輪で概要だけは聞いたが、詳しい話と連中をどうするかという話は直接行いたいとセルナは思ったのだ。
そもそも孤児院には定期的に顔を出して裏切り者がいないかも確認する必要がある。
いつものように孤児院の中に入るのはセルナとカルラだけで、護衛騎士は馬車の辺りで待たせておく。
院長とモニカがセルナたちを出迎える。
モニカは14歳の少女で、この孤児院を仕切っている『拠点指揮官』だ。
モニカはオレンジの髪を三つ編みスタイルのおさげにしている。顔立ちは可もなく不可もない。
モニカと院長の案内で、セルナたちは食堂へと移動する。そこには孤児たちが集結していた。
モニカがセルナの席を示し、セルナが座る。その右隣にカルラ、左隣りにモニカが腰を下ろした。
院長も空いている席に座る。
「こちらをどうぞ」
孤児の一人がセルナに3枚の紙を渡す。
セルナが1枚目に目を通す。そこに記されているのは目標の商会の基本情報。
「ふむ。バテリアン商会か」
帝都ではそれなりに有名な商会だ。商店もいくつかあるが、本業は隊商。帝国各地は当然として、外国にも交易路を持っている。
セルナが2枚目に目を通す。
「人身売買か」
「はい同志」モニカが落ち着いた声で言う。「この商会は裏で人間を売り買いしています」
帝国法では人身売買は禁止されている。大陸には人身売買を禁止にしている国が大半で、合法の国は僅かだ。
「帝都でも人の販売を?」とカルラ。
「はい同志カルラ」モニカが言う。「私たちはその……商品が本店に運び込まれている場面を目撃しています」
「その商品は誰が買うんだい?」
セルナは疑問に思った。帝国法に背いてまで人を買う理由がパッと思いつかなかったから。
「主に犯罪組織と」モニカが淡々と言う。「変態の貴族ではないでしょうか。確認は取れていませんが」
「なるほど。確かにどちらも需要がありそうだ」
犯罪組織は売春宿を経営しているところも多いし、そうでなくても使い捨てにできる人材は欲しいはずだ。
そして変態の貴族は、何をしてもいい相手を欲している。最悪殺してもいい相手を。
「……帝都で人身売買を仕切っているのは」
モニカは感情表現が苦手だが、少しだけ声に怒気が混じった。
「……バテリアン商会長の直系の孫です」
「なるほど。将来のために商会の暗部を仕切らせているってところか」とセルナ。
「たぶん、そうです。それで同志、どうしますか?」
モニカがジッとセルナを見る。
その目は命令を待っている目だ。
だからセルナは言ってやる。モニカや他の子たちが望んでいる言葉を。
「金を奪って叩き潰す。私たちの未来に連中の席はない」




