10話 やられる側の視点
アカデミー魔法科の教師であるステイシーは、注意深くセルナ・アルカサルを観察していた。
ステイシーは33歳の女性で、情報局のヴォルフとはアカデミーの同期だ。ステイシーは魔法科でヴォルフは騎士科だが、それなりに交流はあった。
「セルナ・アルカサル……。昼食はいつも平民のニーナと」
アカデミーの食堂は教師も利用できるので、ステイシーはここ三日ほどセルナ観察のために食堂を利用している。普段はお弁当だ。
ステイシーがセルナを観察している理由は単純で、ヴォルフに頼まれたから。ステイシーはヴォルフが情報局の人間だと知っていて協力している。
別に弱みを握られているわけでもなく、国家機関だから特に疑うこともなく協力しているのだ。
それに。
ヴォルフは魅力的だ。容姿は普通だが、自信に溢れているし、危険な香りがするのも素敵だ。少なくとも、ステイシーはそう思っている。
ふぅ、とステイシーは息を吐いた。
それから、三日間観察したセルナについての考えを頭の中でまとめる。
(授業態度は真面目)
基本的に、アカデミーの生徒たちは真面目に授業を受ける。セルナもそうだ。
(授業以外でも特にアカデミー内で問題を起こしたりはしていない)
喧嘩をする生徒は意外といるのだが、セルナそういう問題を起こさない。そもそも公爵令嬢に喧嘩を売る奴がいない、と言えばその通りだが。
(態度は横柄そのもの。傲慢な喋り方で、他人を見下しているけど、公爵令嬢ならそれも普通。むしろ誰に対しても同じ態度なので逆に清々しい)
第三皇女のルビィに対してもセルナはタメ口だ。教師たちですら、皇族には多少気を使うと言うのに、セルナにそんな様子はない。
(交友関係は狭いけど深そう)
たとえばニーナ。いつも一緒だし、セルナを見るニーナの目は教会の熱心な信者を思い起こさせる。
セルナはルビィとその取り巻きのシニッカとも仲が良さそうに見える。あとは、話す相手と話さない相手を明確に区別しているようだ。もちろん、それも公爵令嬢なら普通のことだ。
普通でないのは、身分で区別していない点。だがこれもセルナが平民として生きていたという背景があるので問題にはならない。
結論として、怪しい点も不可解な点もない。
「強いて言うなら……」ステイシーが小声で言う。「魔法に興味がなさそうなこと」
タッカーの弟子だとは思えないぐらい、セルナは魔法に対して淡々としている。
ちなみにステイシーはタッカーと同期だが、当時からタッカーは変わり者だったので仲が良かったわけではない。
(まぁでも、アカデミーを社交の場と考えてる貴族がいるのも事実)
将来の仲間を集ったり、結婚相手を探したりと、そういう目的がメインの生徒もいる。
技術や知識に興味は薄く、アカデミーを卒業したら準貴族になれるから通っているだけ、というタイプもいる。このタイプは貴族の次男や三男に多い。爵位を継げないので、独立する必要があるのだ。
セルナとニーナが移動を始めたので、ステイシーはこっそりあとを追う。
(疑わしい点はないけど、ヴォルフのために少し会話でも交わしてみましょうか)
ヴォルフからは観察だけでいいと言われているが、教師が生徒と話すのは不自然ではないはずだ。
セルナとニーナが廊下を曲がったので、ステイシーも曲がる。
「やぁ先生、私に何か用かな?」
セルナが薄く笑いながらそこに立っていた。隣にはニーナも立っている。
「ずっと見てましたよね?」
ニーナはステイシーを睨むように言った。
そんなバカな、とステイシーは思った。バレないように注意して観察していたはずなのに。
「アサシンだったりする?」とセルナが笑いながら言った。
「そ、そんなわけないでしょう!?」
ステイシーは驚いて少し大きな声で言った。
「アサシンはみんなそう言う」
セルナの黄金の瞳はどこまでも深く、まるで全てを見通しているような錯覚に溺れる。
ステイシーはセルナから目を逸らした。
「……暗殺されそうになったことは聞いています」ステイシーは努めて平静を装う。「それでナーバスになっているのでしょうが、先生はセルナさんを殺したりしません」
「ああ、そうだね。それで用件は?」
セルナは最初から、ステイシーがアサシンだとは疑っていない。なぜならセルナはステイシーの不正が分かるのだから。
そして、ステイシーは人を殺したことなど一度もない。
「……噂の公爵令嬢がどんな子か、気になったもので……気分を害したなら申し訳ありません」
「ふむ」
セルナは唐突に、左手でステイシーの右手を取った。ステイシーは驚いたが、さすがに振り払ったりはしなかった。
「セルナさん?」
ステイシーが言うと、セルナは右手を被せるように置いた。ちょうど、セルナの両手でステイシーの右手をサンドイッチしているような形。
「脈が速い。焦っているね?」
「そ、それはもちろん、観察しているのがバレたので……」
「誰に頼まれた?」
セルナがそう言った瞬間、ステイシーの心臓が跳ねた。
そして、そのことをセルナも知った。
セルナはニヤッと笑って繰り返す。
「誰に頼まれた?」
「だ、誰にも……先生はただ、セルナさんに興味があっただけで……」
そう言った時、別の生徒たちが談笑しながらステイシーたちの横を歩き抜けた。
その間も、セルナはずっとステイシーを見ていた。
ニーナもステイシーを見ている。
「ああ、先生、私は穏便に済ませてあげようと思っているんだよ?」
「セルナさん、先生は本当に……」
「しぃー」とニーナが自分の人差し指をステイシーの唇に当てた。
「先生の覗きの件、学園長に話そうか?」
セルナがそう言った時、ステイシーの心臓はさっきより激しく脈打った。
それから頭が真っ白になる。
(なんで!? どうして!? バレた!? いつ!? なんで!?)
そんな思考が脳内をグルグルと駆け巡る。
「騎士科の生徒たちは非常に汗をかく」セルナが事務的に言う。「だから大きなシャワー室がある。そしてシャワーを浴びるためには服を脱がなくてはいけない。そして服を脱ぐためには更衣室が必要だね」
「そして更衣室があるなら」ニーナが言う。「覗けますね」
(なんでなんでなんでなんで!?)
ステイシーはパニックを起こしそうになっていた。
しかし手を取ったままのセルナが、優しくステイシーの手を撫でた。その感触でステイシーは少し落ち着く。
「ああ、先生は魔道具を作るのが得意なんだね」セルナが言う。「オリジナルの魔道具を更衣室に仕掛けて、それを通して騎士科の男子生徒たちを覗いている。だね?」
「ど、どうして……」
ステイシーは足が震えて、今にも座り込みそうになっていた。
「騎士科の男子たちはいい身体ですもんね!」
なぜかニーナがステイシーに賛同するように言った。
「相談を受けたんだよ先生。ある生徒が魔道具を見つけて、私に相談したんだ。これが何か調べてくれ、と」
「先生もご存じでしょう? セルナの師匠はタッカー・プレイスです」
タッカーはこの件に何の関係もない。全てはセルナの【記録詠み】によるもの。だが名前を出すことで、ステイシーが勝手に脳内でストーリーを補完した。
(あぁ、タッカーなら、あの男なら私の魔道具の用途がどういうものかすぐに気付く! それに魔道具に残った私の魔力にも気付く!)
人生が終わった、という感覚でステイシーの震えが大きくなる。
もっと魔道具を完璧に仕上げるべきだった? あるいはもっとバレないように設置するべきだった?
ステイシーは性欲が前面に出すぎて、犯行の完璧さを追求していなかった。
もっとも、完璧な犯行であってもセルナには関係ないのだが。
「それで先生、誰に頼まれて私を監視しているのかな? 話してくれたら、覗きの件は目を瞑ろう。騎士科の生徒には何でもなかったと言っておいてあげるよ。まだ報告していないんだ。運が良かったね先生」




