6話 みんなを不幸にしたいから
「わたくしがこれだけお膳立てしてあげたのに失敗ですかぁ?」
執務机に座っている第一皇女メリッサ・ヘールス・ベナビデスが呆れた表情で言った。
ここは帝都中央区の区庁舎、区長の執務室。メリッサは中央区の区長を務めているので、帝城の自室とここを往復する毎日を送っている。
「申し訳ございません……」
老齢の男性が深々と頭を下げた。この男性は黒いローブに身を包んでいる。装飾も何もないローブで、退屈な見た目だとメリッサは思った。
「だから言ったじゃありませんかー。6星魔法使いのあなたが直接、攻撃した方が成功するんじゃないですかー、って」
メリッサは金髪を低い位置でお団子にまとめたシニヨンヘアで、大人のお姉さんという雰囲気の22歳。
クヌートと両親が同じなので、実の妹に当たる。
メリッサは肌が白く細身だが、それは単に病弱だから。メリッサの身体が強ければ、あるいは人並みだったならば、とっくに皇太子だ。
皇帝が皇太子の人格を重要視していなければ、という注釈が必要だが。
「自分は連絡及び後方支援要員で……アサシンではないのです……」
「ふぅん。どうであれ、大陸最大のアサシンギルド『烈火』も大したことありませんねぇ」
メリッサはヘラヘラと笑いながら言った。嫌味を言っているのではなく、ただ純粋にそう思ったから口にしただけ。
「……必ず、標的は殺害します……」
6星魔法使いの男性がグッと拳を握った。
「はいはーい、期待してまーす」メリッサがニコニコと言う。「それより、どうして大陸でも数えるほどしかいない6星の魔法使いがアサシンギルドなんかにいるんですぅ?」
帝国中で魔法バカとして有名なタッカー・プレイスですらまだ5星。
「こちらの事情を……話す気はございません」
「えー、つまんないですねー」メリッサがムスッとして言う。「わたくしなら聞かれたら教えますよー?」
「そちらの事情を聞く気もございません」
「プロ意識なんでしょうけど、わたくしには退屈です」
メリッサは執務机に両肘をついて、手の平に自分の顎を乗せた。
「では勝手に喋りますねー」
「は? 聞く気はないと……」
魔法使いは途中で言葉を止めた。なぜなら、突如出現した騎士鎧の男が抜き身の剣を魔法使いの首に当てたから。
「メリッサ様の話を聞かないなら死ね」
魔法使いに剣を当てている人物が言った。
「バカな……誰もいなかったはず……」魔法使いが酷く驚いた様子で言う。「この部屋に入る時に【感知】も使ったし、【転移】の揺らぎも起こらなかった……」
「彼はですねー、ギフト持ちなんですぅー。いいでしょー?」
メリッサが楽しそうに言った。
「そ、そうでございますか……。それより、急にメリッサ様のお話が聞きたくなりました。こんな強い騎士様がいるなら……わざわざ我々に依頼しなくてもいいのでは?」
「我はメリッサ様に忠誠を誓っているが、だからと言って皇族を殺す気はない。他の誰かが殺すのは構わん、我には関係ない。だが自ら殺すことはない」
騎士鎧の男が殺気の籠った声で言った。
「な、なるほど……よく理解できました……。できれば剣を退けて頂きたいのですが?」
魔法使いが言うと、メリッサが右手をヒラッと動かした。
それを見て、騎士鎧の男が剣を仕舞う。同時にその姿も掻き消えた。まるで最初から誰もいなかったかのように。
「ギフトは本当に不思議でございますね」
魔法使いが愛想笑いを浮かべながら言った。
「ねー。わたくしも欲しかったですー」メリッサが言う。「ギフト持ちって、それだけで恵まれているでしょう? だから不幸になるべきだと思うのです。病弱なわたくしは、元気な人間が羨ましく、だからみんな不幸になって欲しいですけど、ギフト持ちは特にですねー」
「は、はぁ……」
「さっきの彼も、絶対に不幸にしてやりますよー」メリッサは屈託のない笑顔で言った。「もちろん、皇太子にもっとも近いなんて言われているお兄様や、悲劇のヒロインとして愛されているセルナ・アルカサルなんかも絶対不幸にしてやります。2人が手を組んで皇位を狙うなんて本当に悍ましいです。わたくしはわたくしより幸福な人間を許さない。不幸にするか、それができないなら殺します」
◇
セルナとクヌートが暗殺されそうになってから数日後。
セルナは第三皇女ルビィの部屋を訪れた。
他の皇族に比べると質素だと聞いていた部屋は、公爵家のセルナの部屋と同じぐらい広くて、同じぐらいの贅沢品に囲まれていた。
「いらっしゃいセルナ」
「本日はお招きいただきありがとうございます、第三皇女殿下」
セルナはわざと丁寧にカーテシーで挨拶をした。
「あんたがそんな喋り方するとキモイわね」ルビィがやや引きつった表情で言った。「アカデミーみたく喋って欲しいわ」
「そうかい? じゃあそうするよルビィ。久しぶり」
セルナはパッと笑顔になって、それから勝手に椅子に座った。
ちなみに、この部屋にはセルナとルビィの2人だけだ。セルナの護衛騎士とカルラは別室で待機中。ルビィが他の者を遠ざけたのだ。
「その生意気な感じの方があんたって感じよ」
やれやれ、と溜息を吐いてからルビィは準備していたお茶をセルナのティーカップに注ぐ。お茶のいい香りが部屋に漂う。
ルビィは自分のティーカップにもお茶を注いでからセルナの対面に腰かけた。
セルナとルビィの間には丸テーブルがあって、中央に花が飾られている。花の色はルビィの髪と同じ明るい紫だった。
「それで今日は何の用かな?」
「クヌートお兄様と婚約するって本当なの?」
「婚約というか共同戦線を張ることにしたんだよ」
「なんですって?」
ルビィが目を丸くした。
「私らが襲われたことは?」
「もちろん知ってるわよ」
「うん。なら分かるだろう? 私は私を狙った奴を許さない。報復するためにクヌートと組んだ。彼も理解している」
当然、アルカサル公爵家も近衛隊も帝国情報局も竜絶も動いている。
「犯人の目星は?」とルビィ。
「さぁ、まだ分からない」
セルナは念のためルビィに【記録詠み】を使ったが、やはりルビィに不正はなかった。
「でも帝室の誰かだよ。クヌートもそう言っていた」
「……兄弟で殺し合うなんて最悪だわ……」ルビィが小さく首を振った。「まぁ、あたくしは皇位継承とは関係ないから、誰も狙ったりしないでしょうけど」
「兄弟が犯人とは限らない。第一皇妃や第二皇妃も怪しいからね」
クヌートの実の母である皇后は容疑者ではない。皇后は普通にクヌートを皇太子にしたいと思っているので、殺すわけがない。少なくともクヌートとセルナはそう判断した。
「なるほど……。それでどうやって犯人を捜すつもり?」
「興味深々だね。もしかしてスパイ?」
「そんなわけないでしょ!? あたくしはあんたを友達だと思ってるのよ!? スパイなんてするわけないじゃない!」
「私も友達だと思っているよ」
事実、アカデミーではそれなりに絡んでいる。ただ、セルナの理想についてはまだ話していない。
理由は2つ。1つは単純にルビィが帝室の人間であるということ。セルナの理想は帝室から見たら反逆に映る。
もう1つは、ルビィの近くにはいつも白き翼のシニッカがいるから。セルナはまだ自分の思想を白き翼に知られたくない。
「だったらそんな冗談は言わないで。こっちは心配してるの」
「優しいね」
「きゅ、急に真顔で言わないでよ! 照れるじゃない!」
ふん、とルビィがそっぽを向いた。
クスっとセルナが笑ったあと、誰かがバァンと乱暴にドアを開いた。
セルナとルビィの視線がドアへと向かうと同時に、2人とも【マナアロー】の準備をしていた。
「ルビィちゃんお久ぶりでーす!」
ドアを開けた第一皇女メリッサが、ニッコニコの笑顔で右手を上げた。




