3話 純粋なる赤い星
領主の館、応接室。
座り心地のいい高価なソファに、セルナとクラーラは座っていた。
テーブルを挟んだ対面にはまだ誰もおらず、治安維持隊の隊長は2人の隣に立っている。
セルナはサッと室内を確認したけれど、まぁ普通の応接室だ。過度に飾り立てているわけでもなく、かといって安っぽくもない。
メイドたちが毎日ちゃんと掃除をしているのだろう、埃や汚れは見えない。
クラーラは落ち着かない様子だったが、セルナはリラックスしていた。
しばらく座って待っていると、領主のタッカーが執事を連れて入室。
クラーラとセルナが立ち上がる。
「隊長、今日は人を紹介したいということだったけど、それって本当に僕の時間を削る価値があるのかなぁ?」
言いながら、タッカーは早足でセルナの対面のソファに向かい、そのままドカッと座った。
執事はタッカーの斜め後方に待機。
「はっ! 必ず会っていただかなくてはいけませんでした!」
隊長がハキハキした声で言った。
治安維持隊は税金で働く公務員である。なので当然、領主は直属の上司となる。
「シスターと子供?」
この時になってやっと、タッカーはセルナたちに目を向けた。
セルナはすぐに【記録詠み】を使用。
以前、タッカーが外を視察している時にも使ったのだが、その時と変化はない。つまり、行っている不正は脱税だけということ。
ちなみにだが、【記録詠み】の表示する『不正行為』は所属する国の法律に依存する。
そして『裏切り行為』というのは、セルナに対して、あるいはセルナの組織に対しての裏切り行為しか表示されない。
だからそもそもセルナと関わりのない人間は、裏切りの項目が表示されないのだ。
「初めまして領主様」クラーラが言う。「あたしは孤児院のシスター、クラーラです」
「君は聖女候補か何かかい?」とタッカー。
タッカーは細身の優男で、茶色の髪には寝ぐせが付いている。年齢は30歳ちょうど。
「いえ、違いますが?」
「そう……それじゃあ、教会の階級の中で下から二番目の君が、僕に何の用? 珍しい魔導書でも持ってるの?」
タッカーはあまり興味なさそうな様子で言った。
情報通りの性格か、とセルナは思った。
タッカーは魔法以外には強い興味を示さない。
「もっといいものを持っています」クラーラが言う。「しかしそれを話す前に、隊長は退室してください。できるなら執事さんも」
「分かった。廊下に待機しておく」
隊長はすぐに回れ右をして、応接室を出た。その従順な様子に、タッカーは「ほう」と目を細める。
「いかがいたしましょう?」と執事。
「……いいよ。退室して。シスターが何を持ってきたのか気になる」
タッカーが言うと、執事は一礼してから退室。
「で?」タッカーが鋭い視線でクラーラを射抜く。「つまらないモノなら……覚悟はできているよね?」
「あ……え……」
クラーラは魔法士の視線に怯え、ちゃんと言葉を紡げない。
はぁ、とセルナが溜息を吐く。
クラーラはやはり小物だ。いつまでも偽のボスを演じさせるのは厳しい。
「タッカー・プレイス」セルナが淡々と言う。「君は『竜絶』を知っているだろう?」
「もちろん」タッカーが頷く。「皇帝直属の特務騎士団で、皇帝のためなら何でもする野蛮な連中だね。それが何か?」
「彼らは帝国全土で自由に捜査を行い、そして自由に処罰することができる」
「知っている……というか、君、いくら孤児でももう少し礼儀を弁えた方がいい。シスターは教えないのかな?」
タッカーが再びクラーラを睨み、クラーラがビクッと身を竦めた。
「クラーラ、あとは私がやる」
セルナが立ち上がり、タッカーが身構える。
「安心したまえ、君を殺すつもりならもうやっている」
「君は……ただの孤児ではないね?」タッカーが言う。「アサシンか?」
「冗談だろう? 私みたいな可愛いアサシンがいてたまるか」セルナが淡々と言う。「回りくどいのは苦手だから単刀直入に言う」
「そうしてくれ。僕も無駄な時間は嫌いなんでね」
タッカーが肩を竦めた。
「人頭税をちょろまかしているね?」
セルナが言うと、タッカーは目を丸くした。
「脱税は重罪だ。おっと、私が死んだら証拠が竜絶に渡るよ?」
タッカーが魔力を動かしたので、セルナがそう牽制した。
タッカーが動きを止める。
「帝国のためならドラゴンさえ絶滅させる、だからこそ竜絶。彼らは帝国の最高戦力であり、反逆を絶対に許さない」
そう、脱税とは帝室に対する反逆行為なのだ。
故に重罪。もっとも軽い罰でも、爵位と領地を没収したのち島流し。
「……僕は脱税なんてしていない」
「そうかい? 竜絶の調査でもそう言えばいいさ」
セルナはニヤリと笑う。
それからゆっくりと歩いてタッカーの背後に回る。
タッカーは動かなかった。
「分かるだろう?」セルナがタッカーの肩に手を置く。「君自身が一番よく分かっているはずだよ? 島流しになったら、大好きな魔法の研鑽もできなくなる」
「……3つ質問をしても?」
「いいとも」
セルナはタッカーの耳元で囁いた。
タッカーが少しだけビクッとなった。
セルナがタッカーの耳元から顔を離す。
「何者だ?」
「私はセルナ。SIUのセルナ」
セルナは言いながら歩き始める。
「……エスアイユー? 聞いたこともないな。何かの組織か?」
「情報ギルドだよ」
セルナは元々座っていたソファに戻り、腰を下ろす。
「……なるほど、情報ギルドか……」タッカーが頭を掻く。「どうやって脱税を知ったんだい? 絶対にバレないと思ったのだけど……」
「それは秘密」
セルナのギフト【記録詠み】がなければ、まず気付かない。タッカーは非常に巧妙に脱税を行っていたから。
「まぁそうか」タッカーが肩の力を抜いて天井を仰ぐ。「魔法を更に極めるためには、お金も必要だったんだよ……」
「うん、脱税で得た金の使い道も知っているとも」
半分は嘘だ。セルナは全ての金の流れを把握しているわけではない。でも、全部知っていると思わせた方が都合がいい。
「派手には使っていない……はずなんだけどねぇ」
「派手に使ってくれたら楽だったけどね」セルナが肩を竦めた。「それで3つ目は?」
「僕に何をさせたい?」
「話が早くて助かるよ」セルナが足を組んでニコッと笑う。「要求は2つ。まず、私を君の弟子にすること」
「……は?」
「私は帝都アカデミーの魔法科に進学する予定なんだけど……」
「今の星の数は?」
「1つだよ」
星の数というのは、魔法士の優劣を測るもので、数が多いほど魔法士として優れている。
魔力を星の形にして自分の周囲に何個浮かべられるか、で見ることができる。
セルナは左手の平を上にして、そこに赤い星を浮かべた。
「純粋な赤……? 珍しいね……」
タッカーが呟いた。
魔力の星の色は、人それぞれだ。得意な属性なんかに左右される。水属性が得意なら水色、炎属性ならオレンジ、みたいな。
「……なるほど、得意属性は何だろう? 血を操る? それとも熱? あるいはもっと抽象的? 攻撃支援とか?」
「おい、話を続けても?」
セルナは星を消した。
「ああ、えっと、君を弟子にするんだっけ?」
「そう。ただの孤児のセルナではなく、実力のある魔法士の弟子のセルナとしてアカデミーに行きたい」
その方が貴族の子供たちに近づくのが容易だから、という理由。
「関連して、金銭の支援と入学試験の対策も頼みたい」
「SIUの金を使えよ……」とタッカー。
「それは正論だけど、こっちにも事情がある」
実はそんなに儲かっていないのだ!
もちろんそんなことは言わないが。
「……僕にも利益が欲しい」
「いいだろう。私がアカデミーに潜入する目的は、貴族のガキどもの秘密を握るためだ。必要なら君のために何か探ろう」
「……ふむ。何を調査してもらうかは追々、考える」タッカーが言う。「次の要求は?」
「なぁに、領地の運営に少しだけ、本当に少しだけ、関与させてくれればいい」
理想の監視社会を作るために。
次は明日の18時に更新します!




