4話 邪魔なら消せばいい、たとえ帝室でも
数日後。
タッカーの屋敷の学習部屋。
その部屋には多くの本棚が並んでいるけれど、その機能はとっくの昔に破綻していた。本の数の方が本棚を上回っていて、床や執務机にも本が重なっている。
小さな黒板にはアカデミー入試対策の問題が複数記されていて、セルナは執務机に座ってその問題を解いていた。
問題を解くのにセルナは紙と万年筆を使っている。セルナの持ち物ではなくタッカーの物だ。
「君は魔法に興味がなさそうなのに、なぜ魔法科へ?」
黒板の前の椅子に座っているタッカーが窓の外を見ながら言った。
時刻は昼下がり。
開いた窓から柔らかな風と陽気な太陽光が入り込む。
「騎士にはもっと興味がないのでね」
セルナが淡々と答えた。
あの日、タッカーを脅迫した翌日から、セルナはタッカーの家に住み込んでいる。もちろん、正式な弟子として。
「政治学科、経済学科、医療学科のどれかを出て準男爵になった方がいいのでは?」タッカーが言う。「特に政治。君は官僚に向いてそうだけど」
「ああ、そうだろうとも」
セルナはかつて、前世では書記長なんてポストに就いていたこともある。
組織の運営などの実務は得意だ。逆に言うと、今更またそれを学ぶ必要はない。
「なのに魔法学科に行く理由は何か」タッカーが少し笑う。「僕なりに推理したんだけどね」
ああ、それはきっと外れだろう、とセルナは思った。
魔法に興味がないのは事実だが、便利だとは思っているのだ。そして医療、経済、騎士には少しも興味がない。
以上、それだけである。
「ずばり第三皇女」
タッカーが指を1本立てた。
セルナは問題を解き終わったので、ペンを置いた。それから、紙をタッカーの方へと少しだけ滑らす。
タッカーが紙を持ち上げて目を通す。
「第三皇女ねぇ」とセルナ。
何も知らないけど?
「メイドの子で支持基盤が弱いから、皇位継承戦には参加しないだろうね」タッカーは紙から目を離さず言う。「それでも皇女は皇女だ。今年、魔法学科の試験を受けるって話だったはず」
「君、そういうの……つまり帝室や他の貴族の動向ってことだけど、興味なさそうに見えたけど勘違いかな?」
「もちろんない。けど、まぁ一応これでも領主だし、多少はね……」
「執事さんだろう? 彼は優秀そうだ」
セルナが言うと、タッカーが肩を竦めた。
(それにしても、皇女が同級生になるかもしれないのか。ある意味、チャンスだね)
帝室にも食い込めるかもしれない、という意味。帝室の情報を仕入れられれば、いずれ起こす革命で有利だ。
そう、セルナの理想の国家を目指すためには、帝室は邪魔なのだ。
そして、邪魔なら存在を消せばいい。
「全問正解」タッカーが紙を執務机に置く。「君、頭良すぎだろう」
「ふむ……正しい場所に正しい答えを書き入れただけ……なのだけどね」
こんなのはただの作業だ。
存在しない罪を捏造したり、存在しない書類を存在させることの方が少しだけ難しい。
「やはり君はただの孤児じゃないね」タッカーが言う。「僕なりに君の正体を考えてみたんだけど」
きっとそれも外れるぞ、とセルナは思った。
なんせ、セルナはただの孤児である。正真正銘、何の後ろ盾もない普通の孤児なのだ。ただ、前世の記憶があってギフトを持っているというだけ。
「黒髪に金色の瞳は多くない」タッカーが少し笑う。「そう、有名どころだとアルカサル公爵家の容姿だね」
「ふむ。それで?」
私は公爵家の特徴に合致するらしいぞ、とセルナは思った。
いつか何かに使えるかもしれない。
そして、タッカーの奴は聞いてもないのにどんどん情報を与えてくれる。実に都合の良い人物だ。
「やっと少し興味を引けたようだね」タッカーが言う。「新たな情報ギルド、エスアイユーだっけ? それの黒幕がアルカサル公爵家で、君は直系ではないだろうけど関係者だ。よって、幹部候補として育てられている、とか」
「その仮説が概ね正しいとして、何か問題が?」
セルナが言うと、タッカーがニヤッと笑う。
「いや? ただ、君の正体が気になっただけさ」
「深入りするならメンバーにでもなるかい? 上にそう伝える?」
セルナが言うと、タッカーが両掌をセルナに見せる。
「僕は情報ギルドに興味はないよ。本当に君の正体が気になっただけ。これ以上は深入りしない」
「そうかい。ところで私がお願いした『全住民の完全な戸籍登録』と『完全な資産登録』は進んでいるかい?」
「指示は出しているし、そのうち上がってくるさ」
「心配しなくても脱税は続けてくれていい」セルナが言う。「その2つは公式なものではなく、SIUが管理する。そして毎年更新してもらう」
「……分かったよ」
タッカーは何か言いたそうだったが、結局飲み込んだ。
「お姉様」
ピョコっと窓からカルラが顔を出した。カルラの桃色のサイドテールが揺れる。
タッカーが目を丸くする。
「ちょっと待って君、どうやって入ったんだい?」
「どうして入れないと思うのですか?」
カルラが真顔で言った。
「……うちの警備はそんなにザルかな……?」
タッカーが引きつった表情で言った。
「この子は優秀だから」言いながら、セルナが時計を確認。「定期報告の時間かな?」
「はいお姉様」
カルラはチラッとタッカーを見た。
こいつの前で報告してもいいのか、という問い。
「ここは僕の家なんだよねぇ」
その問いはタッカーにも理解できた。
「気にしなくていい。報告して」とセルナ。
「はい。例のギャング団は一網打尽にされました」
「それは素晴らしい報告だね」
「それと、誰がお姉様と一緒に帝都に行くかで揉めています」
「……なんだって?」
セルナが目を丸くした。
「そんな顔もするんだねセルナちゃん」とタッカー。
「一人は当然自分ですが」カルラが言う。「そもそもあと何人連れて行く予定で?」
「……えっと、ジャックを連れて行く予定だよ」
「分かりました。そう伝えます」
「うむ」
会話は終わったのだけど、カルラはその場を動かなかった。
「えっと?」とセルナ。
「お姉様がいなくて寂しいです」
カルラが言うと、セルナはクスっと笑った。
それから立ち上がり、窓へと移動。
セルナがカルラの頭を撫でて、カルラは気持ちよさそうに目を瞑った。
「さぁ、もう行って。また明日」
「はいお姉様、また明日」
カルラが窓から離れた。
「それでタッカー」セルナがタッカーの方を向く。「私はアカデミーに合格できるかい?」
「筆記は余裕だろう。あとは2星になれればってとこ。集中的に訓練すればなんとか間に合うと思う」
「最悪、ダメなら政治学科だね」
学ぶことは特にないが、アカデミーに行けないよりはマシ。
◇
数か月後。
帝都のスラム街。
セルナは入試を終え、本格的に帝都を散策していた。
カルラとジャックはすでに別々の孤児院に潜入済み。
帝都には孤児院が複数あって、その中でも御しやすい二か所に潜入させた。
単純にセルナの【記録詠み】でシスター&ブラザー、または院長が不正を行っていて、尚且つ脅迫に屈する性格の持ち主がいる場所を選んだ。
「華やかな帝都の影に、記録すら存在しない者たちの吹き溜まりがあるとはね。私の兵隊として安く雇えそうだ」
食料の配給だけでも十分に働いてくれそうだ。
そんなことを思っていると、アカデミーの制服を着た銀髪の少女が一人で歩いているのが目に入った。
「どう見ても貴族のお嬢様だけど……」
なぜこんなところに?
セルナは首を傾げると同時に、面白い秘密が握れるかもと思った。
銀髪の少女はすぐにスラムの連中に絡まれる。
そして。
少女は剣を抜いて絡んだ連中を全員斬り殺した。
「!?」
セルナは本能的にヤバいと察した。
なぜなら、その少女は酷く歪んだ笑みを浮かべていたから。
殺人鬼の類だ、関わってはいけないっ!
(私の理想には不要な存在だ、治安維持隊に通報するか……?)
脅迫など通用するタイプではない。
理屈など関係なく、脅した瞬間に斬りかかってくるタイプだとセルナは分析。
その場を離れようと踵を返した瞬間、
「わたくしを尾行するとはいい度胸だ」
その少女が信じられない速度でセルナの前に回り込んだ。
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