5話 私は殺していい、だがお前たちはダメだ
矢には毒が塗られていたらしく、クヌートの動きが鈍った。とはいえ、魔力を操ることのできる者に毒は十全には効かない。よほどの毒でない限り、クヌートが死ぬことはない。
近衛兵3人がクヌートを攻撃した近衛兵を取り押さえ、残りはクヌートを囲んで防御態勢を取った。
(ちっ、このままクヌートが死んでくれるなら私としてはそれでも良かったのだけど)
暗殺が下手すぎる。よって、クヌートを襲った近衛兵はプロではないとセルナは判断した。家族でも人質に取られて無理やり暗殺者に仕立て上げられたのだろう。
(矢を放った奴が捕まれば収束かな?)
セルナはそう考えたが、突如として周囲に魔力の揺らぎが発生した。何かしら大規模な魔法の前兆だ。
もしも爆発魔法なら全員が死ぬ。そういうレベルの魔法。セルナは逃げようとしたが、女騎士に抱えられていたのでただ身を捩っただけで終わる。
(ああ、お姉様がビビッて逃げようとして、でも力が弱くて抜け出せなかった! 可愛い! というか、自分が守ってあげるから逃げなくていいのに!)
カルラはキュンキュンしていた。
と、黒装束の連中が現れた。それと同時に魔力の揺らぎも消えたので、どうやら転移魔法だったらしいとセルナは安堵した。
黒装束の人数は全部で13人。これほど多くのアサシンを転移で送り込むなんて、最低でも6星以上の魔法使いでなければ不可能。だとすれば、大陸最大のアサシンギルドである『烈火』に違いない、とセルナは推理。
烈火は本来、皇族の暗殺といったリスクの高い仕事は受けない。
よほどいい条件で雇われているに違いない。あるいは依頼主も皇族かそれに近い者だ。
「何者だ貴様ら!!」
近衛兵たちが一斉に武器を向ける。
黒装束の者たちは何も言わず、サッと周囲を確認するとすぐに行動を開始。クヌートの方に8人、セルナの方に5人が向かった。
「私も暗殺対象なのか?」
セルナが呟いた時には、セルナを抱えていた女騎士がセルナを解放し、剣を抜いた。
男の護衛騎士はすでに抜いていた剣で黒装束たちに斬りかかる。
黒装束の連中は全員がそれなりの手練れで、セルナの護衛騎士2人はそれぞれ黒装束を2人ずつ抑えたが、一人がセルナの前まで抜けてくる。
(こいつらはプロだな)
セルナは淡々とそう思った。
(それにしても3段構えの暗殺か……4段目もあったりするのかな?)
まずは近衛兵による暗殺。次に毒矢による暗殺。こちらは毒よりは矢が急所に刺さったらいいなという程度だろう。
そして大規模にアサシンを差し向けるという今の状況。
(たぶん、近衛兵が成功していたら毒矢は私を狙ったのだろう……)
セルナも魔力を扱う者だが、今の実力では強い毒なら死に至る可能性もある。
正直、この状況にはかなり驚いているし自分が狙われたことへの怒りもある。だがここで自分が死ぬことはないと確信しているので、冷静でいられるというだけ。
大規模な爆発魔法だったら死んだかもしれないが、アサシンならカルラがなんとかしてくれるはずだ、とセルナは信じていた。
セルナの前に来た黒装束は、特に何かを言うこともなければ躊躇することもなく、ショートソードでセルナを殺そうとした。
したのだが、横からカルラが黒装束を殴り飛ばした。その一撃で黒装束は戦闘不能に陥った。
「お姉様に近寄るなゴキブリが」
カルラがペッと唾を吐いた。
カルラは元が可愛いので、そんな悪い態度でも可愛かった。
「さすがカルラ」
セルナは右手でカルラの頭を撫でて、カルラが気持ちよさそうに目を細める。
セルナは周囲を確認したが、近衛兵に死傷者が割と出ていた。セルナの護衛騎士2人も怪我をしたようだが、まだ戦っている。
セルナはとりあえず護衛騎士2人を手助けしようと【マナアロー】を放つ。
護衛騎士と戦っていた黒装束の1人に命中し、その隙に男騎士がそいつの首を刎ねた。2対4で互角だったので、2対3になったら護衛騎士の方が黒装束を圧倒した。
カルラも【マナアロー】を放って黒装束を攻撃し、すぐにセルナの方に来ていた連中は全滅した。
「お嬢様! 怪我はありませんか!?」
男騎士がセルナに駆け寄る。
女騎士はまだ周囲を警戒している。
「大丈夫だよ。ただ、私を狙ったことは必ず後悔させてやる」
転移魔法は術者が訪れたことのある場所にしか転移できない。故に、帝城にアサシンが出現した時点で、手引きした者は限られる。帝室関係者か、帝城で権力を持つ者。どうであれ、術者をこの庭に入れることのできる人物だ。
クヌートの方に向かっていた8人の黒装束も数分後に全滅し、とりあえず事態は収束した。矢を放った者は取り逃がしたが、仕方ない。
暗殺の第4弾はなかったようで、セルナはホッと息を吐く。
「すまないセルナ嬢」クヌートがセルナの方に駆け寄った。「俺の日常に巻き込んでしまった」
「ずいぶん派手な日常だ」
セルナは苦笑いしつつ言った。
セルナの喋り方が乱暴だったので、クヌートは少し面食らっていた。
「私も狙われていたようだから、敵は私たちが組むと判断したようだね。首謀者は帝室の人間だろう? 怪しいのは誰だい?」
「あ、ああ、第一皇女か第二皇子……あるいは第一皇妃だろうか……」
多いな、とセルナは思った。けれど、会いさせすれば犯人を識別可能だ。記録を詠めばいい。そうすれば、今回アサシンを雇った奴が分かる。
そして、皇族に会う方法でもっとも簡単なのは、別の皇族に紹介してもらうこと。
「お姉様お姉様」カルラがコソコソとセルナに耳打ちする。「言葉遣いが素になってますよ」
しまった、という表情をセルナが浮かべる。だが次の瞬間には覚悟を決める。
「クヌート殿下」とセルナ。
「ん?」
「面倒だから普通に喋ってもいいかな? 私は孤児院育ちでね。敬語が苦手なんだよ」
「あ、ああ、構わない。それより平気か?」
転がる死体にチラチラと視線を向けながらクヌートが言った。
「問題ない。たかが死体だ。友人の生首に比べればね」
セルナは肩を竦めた。
(そんなことより、この私を、指導者である私を狙ったこと、絶対に許さない。私を殺そうとする者は死ぬべきだ。私が誰かを殺すのは摂理であり常道であり、正しいことだが、私を狙うことは絶対に許さん。それは不条理であり異常だ。このクソッタレの軍国主義皇子を利用してでも、見つけ出して消してやるっ)
◇
想像以上に強い令嬢だ、とクヌートは思った。
多くの死体が転がっているにもかかわらず、その黄金の瞳は揺れることすらない。普通の令嬢なら腰を抜かすか、泣き叫んでいるところだ。
それに、セルナが【マナアロー】で応戦している姿もチラッとだがクヌートは確認していた。
その強さはクヌートにとって理想的な伴侶の姿だった。本来のセルナの喋り方もまた、軍人のそれに酷似している。
(この令嬢は軍人の気概がある。ともに最強の軍を作り上げることができるかもしれない。国とは即ち軍。軍の強さが対外関係の全てだ)
クヌートはセルナの黄金の瞳をジッと見詰める。
(故に、我が国は最強の軍を持つべきなのだ。そして軍を中心とした新たな社会形態……俺はそれを軍国と名付けた。セルナ嬢ならきっとこの素晴らしい理想を分かってくれる!)
「クヌート殿下、私は君に協力しようと思う」
「!?」
その言葉に、クヌートは心から驚いた。セルナなら分かってくれると思考したばかりだったから。
「連中は私のことも狙った。それは許されない。許すつもりもない」
「共同戦線、ということだな?」
「その通り。話が早くて助かる。この件の首謀者は私たちにとっては今や共通の敵。ともに打ち倒そう! このような卑劣なことをする者に帝国の未来を任せるわけにはいかない。そうだろう殿下!?」
「ああ! その通りだ! やはりセルナ嬢なら理解してくれると思っていた! ともに帝国を導こう!」
クヌートは急に目の前が開けたような、そんな素敵な感覚に見舞われていた。




