2話 支配は秘密とともに
「ではカルラ、魔法士タッカー・プレイスの資料を」
セルナが言うと、カルラが3枚の紙をセルナに渡す。
1枚目はタッカーの基本的な情報が載っていて、2枚目はセルナのギフトを元に調査したタッカーの不正の情報が記載されている。
そして3枚目はタッカーの更に細かい趣味や趣向、日々の動向などが記されている。
「知っての通り、タッカーはこの街の領主だ」
セルナは1枚目の紙を右手で持って、左手の指で2回弾いた。
ちなみにタッカーの領地はこの街とその周辺だけである。非常に小さな領地だが、この帝国にはこういう謎の小領地がいくつも存在していた。
「ここに集まっている諸君なら知っていると思うが、一応、魔法士について解説してくれたまえカルラ」
言い終わってから、セルナは右手で持っていた紙をテーブルに置く。
「はいお姉様」カルラが立ち上がり、みんなの視線がカルラに向く。「魔法士とは帝都アカデミーの魔法科を卒業したものに与えられる当代貴族号であり、爵位です。準貴族と呼ばれるもので、他には騎士、準男爵があります」
「彼はたった1人で私たちを皆殺しにできるだけの能力がある、ということだよ」
セルナがそう付け足した。
子供たちが息を呑んだ。
「だがそうはならない。安心したまえ」セルナが自信満々に言う。「さて、資料によると彼はプレイス男爵家の次男で、この領地はプレイス男爵領から分け与えられたもの、ということだね?」
「はいお姉様。領主には領地を分け与える権限があります。そのせいで、帝国はお姉様の嫌うツギハギだらけの国家になってしまっています」
「彼を攻撃した場合」赤毛の男の子が言う。「男爵家が出てきませんか?」
「その心配はない」セルナが言う。「3枚目によると、現在はほとんど関わっていないようだ。現当主の兄とそりが合わないらしい。それに、別にタッカーを殺すわけでもないし、気にしなくていいだろう」
赤毛の男の子が頷く。
「さて大切な2枚目だが……彼の脱税についてほぼ確実だが証拠の帳簿は入手できなかったか」
「ごめんなさいお姉様」カルラはまだ立ったままだ。「メイドを買収し、帳簿の存在は確認できたのですが、さすがに盗めませんでした」
「構わんよ。証拠がないなら捏造すればいい」セルナが言う。「やってるのは私のギフトで確認済みなのだから、偽物で十分だよ。もちろん本物を入手できるなら、それにこしたことはないがね。まぁ偽の証拠でも帝国は調査に入るだろう。なんせ脱税は重罪だからね」
タッカーは人頭税を少なく収めている。
この街の人口はおおよそ1万人前後だが、タッカーは8千人程度として帝都に報告していた。5年程度かけて、報告書の人口を少しずつ減らしたのだ。
たとえば流行り病で100人が死んだ時、タッカーは150人が死んだと報告した。火災があった時も死者は7人だったが10人とした、などなど。
「ではタッカーの件はこのあと私とシスタークラーラで詰める。同志諸君は通常業務に戻りたまえ」
「「アクセプト」」
◇
セルナはシスタークラーラと手を繋いで街を歩いていた。
クラーラは19歳の女で、修道服に身を包んでいる。ウェーブのある長い髪は金色で、顔立ちは整っている。
なぜシスターが孤児院にいるのかというと、孤児院を運営しているのが教会だから。
「いつになったら、あたしを解放してくれるんだい?」
クラーラが小声で言った。
「帝国法、第119条、未成年者及び弱者への陵辱罪」
セルナが淡々と言うと、クラーラがビクッと身を竦めた。
「貴族、平民を問わず、成年に達しない男女――」
「もういい。悪かったよ」クラーラが言う。「お願いだからそのことを誰にも言わないで」
「もちろんだとも。君と私だけの大切な秘密さ」セルナが少し笑う。「ああ、でも、私を裏切った瞬間、あるいは私が死亡した場合、君の最悪の秘密が教会を駆け巡るだろうね。そうしたら出世どころか厳罰だ」
「分かった、分かったからセルナ、もう止めてお願い」
クラーラは悲痛な様子で言った。
「帝国における成人とは16歳以上を指し……」
「セルナ!」
クラーラが立ち止まって悲鳴みたいに呼んだので、周囲を歩いていた人が何事かとセルナたちに視線を移した。
「ごめんなさいシスター、怒らないで」
セルナは即座に12歳の可愛い少女を演じた。
クラーラが咳払い。
「いえ、分かればいいのですよ」
クラーラも優しいシスターを演じた。それで人々の興味はすぐに逸れた。
2人はまた歩き始める。無言でしばらく歩き続け、到着したのは治安維持隊の本部。
領主の屋敷の隣に建てられた本部は、2階建ての石造り。外壁はシンプルで飾り気がなく、酷く無骨に見えた。本部前の看板だけが、そこが治安維持隊の本部であると示している。
入口の前には警備が2人立っていて、セルナたちを見て笑みを浮かべた。
「セルナちゃん、また法律の本を読みにきたのかい?」
若い男の治安隊員が気さくに言った。
セルナはなんとなく、若い隊員にギフト【記録詠み】を使ったけれど、彼は何の不正も行っていなかった。実に清廉潔白な人間である。
「いえ、今日は隊長さんとお話しようと思って」
セルナは可愛い子を演じながら言った。
セルナの本性を知っているクラーラは、頬が引きつりそうなのをなんとか我慢した。
「知ってると思いますが、この子は治安に興味があって」クラーラが言う。「ご迷惑でなければ少しだけお話できれば、と思っています」
ついでとばかりに、セルナはクラーラにも【記録詠み】を使用。
そうすると、クラーラの前に文字が浮かび上がる。その文字はセルナにしか見えていない。
裏切り行為・なし。
不正行為・未成年者への凌辱。支援金の横領。
セルナは満足して微笑む。
「ええ、大丈夫ですよ」若い隊員がにこやかに言う。「隊長からセルナちゃんかクラーラさんが来たら必ず通すよう言われていますから」
「そうですか、ありがとうございます」
「ありがとうお兄さん」
クラーラが頭を下げて、セルナも頭を下げた。
そりゃ、私らを通さなかったら隊長の秘密が街を駆け巡るからねぇ、とセルナは思った。
◇
治安隊本部、隊長室。
セルナとクラーラはソファに座っていて、テーブルを挟んだ対面に隊長が座っている。
隊長は50代の男性で、ちょび髭がチャームポイント。セルナの【記録詠み】によると、裏切り行為はなし。
「クラーラ、今日は何の用だ?」
隊長は鋭い眼光でクラーラを睨む。
クラーラは足を組んで不遜な態度を作ってから言う。
「用件は2つ」クラーラが指を2本立てた。「1つはタレコミ。ギャング団のリーダー、あいつは麻薬の取引をしていて、ブツを自宅の倉庫に隠してる。家宅捜索して」
「そして芋づる式にギャングの連中を逮捕して欲しいの」
セルナは隊長の前でもブリブリしていた。なんせ、対外的にはSIUのボスはクラーラということにしているから。
「ギャングと何か揉めたのか?」と隊長。
「ちょっとね」クラーラが肩を竦めた。「どの道、連中はいつか逮捕するでしょ? それを今やって欲しいってだけ」
ギャングはカオスであり、セルナの嫌いな人種だ。
ああいう連中はルールを守らない。帝国のルールなんかはどうでもいい。問題になるのは、いつかセルナが世界を支配して作ったルールも、彼らは守らないだろうってこと。
理想の国家には不要。
それに、とセルナは思う。
(うちのバカが、ある職人の情報を漏洩させたしね)
職人がその情報で脅される前に片を付けたい。
「……いいだろう。2つ目は?」
隊長が溜息混じりに言った。
どうせ歯向かえないのだからさっさと了承すればいいのに、とセルナは思った。
「領主様に会わせてほしい」
「何?」
クラーラの言葉に、隊長が眉をひそめた。
本日あと1話更新します。
18時です!




